日も暮れた頃。
学校から帰って家でゆっくりしていた俺は、私服に着替えて背中に愛用のリュックを背負い、一人駅前の商店街に向け歩いていた。
普段はこの時間、自分の部屋でのんびりしながら晩飯を待っているんだけど、今日は母さんに急に買い物を頼まれたんだ。
──「明日のお弁当の材料、買い忘れちゃったのよ」
っていうのが理由だったんだけど。母さんも共働きで忙しいのはわかってるし、買い忘れのひとつやふたつあるだろうと思って、二つ返事でOKした。
で、今はスマホのメモに残した買い物をリストを見ながら、徒歩でスーパーに向かってる。
しかし忘れた食材を見る限り、弁当の事だけ頭から抜けてた節があるな。
まあ、今日は特に忙しかったって言ってたし、よっぽどだったんだろう。
……あ。忘れてたといえば。
俺はふと足を止める。
そういやあのマンガ、もう発売されたんだっけ?
スマホでささっと検索してみると……あー、やっぱり。もう一巻が出てるじゃないか。
受験でバタバタしてて情報を追えないうちに、すっかり頭から抜け落ちてたんだよな。
買い忘れは弁当の材料。晩飯に影響はないはずだし、先に本屋にでも覗いてみるか。
俺は目的のスーパーを一旦スルーし、そのまま商店街を進むと、昔からよく通っている馴染みの本屋に入って行った。
思ったより人がいる店内を歩き、マンガコーナーに足を運ぶ。
えっと、出版社は大学館。で、作家名順だと……げっ。マジかよ……。
俺は目的のマンガ『リベロやります!』の一巻を見上げながら、思わず舌打ちした。
確かにそれは、マンガコーナーにあった。
背伸びして手を伸ばしたって絶対届かない、本棚の最上段に。
腕を伸ばしてジャンプすれば、何とか取れなくもない。だけど、それは流石に店の迷惑になる。
はぁ……。
こういう時に、やっぱりチビだって再認識するんだよなぁ。
美桜と同じとは言わないけど、あいつに近いくらい身長があれば、さっと手に取れるんだろうけど……。
ちなみにこの『リベロやります!』ってマンガは、ジャンル的にはバレーボールを題材にしたスポーツマンガだ。
ただ、俺はバレーボールが好きなわけじゃないし、題材を理由にそのマンガを読みたいとは思わない。
俺がこの作品にハマった理由。
それは、主人公が俺と同じチビで、ヒロインが美桜と同じ長身だったから事だ。
俺達と同じ、身長差約四十センチの二人。
物語は、高校の入学式でクラス分けを確認する人混みの中、主人公が運悪くヒロインの胸に顔を突っ込んでしまう、最悪の出会いから始まる。
知り合った二人はまさかの同じクラス。しかも、お互いバレーボールが好きで、それぞれがバレー部に入るんだけど、やっぱり身長のことで互いに歪み合うんだ。
だけど、バレーを通じて互いの才能に驚かされ、それを認め合う中で、同時に心を許し、惹かれあっていく……って感じの物語じゃないかって期待してる。
はっきり言い切れないのは勿論、まだ大して読めていないから。
俺が雑誌で読んでいた時も、二人はまだラブコメっぽい感じで喧嘩してばっかりだったし、受験中は読むのを我慢してたから、その先が全然わかってないんだよ。
でも、互いの身長差もあるけど、それぞれ互いの才能に驚くシーンはあったし、絶対二人は意識し合うはずって思ってる。じゃなきゃ、ドラマにならないしさ。
っと。マンガの振り返りはいいか。
さっさと店内にある踏み台でも探して──。
「何か欲しい本があるの?」
「ん? ああ。実は──」
ん?
突然背後からした声に無意識に反応したけど、途中ではっとして言葉が詰まる。
この声、まさか!?
ばっと振り返り背後を見ると、こっちと目があった制服姿の美桜が、小さく手を振っていた。
は?
何であいつがここにいるんだ!?
