医学校にも短いが休暇期間がある。

その期間は寮から外出することも許可されている。

『楓子さんのお兄さんに会ってみたい』

深の言葉にはいつも驚かされる。

しかし、入学してから一度も帰省をしていない楓子を気遣っての提案でもあることに楓子も気づいていた。
楓子はその提案を受け入れた。

来月、医学校の後輩を連れて会いに行く。

そして、兄への思いの全て。

久々に書く兄への手紙にそう記したとき、全ての実感が湧いた。

こんなにも長い時間兄に会わなかったのは人生で初めてだということ。

深が自分の恋人であること。


「砂時計をひっくり返すと、聞こえるんだ」

図書館の窓から大きな丸い月が見える。

「何が?」

隣に座る深が、月を見上げる楓子の顔を覗いて尋ねた。

「妖の声」

落ちる砂が、楓子を兄に近づけてくれる。
兄に近づきたくて望むことはやはり、妖が見たい、ということだけだ。

もう叶わないことは仕方がない。

「深には聞こえているの?妖の声」

「聞こえません。妖は何も発しはしませんから」

「そうか。でもこの時間だけはわかる気がする。兄の痛みが」

「今でも好きですか?」

「言わなかった?深が好きだと」

楓子は深の膝の上にある右手に自分の左手を重ねる。

砂が落ち切った後も、深は楓子の手を離さないでいてくれた。