来た道を戻って、駐車した広場に行くと、煙を出して真っ黒の鉄屑になった車の残骸があった。ボクは腰を抜かして、地面にしゃがみこむ。やっぱりいつ殺されてもおかしくない状況なのだ。
 怯えるボクとは対照的に、ハートが強い真央さんと変人の父は、むしろこの危機を愉しんでいるようだから、信じられない。
「ほら、館長。私の車に乗せてもらって実家のある三重に行くしかないんじゃないですか?」
「うぐっ」
「ついでに、私と俊介くんの交際も認めたらどうですか?」
「それは、今すぐ無理」
「無理かー」
「実家は三重のどこや?」
「北勢エリアにある、員弁郡東員町です」
「お、近い!」
「じゃ、私の親にも会えますね?」
「そやから、それはない」
「ないかー」
「それよか、早よ行こう」とボクが切り出して、やっと職場の上司と部下のショートコントが終わった。

 恋人なので、助手席にはボクが座った。後部座席に乗った父は身をのり出してナビゲートする。
「世古くん、とりあえず、すぐ山の向こうにある三重県いなべ市へ行ってくれるか」
「はい」
 ボクと父は、真央さんの車に乗り込み、鈴鹿山脈の石榑峠を越える国道421号を三重県側へと向かった。

「奴らは恐らく、古代の忌部氏から派生した賀茂氏をルーツとする裏の陰陽師。麻を使ったシャーマニズムの祭祀と合わせて、この世を裏から妨害してるんや」
「また、その話ですか?」
 どうやら真央さんは、その話を聞いたことがあるらしい。しかし、ボクには知らないことだらけだ。
「妨害って何や?」
「そのまんまや。影で、陰陽師の秘伝を使って古代から自然災害を引き起こしたり、謀略で時の権力者を殺害したりして、表社会の邪魔をしてきた。ホンマは表社会すべてを支配したいけど、そんな力はないから、妨害くらいやね」
「古代って、歴史の授業で習う、あの古代か?」
「そうや。古墳時代、継体天皇によるヤマト朝廷の確立後、マツリゴトを担っていた中心勢力は中臣氏と忌部氏やった。それやのに、大化の改心から、藤原と名のった中臣家がすべてを支配するようになった」
「藤原鎌足とか、不比等とかの話か」
「そや。それ以来日本は現代までずっと、藤原系の人が支配する世になってる」
「うそやん。過去の総理大臣に藤原さんっておらへんで」
「ちゃう。鎌倉幕府の源、室町幕府の足利、江戸幕府の徳川、歴代の天皇家、それに歴代の総理のほぼ全員が、苗字や名前は違えど藤原氏の派生や」
「えぇ!」
「ギョエギョエ!」
「……いや、真央さん、そんなわざとらしいかぶせるリアクションはいりませんわ」
「ごめん」
「そして表から追いやられた忌部は地方へと流れてった。神事に使う大麻を麻織物に変え、鉄工も行って、必死に生きていたんや。そやけど、その忌部氏から派生した一部の賀茂氏が、ヤタガラスを神様として秘密結社をつくり、影となって裏から表社会を妨害するようになった」
「それが、奴ら?」
「そうや」
「そやったら、何で神様を殺すの? しかも、ボクらも巻き添えにする必要あるんか?」
「ある。その賀茂氏ら秘密結社の急進派は、各地の結社メンバーを終結させて、藤原氏の日本政府を転覆させたいんや。そのために神様であるヤタガラス虐殺の犯人を、ワシ……というより俊介がやったことにでっち上げた」
「ボク? 何で?」
「お前が、忌部から派生した秦家の嫡流やからや」
「ボクも忌部氏の血が流れてるの?」
「そや。忌部から派生した中のうち、秦家や安倍晴明の安倍家など一部は、朝廷や藤原側へ尻尾を振り、配下となった。それが結社メンバーは憎くて仕方がない。秦家嫡流の俊介を犯人に仕立てれば、憎さで結社メンバーが一致団結するやろ?」

「アホみたい」
「♪Ah,hold me tight、アァー、フォーミタイ、アホーみたい、大阪ベイブルース♪」
「ごめんなさい、真央さん。メッチャうざい」
「『アホみたい』の英語三段活用、ダメなの?」
「ダメっていうか、不謹慎」
「不謹慎かー!」
 真央さん、いなくなってくれないかな。

「日本各地で分かれて暗躍する忌部の結社メンバーの中心が、その賀茂氏や」
「賀茂か」
「賀茂かも、カモン」
「おい、うるさい」
 あ、つい、真央さんに厳しい突っ込みをいれてしまった。
「賀茂家は、本気で藤原と藤原側にいる忌部をつぶして、そのまま表に出て社会を支配したいんや。奴らが言ってた『千五百年にも及ぶ宿願』って言うんは、それなんや」
「で、石榑トンネルを抜けて、三重県いなべ市まで来ましたけど、この先、どこにいけばいいです?」
「おぉ、そうやな」
 父は、運転する真央さんをいなべ市役所にナビゲートする。途中、真央さんがカーステレオのスイッチを入れた。何やらBGMにのせた人の話し声が聴こえてくる。
「何なん、これ?」
「ラジオ番組」
「そやろね。真央さん、ボクもそれくらいは分かるよ」
「あ、そう」
 またまた、マイペースでつかみどころがない。真央さんと付き合ってからも、何を考えているのか、よく分からないことが多々ある。
「いや、ちゃうやん。どこのラジオ局か、ゆーてんのやけど」
「えぇ、俊介くん、知りたいの?」
「いや、まあ、知りたい」
「私のことは全部知ってるくせに、そんなことまで知りたいの?」
「おい、やめろ!」
 思わず父が制止する。耐えられない冗談のようだ。いや、冗談でもない、な。
「カーステレオの電源を入れたら、勝手にラジオになったみたい。いつもはブルートゥースでケータイに入ってる曲を聴くのに変ね。……これは、いなべFMだって」
 真央さんがカーステレオの画面をラジオに変えて、ラジオ局名を見た。
「いなべFMって、コミュニティFMかな」
「久しぶりやなあ、ラジオを聴くのは。世古くんは若いのにラジオを聴くて、渋いやない」
「うーん、俊介くんの影響ですね」
「俊介の? お前、前からラジオに興味あったのか?」
「うん、FMばかりやけどね。音楽が好きやから」
「音楽。韻、祝詞、呪文、ふーん、やっぱり俊介は、秦氏の末裔やな」
「意味分からん」

 ラジオのパーソナリティは、軽快に話し続ける。
「では、リスナーからのメッセージをご紹介していきましょう。今日のメッセージ・テーマ『好きな動物、苦手な動物』について、ラジオネーム、網タイツ和尚さんからです。『僕は鳥全般は好きですが、カラスだけは苦手です。そういえば今日のヤタガラスの残忍なニュース、すごかったですね』あぁ、今日のニュースね」
 ん? ヤタガラスの残忍なニュース?

 父は緊迫した表情になり、ラジオの音量を上げる。
「そうですね、今日のニュースは衝撃でしたね。足が三本あるヤタガラスが実在していたこともびっくりですが、それを、謎の親子が殺して木に張り付けるなんておぞましい話です」
 どういうことだ? 謎の親子とは、ボクと父? あの老婆と若い男か。
 ボクと父は急いでケータイでニュース速報を見た。

《ヤタガラス発見。しかし、謎の親子が虐殺》