「ど、どうしたんだよ? 何か買いに来たのか?」
心の動揺が隠せないまま、驚き交じりの問いかけをすると、あいつが頬を掻き苦笑する。
「あ、うん。実は、丁度本を買い終わって、帰ろっかなーって思ったんだけど。そうしたら、ハル君が入って来たのが見えて」
「そ、そうだったのか」
まさか、同じ時間にここにいたのかよ。
周りなんて見向きもせずにこのコーナーに来たから、美桜がいるなんて気づきもしなかった。
「それで。欲しい本があるなら、取ってあげよっか?」
こっちの意図を汲みとって、そんな気遣いを見せる美桜。
確かにあいつの身長なら、本棚の最上段にも手が届くだろう。
こういう厚意は嬉しい。だけど、それであいつの劣等感を刺激しないか? ってのはちょっと気になる。
でもまあ、俺がどの辺を見てたかもわかった上で、本人が親切心で言ってくれたんだ。流石に気にしすぎてもいけないか。
「ん? ああ。えっと──」
……い、いや。ちょっと待て。
流石にあのマンガの表紙を、あいつに見られるわけにはいかないだろって!
一巻の表紙は、さっきスマホで調べた限り、身長差のある二人が並んでそっぽを向きながらも、相手を気にして横目で見てるイラスト。
それを見たら、いくら鈍感なあいつだって、『もしかして自分達を重ねてるんじゃ』って、勘づくかもしれないだろ!
勿論俺は、この作品を知った時点で俺達を重ねてるし、だからこそこの二人にくっついて欲しいって思ってる。
だ、だけど、美桜はそうじゃない。俺の事なんて、ただの幼馴染って思ってるんだから。
流石に、この段階で俺の好意がバレるのはやばい!
とはいえ、気を利かせたあいつに断りを入れるタイミングは、もう完全に逸してる。
ど、どうする?
……そうだ!
「あ、あそこの『異世界のんびりまったり紀行』の三巻、取ってもらえるか?」
俺は咄嗟に数冊隣にある、異世界ファンタジーっぽいタイトルの作品を指差した。
正直この作品を選んだ理由は、男子が買いそうである事だけ。今までに一度も触れた事のない作品だから、話は全く知らない。
まあ、タイトルを見る限りは異世界ファンタジーだろうし、男が選ぶなら無難な選択だろう。
わざわざ三巻を選んだのは、並んでいる中では一番新しかったから。前から読んでて追いかけてるっていう、無難な言い訳がしやすいと踏んでの事だ。
それに、背表紙に書かれた女の子のアップも、絵柄的には好みで悪くない。
だからこれを機会に、ちゃんと読んでみてもいいかなって思いもある。
『リベロやります!』がすぐ読めないのは残念だけど、今回ばかりは背に腹は代えられない。
「あれね。わかった」
咄嗟の機転が功を奏し、迷いなくそっちの作品に手を伸ばす美桜を見て、内心胸を撫で下ろす。
良かった。これで俺の想いは守られたな……。
「……え!?」
と、手に取ったマンガの表紙を見た彼女が、急に目を丸くして、ぽんっと一気に耳まで真っ赤にした。
へ? 何でそんな反応なんだ?
疑問と共に膨らんだ嫌な予感が、さっきまでの安堵を一瞬で吹き飛ばす。
そして、それが現実となったかのように、美桜は顔を真っ赤にしたまま、俺に白い目を向けてくる。
「……ふ、ふーん。ハル君って、こういうのが好きなんだ?」
「え? あ、うん。まあ……」
「そ、そっかー」
あいつの妙な圧と、混乱してる俺の頭。そしてそもそもその作品を知らないせいで、何とも歯切れの悪い返事をすると、あいつは白い目のまま、顔を背ける。
「ま、まあ、確かに可愛いもんね。はい」
「サ、サンキュー」
片手ですっと差し出された本を見た瞬間。
俺はあいつに倣うように、顔を真っ赤にした。
な、何であんなタイトルなのに、温泉前で背表紙の子のタオルがはだけそうになってる、エッチな雰囲気全開の表紙なんだよ!
