「なんの話?」
突然聞こえた声に深が入口の方を振り返る。
カナリアの構成員を知る機会はたいてい、このように拠点で偶然会うことが多かった。
「楓子さん…」
そこに立っていたのは楓子だった。
黒く綺麗な髪が翻る。
やはり、あの日の出来事は夢ではなかったのだと深は思う。
朦朧とする意識の中、楓子が妖から守ってくれた。
楓子もカナリアの一員である事実を、今ようやく信じられた気がする。
「出口さん、この子に聞きましたよ。
一度撃たれた妖はもう見えないんじゃなかったの?」
「あー。そんなことも言ったか。
悪かったね。その方が楓子が安心するかと」
「もう…呆れましたよ」
「すまない。なんでもするから許してくれ」
「本当になんでもしてくれるんですね?」
楓子は笑いながら武次の目を見ている。
────あの時は泣きながら怒っていたのに、今は笑っている。
武次と楓子は、深が思うより親しい関係のようだ。
その昔、楓子の兄の妖を撃ってくれたという人物は武次だった。
深の知らない二人の経験があること。
深の知らない楓子の兄を、武次は知っていること。
当然のことなのに唐突に突きつけられると、胸の奥がちくりと痛む。
「兄さんから依頼を受けたんでしょうけど私が見えないって出口さん知ってるんだから、
放っておけばよかったじゃないですか」
「それはできないだろう。兄の気持ちをわかってやりなさい。
怖いものは妖以外にも…」
普段は腕を体の前で組んで話す癖がある武次が、
今はその手を腰に当て、普段より緊張が緩んでいる様子だ。
気の置けない二人の関係を目の当たりにして、深の体は勝手に動いていた。
「楓子さん!行きましょう!」
「ちょっと、深」
深に突然手を取られ、楓子は驚きながらもついていく。
上半身を屈めなければ通れない扉に楓子が頭をぶつけぬよう細心の注意を払い、
深は楓子をいつもの図書館へ連れ出した。
灯りのない空間で何も見えず戸惑っていたけれど、楓子はその手を離せなかった。
図書館の中心。
頼りになるものは月明かりと、繋がれた温かい手。
「楓子さん、好きですよ」
歩みを止めた深が楓子に向き直る。
「待つって…」
「待ちます。でも、言うのは待てなかったです」
深は子どもっぽくはにかんだ。
楓子の胸がどきりと高鳴った。
────言葉にするとき、伝わればいいなと思ってしまう。
思ってしまう。
ちゃんと伝わるように、相手を傷つけないように考えた言葉は取り繕われたもので
それは本心とは言えないと思う。
伝えようとしたのがたとえ本心でも、不純物が混じっているから。
本物の本心は他人には決して言えないほどぐちゃぐちゃに歪んでいるものだ。
あれをしたい、これをされたい。
どうしてそんな言葉を他人に言えようか。
でも、言わないと伝わらない。
あれをしたい、これをされたいじゃ伝わらない。
本心はそこにある。
こんな簡単な言葉で、伝えられる。
「…好き」
これも本心の一部だ。
嘘ではない。
────でもこれだけではないことが、この触れ方で、声の震えで、この瞳で、伝われば良い。
視線がぶつかる。
深の顔が、少し低い位置の楓子の顔に近づいていく。
楓子の踵が少し上がる。
────本心は、伝わっている。
突然聞こえた声に深が入口の方を振り返る。
カナリアの構成員を知る機会はたいてい、このように拠点で偶然会うことが多かった。
「楓子さん…」
そこに立っていたのは楓子だった。
黒く綺麗な髪が翻る。
やはり、あの日の出来事は夢ではなかったのだと深は思う。
朦朧とする意識の中、楓子が妖から守ってくれた。
楓子もカナリアの一員である事実を、今ようやく信じられた気がする。
「出口さん、この子に聞きましたよ。
一度撃たれた妖はもう見えないんじゃなかったの?」
「あー。そんなことも言ったか。
悪かったね。その方が楓子が安心するかと」
「もう…呆れましたよ」
「すまない。なんでもするから許してくれ」
「本当になんでもしてくれるんですね?」
楓子は笑いながら武次の目を見ている。
────あの時は泣きながら怒っていたのに、今は笑っている。
武次と楓子は、深が思うより親しい関係のようだ。
その昔、楓子の兄の妖を撃ってくれたという人物は武次だった。
深の知らない二人の経験があること。
深の知らない楓子の兄を、武次は知っていること。
当然のことなのに唐突に突きつけられると、胸の奥がちくりと痛む。
「兄さんから依頼を受けたんでしょうけど私が見えないって出口さん知ってるんだから、
放っておけばよかったじゃないですか」
「それはできないだろう。兄の気持ちをわかってやりなさい。
怖いものは妖以外にも…」
普段は腕を体の前で組んで話す癖がある武次が、
今はその手を腰に当て、普段より緊張が緩んでいる様子だ。
気の置けない二人の関係を目の当たりにして、深の体は勝手に動いていた。
「楓子さん!行きましょう!」
「ちょっと、深」
深に突然手を取られ、楓子は驚きながらもついていく。
上半身を屈めなければ通れない扉に楓子が頭をぶつけぬよう細心の注意を払い、
深は楓子をいつもの図書館へ連れ出した。
灯りのない空間で何も見えず戸惑っていたけれど、楓子はその手を離せなかった。
図書館の中心。
頼りになるものは月明かりと、繋がれた温かい手。
「楓子さん、好きですよ」
歩みを止めた深が楓子に向き直る。
「待つって…」
「待ちます。でも、言うのは待てなかったです」
深は子どもっぽくはにかんだ。
楓子の胸がどきりと高鳴った。
────言葉にするとき、伝わればいいなと思ってしまう。
思ってしまう。
ちゃんと伝わるように、相手を傷つけないように考えた言葉は取り繕われたもので
それは本心とは言えないと思う。
伝えようとしたのがたとえ本心でも、不純物が混じっているから。
本物の本心は他人には決して言えないほどぐちゃぐちゃに歪んでいるものだ。
あれをしたい、これをされたい。
どうしてそんな言葉を他人に言えようか。
でも、言わないと伝わらない。
あれをしたい、これをされたいじゃ伝わらない。
本心はそこにある。
こんな簡単な言葉で、伝えられる。
「…好き」
これも本心の一部だ。
嘘ではない。
────でもこれだけではないことが、この触れ方で、声の震えで、この瞳で、伝われば良い。
視線がぶつかる。
深の顔が、少し低い位置の楓子の顔に近づいていく。
楓子の踵が少し上がる。
────本心は、伝わっている。


