俺の言葉に、店長が困った顔をしたけど、YUKINOさんはじっと表情を変えずにこっちを伺っている。
 その意図まではわからないけど、俺は少しでも本気だと伝えたくって、彼女から目を逸らさなかった。

 理由は単純。この機会を逃したくなかったから。
 美桜の誘いと先輩達の助力。それらが相成って得た機会。こんな事早々ないと思うからこそ、チャンスは逃したくないって思ったんだ。

 それに、世の中には人を騙してでも買わせようとする人がいる中で、YUKINOさん達は学生のわがままに真摯に向き合ってくれて、ちゃんと苦言も呈してくれた。
 それって、俺からしたら凄くありがたい事だし、信頼していいって思える事だったから。

 とはいえ、流石に高校生がこんな事を口にするのは──。

「ハル君、やっぱ格好いいー!」

 ──え?
 突然隣から聞こえた声に、俺が思わずそっちに顔を向けると、東野先輩が目をキラキラさせながらこっちを見ていた。
 って、なんで?

「えっと、格好いい、ですか?」
「うん! 格好いいに決まってるじゃーん! こんなの美桜ちゃんも絶対惚れ直すってー! ね? 雫?」
「こーら。雨音。今はそういう話をする時間じゃないわよ」
「あ。あはは……。ごめんなさーい」

 突然の東野先輩の暴走にも、西原先輩は冷静。
 さらりと釘を差した彼女に、東野先輩がはずかしそうに身を小さくする。
 そのやりとりを見て、ぷっと吹いたのはYUKINOさんだった。

「ほんと。高校生って良いわよねー。青春してて」

 笑顔でそう口にした彼女は、そのまま頬に手を当て少し考え込む。

「ただ、話が脱線し続けてもいけないし、もう少しハル君の話もちゃんと聞きたいわね」

 そこまで口にしたYUKINOさんは、再び俺を真面目な顔で見た。

「ね。少し、私と二人きりで話させてもらえない?」
「え? 俺とですか?」
「ええ。あなたが依頼人なんですもの。もう少し込み入った話も聞いた上で、判断したいのよ。どう?」

 二人っきりか……。

「俺はいいですけど。それだと先輩達を待たせちゃう事になりますよね?」
「だったらー、あたし達、お店で服を見てくる。だからー、気にしなくって大丈夫だよ?」
「そうね。どちらにしても、今日は夏物のチェックをするつもりだったし。丁度いいわ」

 二人にとっては好都合だったのか。俺の懸念にさらりと返事をすると、YUKINOさんもすぐに笑顔になる。

「それじゃ決まりね。小夜。二人をお店に案内してくれる?」
「わかりました。では、お二人はこちらに」
「はーい!」

 立ち上がった店長さんの言葉に従い、先輩達が立ち上がると向こう側に回り込む。

「ハル君。がんばだよ!」
「健闘を祈ってるわ」
「はい。ありがとうございます」

 二人は応援の言葉を残すと、そのまま店長と共に部屋から出ていき、俺とYUKINOさんだけが残された。

 とりあえず、まだ断られてないって事は、可能性は残ってるって事でいいんだろうか?
 でも、何を聞かれるんだろう? まさかと思うけど、説教されるんじゃ?

 二人っきりになり、またも真剣な顔つきになったYUKINOさんを見ながら、俺はごくりと唾を飲む。
 それでも表情を変えない彼女が、静かに口を開いた。

「さて。ハル君。ここからはできる限り、包み隠さず話してもらえるかしら?」

 え? 包み隠さず?

「えっと、それってどういう……」
「いえね。高校生がたった一シーズンしか着れないかもしれない、一着十万を超える可能性のある買い物を決断するなんて、余程の理由がないとおかしいと思ったのよ。私だって、それをビジネスと割り切るには荷が重いわ。だから、ちゃんと理由を聞かせてほしいの」

 真剣さを崩さず、落ち着いた口調で話すYUKINOさん。
 これってつまり、美桜への想いとかを話さないといけないって事だよな……。

 気恥ずかしさが膨らんで、ちょっと顔が熱くなったのがわかる。
 でも、ここで逃げたら元の子もない。

「……わかりました」

 俺が不安や恥ずかしさと葛藤しながらも、しっかりと頷くと、YUKINOさんもコクリと頷いてくる。

「ありがとう。まず、自分に合う服が欲しい理由、ちゃんと聞かせてくれる?」
「はい。あの、とある事で幼馴染を助けたんですけど、そのお礼にって、食事に誘われたんです」
「それで?」
「その……一緒に食事に行くなら、恥ずかしくない格好でって思って」
「……それだけ?」

 俺が何かを隠しているのをお見通しと言わんばかりに、念押しするYUKINOさん。
 ……まあ、話さないと、だよな。

「えっと、ちょっと待ってください」

 俺は上着の内ポケットからスマホを出すと、この間撮ってもらった入学式でのあいつとの写真を表示し、彼女に見えるようにテーブルに置いた。

「あら。随分と大きな子ね。これがあなたの幼馴染?」
「えっと、その……幼馴染であり、初恋の人です」
「そうなの。恋人ってわけじゃないの?」
「はい。幼馴染なだけです。片想いなんで」
「ふーん……」