穴があったら入りたい。
そんな恥ずかしさと、何でこのマンガを選んだんだっていう己の判断ミスにわなわなと震えながら、俺は美桜の視線を避けるように、一人でレジに向かったんだ。
学校から帰って家でゆっくりしていた俺は、私服に着替えて背中に愛用のリュックを背負い、一人駅前の商店街に向け歩いていた。
普段はこの時間、自分の部屋でのんびりしながら晩飯を待っているんだけど、今日は母さんに急に買い物を頼まれたんだ。
──「明日のお弁当の材料、買い忘れちゃったのよ」
っていうのが理由だったんだけど。母さんも共働きで忙しいのはわかってるし、買い忘れのひとつやふたつあるだろうと思って、二つ返事でOKした。
で、今はスマホのメモに残した買い物をリストを見ながら、徒歩でスーパーに向かってる。
しかし忘れた食材を見る限り、弁当の事だけ頭から抜けてた節があるな。
まあ、今日は特に忙しかったって言ってたし、よっぽどだったんだろう。
……あ。忘れてたといえば。
俺はふと足を止める。
そういやあのマンガ、もう発売されたんだっけ?
スマホでささっと検索してみると……あー、やっぱり。もう一巻が出てるじゃないか。
受験でバタバタしてて情報を追えないうちに、すっかり頭から抜け落ちてたんだよな。
買い忘れは弁当の材料。晩飯に影響はないはずだし、先に本屋にでも覗いてみるか。
俺は目的のスーパーを一旦スルーし、そのまま商店街を進むと、昔からよく通っている馴染みの本屋に入って行った。
思ったより人がいる店内を歩き、マンガコーナーに足を運ぶ。
えっと、出版社は大学館。で、作家名順だと……げっ。マジかよ……。
俺は目的のマンガ『リベロやります!』の一巻を見上げながら、思わず舌打ちした。
確かにそれは、マンガコーナーにあった。
背伸びして手を伸ばしたって絶対届かない、本棚の最上段に。
腕を伸ばしてジャンプすれば、何とか取れなくもない。だけど、それは流石に店の迷惑になる。
はぁ……。
こういう時に、やっぱりチビだって再認識するんだよなぁ。
美桜と同じとは言わないけど、あいつに近いくらい身長があれば、さっと手に取れるんだろうけど……。
ちなみにこの『リベロやります!』ってマンガは、ジャンル的にはバレーボールを題材にしたスポーツマンガだ。
ただ、俺はバレーボールが好きなわけじゃないし、題材を理由にそのマンガを読みたいとは思わない。
俺がこの作品にハマった理由。
それは、主人公が俺と同じチビで、ヒロインが美桜と同じ長身だったから事だ。
俺達と同じ、身長差約四十センチの二人。
物語は、高校の入学式でクラス分けを確認する人混みの中、主人公が運悪くヒロインの胸に顔を突っ込んでしまう、最悪の出会いから始まる。
知り合った二人はまさかの同じクラス。しかも、お互いバレーボールが好きで、それぞれがバレー部に入るんだけど、やっぱり身長のことで互いに歪み合うんだ。
だけど、バレーを通じて互いの才能に驚かされ、それを認め合う中で、同時に心を許し、惹かれあっていく……って感じの物語じゃないかって期待してる。
はっきり言い切れないのは勿論、まだ大して読めていないから。
俺が雑誌で読んでいた時も、二人はまだラブコメっぽい感じで喧嘩してばっかりだったし、受験中は読むのを我慢してたから、その先が全然わかってないんだよ。
でも、互いの身長差もあるけど、それぞれ互いの才能に驚くシーンはあったし、絶対二人は意識し合うはずって思ってる。じゃなきゃ、ドラマにならないしさ。
っと。マンガの振り返りはいいか。
さっさと店内にある踏み台でも探して──。
「何か欲しい本があるの?」
「ん? ああ。実は──」
ん?
突然背後からした声に無意識に反応したけど、途中ではっとして言葉が詰まる。
この声、まさか!?
ばっと振り返り背後を見ると、こっちと目があった制服姿の美桜が、小さく手を振っていた。
は?
何であいつがここにいるんだ!?
