「神様の、馬鹿」

 遠くから小さくテレビの音が聞こえる中。あたしは浴槽に窮屈な感じで座り湯船に浸かりながら、今日のデートを振り返ってしょんぼりしてた。

 映画が酷い事になってたハプニングはあったけど、正直今日のあたしのデートはかなり良かったと思う。
 素敵なハル君の服装も見れたし、先輩達といた時の誤解だって解けた。
 久々に一緒にゲームだってできたし、何ならカラオケでハル君の素敵な歌も聴けた。
 何なら、猫を助けに木を登るハル君の、引き締まった二の腕とか、正直目の保養になるくらいの物だって見れた。
 それなのに……。

 思い出すだけで、あたしは神様の仕打ちに恨めしくなる。
 確かに、ハル君は猫を助けるために頑張ってた。あたしだって、そんな彼の役に立ちたかった。
 そういう意味でも、最後に木から落っこちちゃったハル君を助けられて、怪我なく終わったのは良かったと思う。

 でも。でもよ。
 だからって彼をお姫様抱っこする事になるなんてどういうこと!?
 あんなの、あたしにとってもハル君にとっても、全然良いことないじゃん!

 きっとあれでハル君は自分が小さいって再認識して、気落ちしたんだと思う。
 彼の服も汚れちゃってたから、そのままお開きにして一緒に帰ったんだけど、帰り道も気まずくってほとんど話せなかったのは、きっとそんな理由だよね。

 電車で並んで座ってた時も。

  ──「美桜。ごめんな。なんか、最後にバタバタしちゃって」
  ──「全然。気にしなくていいよ」
  ──「だけど、さっきのは恥ずかしかったよな?」

 なんて、肩を落としたハル君が申し訳無さそうに言ってきて。

  ──「う、ううん。べっつにー。あたしは猫とハル君を助けられてホッとしてるし」

 あたしはそんな本音交じりの言葉を返したけど、彼は自嘲するように笑うと、そこから何も喋ってくれなかった。
 本当は、そういうのを気にせず、色々話しかけるべきだったのかもしれない。
 でも、それがウザかったらどうしよう。今はそっとしておいてほしいって思ってたらどうしようって、踏ん切りがつかなかったんだよね。
 でも、実際あたしもちょっとショックだったし、ハル君も同じだったんだと思う。

 ……やっぱ、あたしとハル君って結ばれない運命なのかな。
 こうやって嫌な気持ちにさせてたら、彼の気持ちが動くわけ無いじゃん。

 思い返してみたら、幼馴染として気遣ってもらいはしたけど、それ以上のことはなかった気もするし。
 カラオケで想いを込めた歌を沢山歌っい終わった時も、なんとなく響いた感じもなかった。
 プリを撮った時だって、恥ずかしがったりはしてたけど、それはきっとポーズとかで恥ずかしくなっただけだよね。

 折角雪乃さんにあれだけの衣装を用意してもらって、SING(シング)さんにもあそこまで綺麗にヘアメイクまでしてもらって。
 結菜や宇多ちゃん、それに今日のデートのきっかけを作ってくれた妙花の協力で、ここまで最高のシチュエーションを作れたのに。
 結局あたし、何も進展してない。なんならよりネガティブになってるじゃん。
 胸を張ろうって頑張って、上手くいったと思ったのに……。

「はぁ……」

 手にお湯を救い、顔にバシャッと掛ける。
 だけど、そんな事じゃ憂鬱になった気持ちを洗い流せなんてしなかった。

      ◆   ◇   ◆

 お風呂を上がってパジャマに着替えて、頭をバスタオルで乾かしたあたしは、リビングでお父さん親と一緒にソファーに座り、テレビを見ていた。
 普段なら笑いながら見ているバラエティ番組。だけど、今日は全然気持ちが盛り上がらなくって、時折ため息を漏らしながら、退屈そうに見つめるだけ。

「……何かあったか?」
「ううん。何も」

 腫れ物に触れるようなお父さんの態度。
 だけど、気持ちをごまかせなくって、結局そっけない返事しかできない。
 そういえば、明日からまた学校だよね。どんな顔をして一緒に行けばいいんだろう……。

「ほらほら。そんな顔してないで。大瀬さんからもらったお土産でも食べましょ」

 空気が悪いのを感じてか。普段通りの明るい感じでお母さんがお盆にお茶菓子と湯呑みを乗せてやってきた。
 温かいお茶と、お菓子はお土産の定番のひとつ、観光地の名前やデザインが入ったクッキーの詰め合わせ。

 あたしはぼんやりとしたまま、その一枚を口に咥えた。
 うん。案外美味しい。これならお土産としても悪くないかもね。
 ……あれ? お土産として、悪くない?

