「何ちゅうことや! これは、奴らからしたら神様やのに」
カラスは枝に留まっているのではなく、大きな釘で翼を広げた状態で木の幹に打ち付けられている。血まみれで、絶命しているのは間違いない。
「地獄絵図や。神様にこんなことはするなんて、狂ってる」
「父さん、足が三本あるで!」
父はカラスの死骸に近づき足の付け根を触ってみる。
「死後硬直しているが、確かに元々から三本ある生命体や」
「この死骸の下に書いてある、碁盤のような線は何のマークなん?」
「あっ! これは、ドーマン!」
「ドーマンって何?」
「ドーマンは陰陽師の呪符。しまった、これは罠や!」
突然、女性の声で発せられるお経のような節が林中に響き渡り、まるで映画のワンシーンのように地面の土埃が舞い上る。白と黒の狩衣に、袴、立烏帽子の装束を身に纏い、松明と数珠を持つ老女が目の前に現れた。
「さっきのおばあちゃん! 何でや?」
「あんたもグルか」
先程とは別人のような若々しい足取りと憎悪に満ちた表情で睨んでいる。
殺される、と直感した。ボクは、怖くて足が震える。
「バカな親子やね。まんまと罠にはまってくれるとはなあ」
老女は、人差し指と中指を広げて空を切る。そして「朱雀・玄武・白虎……」と呪文を唱え出した。
「これは、九字! 破滅の呪文だ」
父も怯えている。そして、老女が松明を地面の枯葉に着火した。すると、辺りが一気に炎に包まれる。侵略する火は、ボクらの足元までやってきた。
「父さん、これが、陰陽師?」
「そうや」
「ボクら、ここで死ぬんか?」
「諦めるな」
すると老女の後ろから、若い男が現れ、ビデオカメラでカラスが燃えていく様を撮影している。いや、カラスの死骸だけではない。ボクや父も映している。
「この神への冒涜を、ウチらがやったことに仕立てあげるつもりやな?」
「そうや。お前ら秦氏は我ら賀茂氏と同じ誇り高き陰陽師であるくせに、権力者側に媚びを売りおって許せん。もう、これで日本もお前らも終わりやな。やっと我らの千五百年にも及ぶ宿願が叶う!」
その時、林の入口から大きな声が聴こえた。ひょっとして、……。
「かんちょーう、俊介くーん、どこにいるのー?」
やっぱり、真央さんだ! ボクの救いの巫女が来てくれた。
「ん? 世古くんか?」
父は、ここに真央さんがどうして来たのか考える余裕などない。殺されてたまるか。
「真央さーん。こっちです! 左側の道です!」
「チ、邪魔もんか」
老女はうろたえ、呪文が途絶えた。火の勢いが急に止まる。
「真央さーん、ケータイで動画を撮りながらライブ配信しつつ、こっちへ来てください!」
「配信しながら? 分かったー!」
老女の後ろにいる男は状況が不利になり、撮影を止めた。
「おのれ、逃げるしかないか。しかし、覚えておけ。お前らが仕組んだように見せる動画は、すぐに世界に公開されるからな」
老女と男は、また土埃を巻き上げて、瞬時に消えた。そして風が収まり、炎も少しずつ消えていった。
スマホで動画を撮りながら、近づいてくる真央さんは本物の巫女のように神々しく、キレイだ。
「助かったで、世古くん」
「やっぱり、何かあると思ったんですよ。俊介くんが先に機転を効かせてSNSで場所を教えてくれた判断がよかったです」
真央さんは、父の勤務する町立歴史文化資料館の職員だ。
「あ、いや、それより世古くんと俊介は知り合いやったんか? こんな密に連絡をとれるくらいに?」
ボクはうつ向いた。
「あ、お前ら、付き合ってるんやろ、それぞれ、親と上司に秘密で?」
真央さんは顔が赤くなった。
「え、年上がええんか、俊介? 世古くんは見た目は若いけど、確かそろそろ三十路やったんちゃうっけ?」
「館長、セクハラー」
「大人の色気にやられたな」
もう、ボクはいたたまれない。
「それより、あの陰陽師は何者なんや? 何でボクらを殺そうとするんや?」
とっさに質問を質問で返して、ボクは誤魔化そうとする。
「それは後で話す。それより、今すぐこの目の前にある鈴鹿山脈の向こう側、三重県に行くで」
「三重? 真央さんの実家があるところ?」
「え、館長。私の親に会ってくれるんですか? っていうか、もう交際を認めて親同士が初対面、みたいな」
「それは、ない」
「ないかぁ」
「しかも、一緒に来るつもりか? 仕事中やろ?」
「館長も朝からサボってるじゃないですか?」
「あ、いや」
「それに、私がいないと、三重に行けませんよ」
「どうしてだ? 私と俊介はウチの車でここまで来たから、またそれに乗って……」
「あの魔法使いさんが、車を先に爆発させてますもん」