 暫くの間、じーっとスマホの画面を見ていたYUKINOさん。

「身長差、四十センチって所かしら?」
「はい」
「そう。このコンプレックスのせいで、告白する自信が持てないの?」
「えっと……そうですね。こんな小さい俺じゃあいつに似合わないんで、告白までは考えてないです。ただ、あいつも女子としては相当背が大きいんで。俺といたら、それがより際立っちゃうじゃないですか」
「確かにそうね」
「だから、せめて一緒にいても、そう感じさせないっていうか。ちゃんとした格好をして、恥ずかしいって思わせないようにしたいなって……」

 話すほどに火照りが酷くなり、俺は自然と視線を落とす。
 でも、仕方ないだろ。こんなの独りよがりだし、人に話すようなことでもないし……。
 
「……ちなみに、彼女を好きになったきっかけは?」

 は? きっかけ?
 そこまで話さないといけないのか!?
 一瞬そんな疑問を覚えたけど、この流れで話さないわけにはいかないよな……。

 ちらりと上目遣いにYUKINOさんを見た俺は、真剣な目をしている彼女を見て、観念して昔話を始めた。

「幼馴染として、物心ついた時からずっと一緒だったんですけど。意識しだしたのは、小学一年生の時ですかね」

 そうか。もう十年前くらいなんだよな。
 あいつを好きだなって思ったのは。

「俺の部屋のベッドはシステムベッドで、上の段がベッドだったんですけど。ある日、この高さなら飛び降りれるかな? なんて馬鹿な事を考えて、それを実践したんです」
「それで?」
「飛ぼうとした時にベッドの柵に足を引っ掛けちゃって、利き腕だった右腕から落ちて骨折しちゃいました」

 今考えても、子どもとはいえドジったなぁって反省しきり。
 実際、骨折したのを知った美桜が、俺の痛々しいギブス姿を見て、泣き出してたもんなぁ。

「それだと、生活もままならなかったんじゃない?」
「はい。骨折自体は軽症で、一ヶ月くらいで治ったんですけど。やっぱりギブスをしての生活って大変でした」
「それがきっかけってことは、彼女に献身的に看護されたの?」
「はい。一緒に学校に行っている間、とにかく世話を焼いてくれたんです。周囲に一緒にいるのを茶化されたりしてもお構いなしに。ノートも代わりに書いてくれたし、お昼も手伝ってくれて。体育の時なんか、一人で見学は可哀想だーって、一緒に見学するって言いだす始末でしたよ」

 でも、あれは嬉しかったな。
 俺、体育の授業凄い好きだったから、みんなが楽しそうに運動するのを見てるだけっていうのが辛かったんだけど。美桜はそんな俺の心配もしてくれてさ。

「へー。それだけの事をされたら、流石に恋に落ちちゃうか」
「はい。ただ、結局その想いを伝えるのは恥ずかしくて、言えないまま過ごしているうちに中学になって。あいつは背が一気に伸びて、俺は逆に伸びなくなって、一緒にいてコンプレックス感じさせるのはちょっとなって思うようになって、今に至る感じです」

 ……あー。何で俺、知らない人にこんな話してるんだよ。
 昔の恋に落ちた想い出を懐かしみながら、同時に気恥ずかしさも一気に増して。俺は俯いたまま、ごまかすように頭をくしゃくしゃっと掻いた。

「十年越しの想い、伝える気はないの?」
「えっと、正直な事を言えば、恋人になれたら嬉しいです。でも、さっき話した通り、あいつが俺と一緒にいて、コンプレックスを感じるのは嫌なんで、そこまでは……」
「そう。じゃあ、私が作った服で、彼女がそんなコンプレックスを忘れさせてあげられるとしたら、あなたも少しは胸を張れる?」
「……え?」

 思わず顔を上げると、さっきまでとは一転。笑顔のYUKINOさんがそこにいた。

「ハル君は、この店の名前を知っているのかしら?」
「『Standing(スタンディング) Tall(トール)』ですよね。無知で申し訳ないですが、今日初めて知りました」
「いいのよ。で、意味はわかる?」
「いえ。すいません」

 俺が素直にそう答えると、彼女は人差し指を立て、自信ありげに口を開く。

「意味はね。『胸を張れ』よ」
「胸を、張れ……」
「そう。私達のブランドの服を着て、みんなが堂々と胸を張れるように。そんな想いでデザインしているの。だから、もしあなたが私の店で服を作るって言うなら、ちゃんと胸を張って欲しいのよ。流石にいきなり告白しろなんて言えないけれど。彼女の隣に立つ時、コンプレックスなんて気にせず、胸を張って欲しいの。あなたに、それができるかしら?」

 堂々と、胸を張る……。
 正直、それができるかと言われても、まだわからない。
 だけど、もしそれだけの想いを込めて、服を作ってくれるって言うなら……。

「……はい。できる限り、ブランド名を汚さないように頑張ります。お金もちゃんと、バイトをしてでも支払います。だから、オーダーメイド、お願いできませんか? いえ。お願いします!」

 俺は、しっかりと自分の決意を言葉にして、深々と頭を下げた。

「バイトをしてでも支払う、ね……」

 ふと、YUKINOさんのトーンが今までと違うのに気づいて顔を上げると、どこか意味深な笑みを浮かべてるけど……やっぱりお金の件が気掛かりなんだろうか?
 学生の支払い能力なんてたかが知れてるだろうし、彼女にとってはビジネスだからこそ、そこが気になったのかも知れないけど……。

 さっきまでと少し空気が変わったような気がして、俺が戸惑っていると。

「じゃあ、こういうのはどうかしら?」

 なんて言って、YUKINOさんが俺にある提案をしたんだけど。そのあまりに凄い内容に、俺は思わず目を丸くしたんだ。