「あ」

 そうだ! すっかり忘れてた!
 勢いよく立ち上がったあたしを見て、お父さんとお母さんが少し驚いた顔をする。

「急にどうしたの?」
「ちょっと用事思い出したから。あたしのお菓子、残しておいて!」

 唖然とする二人をそのままに、あたしは足早にリビングを出ると、階段を駆け上がって自分の部屋に戻ってきた。
 そのまま机に無造作に放り投げていたポーチを開くと、そこから小さな紙包みを取り出す。
 ……そう。
 貰ってた。ハル君からお土産を。

 あの時、本気で嬉しくなっちゃって、絶対返さないって誓った、質素で飾りっ気のない、小さめの包み紙。
 全然おみやげっぽくないけど、何が入ってるんだろう?
 気落ちしてたはずなのに、あたしはそんなこともすっかり忘れて、椅子に座り机に向かい封を剥がして中身を取り出した。

 そこから出てきたのは、もう一回り小さな、白地に薄い桜色でデザインされた可愛らしい包み紙。
 包み紙にある桜の花のマークと合わせて書かれた文字は……え? 恋崎神社?
 その名前を見て、あたしはちょっと驚いた。

 恋崎神社。
 この間テレビでやってたけど、その名前から恋が咲く神社なんて有名になって、今や恋に悩む人達やカップルの観光名所にもなってるって聞いた。

 お土産が神社の物?
 何となくそこにある物を想像しながら包み紙を開けると……やっぱり。そこから出てきたのは、縁結びのお守りだった。
 それを見て、昼間のことを思い出す。

  ──「ごめん。悪いけど中身は家で確認してくれないか。流石に期待外れで、がっかりされると辛いし」

 こう言ったハル君の気持ちもわからなくないけど、それでもわざわざこれを選んだわけでしょ?
 じゃあ、何でお土産をこれにしたんだろう?
 やっぱり有名な場所だったから、お土産にって思ったのかな?
 それとも……ん? あれ、何だろう?

 ふと、最初の包み紙を見ると、何かがちょっとはみ出てる。
 包み紙からそれをすっと抜き出すと……これって、便箋かな?
 綺麗に四つ折りされた便箋を開くと、恋崎神社のロゴ入りの可愛らしい便箋に、ハル君が手書きで書いた短い文章があった。

『お前が身長の事を忘れるくらいの恋人ができるよう、代わりに願掛けしておいたからな』

 それを見て、あたしは暫く呆然としてた。
 少しずつ湧き上がってくる感情に、少し瞳を潤ませながら。


 ハル君って、やっぱり優し過ぎだ。
 たまに憎まれ口を叩いたり、小馬鹿にしてきたりもする。
 だけど、どこかで何時もあたしの事を考えてくれてる、最高の幼馴染。
 彼は、あたしが彼女になりたいって思うようになったあの頃から、変わってない。
 だから、あたしは今でもハル君が好きなんだもん。

      ◆   ◇   ◆

 幼稚園の時。お母さんの大事にしてたコーヒーカップを割っちゃって、あたしは逃げるように家を飛び出した。
 小さかったから、あたしはどうすればいいかわからなくって、日が暮れた頃にも公園で一人、すべり台の所に座って困ってたんだけど、そんなあたしの下に駆けつけてくれたのはハル君だった。

  ──『一緒に帰ろう。僕も謝るから』

 そう言って手を繋いで、彼はあたしを家まで連れて帰ってくれて、家でお母さんに一緒に謝ってくれたの。
 結局お母さんもあたしを怒ることはなかったけど。
 後でお母さんが、ハル君があたしを探しに行く時、あたしの事を怒らないでほしいってお願いしてたって聞いた時は、本当に嬉しくって。
 あの日から、あたしの一番はハル君になって、あたしの隣にいて欲しいのもハル君になった。

      ◆   ◇   ◆

 他の人が貰ったら、どう思うかはわからない。
 だけど、あたしにとっては最高のお土産。
 
「ハル君……」

 彼の優しさに、ジーンときてたあたしだったけど、ふとある現実に気づいた時、漏れそうだった涙が引っ込んだ。

 ハル君がこう思ってお守りを買ってくれたのは凄く嬉しい。
 だけど、あたしが彼氏になって欲しいのもハル君なんですけど。

「はー……」

 あたしは手紙を持ったまま机に突っ伏すと、横に置いたお守りを恨めしそうに見つめた。
 神様、酷いじゃん。
 ハル君が願掛けまでしてくれたのに、最後があんなオチとか。

 ……あれ。でも待って。
 お守りって、どこから効果を発揮するの?
 あたしが認知する前だから、効果がなかったとかない?
 だとしたら、まだハル君と付き合うチャンスがあるんじゃ?
 確かに映画や最後の抱っこは失敗だったけど、あれはまだ神様の力が及んでなかったとか?

 うん! きっとそうかも!
 急に前向きになったあたしは、突っ伏したままばっとお守りを手に取ると、顔の前に両手で祈るように持ち、必死になって祈った。

「どうかハル君と付き合えますように。そうかハル君と付き合えますように……」

 現金なあたしでごめんなさい!
 縁結びの神様! どうか! どうかお願いします!