「えー!」
カラスは枝に留まっているのではなく、大きな釘で翼を広げた状態で木の幹に打ち付けられている。血まみれで、絶命しているのは間違いない。
「地獄絵図や。神様にこんなことはするなんて、狂ってる」
「父さん、足が三本あるで!」
父はカラスの死骸に近づき足の付け根を触ってみる。
「死後硬直しているが、確かに元々から三本ある生命体や」
「この死骸の下に書いてある、碁盤のような線は何のマークなん?」
「あっ! これは、ドーマン!」
「ドーマンって何?」
「ドーマンは陰陽師の呪符。しまった、これは罠や!」
突然、女性の声で発せられるお経のような節が林中に響き渡り、まるで映画のワンシーンのように地面の土埃が舞い上る。白と黒の狩衣に、袴、立烏帽子の装束を身に纏い、松明と数珠を持つ老女が目の前に現れた。
「さっきのおばあちゃん! 何でや?」
「あんたもグルか」
先程とは別人のような若々しい足取りと憎悪に満ちた表情で睨んでいる。
殺される、と直感した。ボクは、怖くて足が震える。
「バカな親子やね。まんまと罠にはまってくれるとはなあ」
老女は、人差し指と中指を広げて空を切る。そして「朱雀・玄武・白虎……」と呪文を唱え出した。
「これは、九字! 破滅の呪文だ」
父も怯えている。そして、老女が松明を地面の枯葉に着火した。すると、辺りが一気に炎に包まれる。侵略する火は、ボクらの足元までやってきた。
「父さん、これが、陰陽師?」
「そうや」
「ボクら、ここで死ぬんか?」
「諦めるな」
すると老女の後ろから、若い男が現れ、ビデオカメラでカラスが燃えていく様を撮影している。いや、カラスの死骸だけではない。ボクや父も映している。
「この神への冒涜を、ウチらがやったことに仕立てあげるつもりやな?」
「そうや。お前ら秦氏は我ら賀茂氏と同じ誇り高き陰陽師であるくせに、権力者側に媚びを売りおって許せん。もう、これで日本もお前らも終わりやな。やっと我らの千五百年にも及ぶ宿願が叶う!」
その時、林の入口から大きな声が聴こえた。ひょっとして、……。
「かんちょーう、俊介くーん、どこにいるのー?」
やっぱり、真央さんだ! ボクの救いの巫女が来てくれた。
「ん? 世古くんか?」
父は、ここに真央さんがどうして来たのか考える余裕などない。殺されてたまるか。
「真央さーん。こっちです! 左側の道です!」
「チ、邪魔もんか」
老女はうろたえ、呪文が途絶えた。火の勢いが急に止まる。
「真央さーん、ケータイで動画を撮りながらライブ配信しつつ、こっちへ来てください!」
「配信しながら? 分かったー!」
老女の後ろにいる男は状況が不利になり、撮影を止めた。
「おのれ、逃げるしかないか。しかし、覚えておけ。お前らが仕組んだように見せる動画は、すぐに世界に公開されるからな」
老女と男は、また土埃を巻き上げて、瞬時に消えた。そして風が収まり、炎も少しずつ消えていった。
スマホで動画を撮りながら、近づいてくる真央さんは本物の巫女のように神々しく、キレイだ。
「助かったで、世古くん」
「やっぱり、何かあると思ったんですよ。俊介くんが先に機転を効かせてSNSで場所を教えてくれた判断がよかったです」
真央さんは、父の勤務する町立歴史文化資料館の職員だ。
「あ、いや、それより世古くんと俊介は知り合いやったんか? こんな密に連絡をとれるくらいに?」
ボクはうつ向いた。
「あ、お前ら、付き合ってるんやろ、それぞれ、親と上司に秘密で?」
真央さんは顔が赤くなった。
「え、年上がええんか、俊介? 世古くんは見た目は若いけど、確かそろそろ三十路やったんちゃうっけ?」
「館長、セクハラー」
「大人の色気にやられたな」
もう、ボクはいたたまれない。
「それより、あの陰陽師は何者なんや? 何でボクらを殺そうとするんや?」
とっさに質問を質問で返して、ボクは誤魔化そうとする。
「それは後で話す。それより、今すぐこの目の前にある鈴鹿山脈の向こう側、三重県に行くで」
「三重? 真央さんの実家があるところ?」
「え、館長。私の親に会ってくれるんですか? っていうか、もう交際を認めて親同士が初対面、みたいな」
「それは、ない」
「ないかぁ」
「しかも、一緒に来るつもりか? 仕事中やろ?」
「館長も朝からサボってるじゃないですか?」
「あ、いや」
「それに、私がいないと、三重に行けませんよ」
「どうしてだ? 私と俊介はウチの車でここまで来たから、またそれに乗って……」
「あの魔法使いさんが、車を先に爆発させてますもん」
「えー!」