「ど、どうしたんだよ? 何か買いに来たのか?」
心の動揺が隠せないまま、驚き交じりの問いかけをすると、あいつが頬を掻き苦笑する。
「あ、うん。実は、丁度本を買い終わって、帰ろっかなーって思ったんだけど。そうしたら、ハル君が入って来たのが見えて」
「そ、そうだったのか」
まさか、同じ時間にここにいたのかよ。
周りなんて見向きもせずにこのコーナーに来たから、美桜がいるなんて気づきもしなかった。
「それで。欲しい本があるなら、取ってあげよっか?」
こっちの意図を汲みとって、そんな気遣いを見せる美桜。
確かにあいつの身長なら、本棚の最上段にも手が届くだろう。
こういう厚意は嬉しい。だけど、それであいつの劣等感を刺激しないか? ってのはちょっと気になる。
でもまあ、俺がどの辺を見てたかもわかった上で、本人が親切心で言ってくれたんだ。流石に気にしすぎてもいけないか。
「ん? ああ。えっと──」
……い、いや。ちょっと待て。
流石にあのマンガの表紙を、あいつに見られるわけにはいかないだろって!
一巻の表紙は、さっきスマホで調べた限り、身長差のある二人が並んでそっぽを向きながらも、相手を気にして横目で見てるイラスト。
それを見たら、いくら鈍感なあいつだって、『もしかして自分達を重ねてるんじゃ』って、勘づくかもしれないだろ!
勿論俺は、この作品を知った時点で俺達を重ねてるし、だからこそこの二人にくっついて欲しいって思ってる。
だ、だけど、美桜はそうじゃない。俺の事なんて、ただの幼馴染って思ってるんだから。
流石に、この段階で俺の好意がバレるのはやばい!
とはいえ、気を利かせたあいつに断りを入れるタイミングは、もう完全に逸してる。
ど、どうする?
……そうだ!
「あ、あそこの『異世界のんびりまったり紀行』の三巻、取ってもらえるか?」
俺は咄嗟に数冊隣にある、異世界ファンタジーっぽいタイトルの作品を指差した。
正直この作品を選んだ理由は、男子が買いそうである事だけ。今までに一度も触れた事のない作品だから、話は全く知らない。
まあ、タイトルを見る限りは異世界ファンタジーだろうし、男が選ぶなら無難な選択だろう。
わざわざ三巻を選んだのは、並んでいる中では一番新しかったから。前から読んでて追いかけてるっていう、無難な言い訳がしやすいと踏んでの事だ。
それに、背表紙に書かれた女の子のアップも、絵柄的には好みで悪くない。
だからこれを機会に、ちゃんと読んでみてもいいかなって思いもある。
『リベロやります!』がすぐ読めないのは残念だけど、今回ばかりは背に腹は代えられない。
「あれね。わかった」
咄嗟の機転が功を奏し、迷いなくそっちの作品に手を伸ばす美桜を見て、内心胸を撫で下ろす。
良かった。これで俺の想いは守られたな……。
「……え!?」
と、手に取ったマンガの表紙を見た彼女が、急に目を丸くして、ぽんっと一気に耳まで真っ赤にした。
へ? 何でそんな反応なんだ?
疑問と共に膨らんだ嫌な予感が、さっきまでの安堵を一瞬で吹き飛ばす。
そして、それが現実となったかのように、美桜は顔を真っ赤にしたまま、俺に白い目を向けてくる。
「……ふ、ふーん。ハル君って、こういうのが好きなんだ?」
「え? あ、うん。まあ……」
「そ、そっかー」
あいつの妙な圧と、混乱してる俺の頭。そしてそもそもその作品を知らないせいで、何とも歯切れの悪い返事をすると、あいつは白い目のまま、顔を背ける。
「ま、まあ、確かに可愛いもんね。はい」
「サ、サンキュー」
片手ですっと差し出された本を見た瞬間。
俺はあいつに倣うように、顔を真っ赤にした。
な、何であんなタイトルなのに、温泉前で背表紙の子のタオルがはだけそうになってる、エッチな雰囲気全開の表紙なんだよ!
穴があったら入りたい。
そんな恥ずかしさと、何でこのマンガを選んだんだっていう己の判断ミスにわなわなと震えながら、俺は美桜の視線を避けるように、一人でレジに向かったんだ。