お金の入った小袋は置いて行くことにした。せめてもの彼女の矜持だ。着物を包むために、風呂敷だけはもらうことにした。
 一度玄関にまわり、草履をはいて庭に行く。
 手入れされた庭の奥には白い壁の土蔵がある。とても大事なものがあるらしいが、中に入れるのは家主である周之助ただひとりだった。
 膝に風呂敷を広げ、捨てられた着物を手早く畳んで包んだとき、蝶がひらりと舞い飛んできた。
 見たことのない蝶だった。銀色の(はね)に光を反射させ、きらきらと輝く。
「こんな時期に珍しい」
 節分を過ぎたばかりでまだ冬の色が濃く、さきほどまでは雪が舞っていたほどだ。蝶が飛ぶには早過ぎる。
 誘われるように跡を追うと、蝶は土蔵の少し開いていた扉から中に入ってしまった。いつもは南京錠がかけられているというのに、なぜか今日は鍵が開いている。
「駄目よ」
 思わず声をかけていた。
 このまま閉じ込められてしまっては蝶が死んでしまう。
 どのみちはかない命、むざむざと無駄に散らさせる気にはなれなかった。
 扉を押して入り、外気よりいっそう冷たい空気に身を震わせた。埃っぽいにおいが充満していて、長居したい場所ではない。
 明かりとりの窓と入り口から入る細い光で、かろうじて中の様子がわかる。
 ほとんど物はなかった。むきだしの壁と床、その奥に古びた厨子があった。人ひとりが入れそうな大きさがあり、この屋敷のきらびやかさに似つかわしくない質素な造りだった。扉には紙の封印がなされている。