あたしが目を丸くしたのを見て、振り返った結菜と宇多ちゃんがしてやったりの笑顔を見せる中。奥に立っていた結菜似の女性があたしの前まで歩いてくると、笑顔でこっちの手を取り顔を見上げてきた。

「いらっしゃーい。あなたが小杉さんね?」
「あ、は、はい。あ、あの──」
「私は花澤(はなざわ)雪乃(ゆきの)よ。今日はよろしくね」
「え? は、はい。よろしくお願いします?」

 え? よろしく?
 あたしが、こんな有名人に? 何を?
 っていうか、結菜ってこの人の娘だったの?

 流されて普通に挨拶しながらも、自然と語尾が疑問形になったのはこれだけの???(ハテナ)があったから。
 本名までは知らなかったけど、ファッションに興味がある女子高生なら、絶対知ってる有名人だと思う。

 人気アパレルブランド『スタトル』こと『Standing(スタンディング) Tall(トール)』のオーナーで、テレビやネットの番組にも出演している、ファッションデザイナーのYUKINOさん。
 女子高生のブランド服としてはちょっとお高いけど、可愛い系から清楚系、ちょっと大人びたカジュアルシック系まで色々な服を取り揃えてて、ほんと凄いお店なんだよね。

 あたしはこの身長だし、残念ながらお世話になったことはない。でも、中学三年の頃には周囲の友達もスタトルには注目してて、頑張ってお小遣いを貯めて着飾ってた子もいるくらい。

 そんな凄いデザイナーさんが、まさか結菜のお母さんだったなんて……っていう驚きもあるんだけど、今は正直戸惑ってる。
 これから一体何が始まるのかもさっぱりわからないし。

「じゃ、まずはこれから採寸──」
「ママ! まだちゃんと話をしてないでしょ? 時期尚早だよ!」

 あたしの手を引き何処かに連れて行こうとした雪乃さんに、両腕を組み苦言を呈した結菜。
 その言葉を聞いて「あー。ごめんなさいねー」なんて、にこにこしながら謝る雪乃さんに、テレビに出ている時のしゃんとしたYUKINOさんのイメージは全然ない。
 あたし、詐欺られてる? なんて思っていると、結菜がこっちに笑顔を向けてきた。

「えっと、今日美桜ちゃんをここに連れてきたのは、ママに美桜ちゃんの服を仕立ててもらおうって思って」

 ……え? ちょ、ちょっと待って。
 結菜。何言ってるの!?

「ちょ、ちょっと! そんなの無理だよ!」
「え? 何で?」
「な、何でって。スタトルの服だってそこそこの値段するのに。雪乃さんに仕立ててもらうなんて、幾ら掛かるかわからないじゃん! あたし、そんなお金ないし──」
「そこまで私のブランドを知ってくれてるのは光栄ね。でも、ちょっとした条件を飲んでくれたら、ただで仕立ててもいいわよ? 勿論、ちゃんと私がデザインもするから」
「……え?」

 雪乃さんがあたしの服をデザインして、仕立ててくれる!?
 降って湧いたような話は、服に困っているあたしにとって、それはもうよだれもの。っていうか、世界の女子高生が憧れる話って言ってもいいと思う。

 だけど。だけどよ? 条件って?
 やっぱり詐欺まがいな話だったりしない?

 友達のお母さん相手にそんな不謹慎な事を思いながら、だけどどう返していいかわからなくって困惑していると、先に優しく言葉を続けてくれたのは雪乃さんだった。

「そんなに身構えないで。流石に結菜の友達に、酷い事なんてしないわよー」
「で、でも。雪乃さんにデザインしてもらう時点で、三桁万円とか──」
「ビジネスならそう。でも、今回は娘のお願いだし、私にも丁度いい話なのよ」
「丁度いい話、ですか?」

 まったくピンとこない答えに、呆然としたままあたしを見て、彼女はくすりと小さく笑う。

「ええ。私は今、新たなブランドを立ち上げたいと思ってるの」
「新たなブランド……」
「そう。小杉さんみたいに、身長や体格で服に困る女性のためのブランドなんだけど。そのためのデザインをするには、やっぱりモデルが欲しいのよ」
「……モデル?」

 え? モデルって……写真誌を飾ったり、ファッションショーでランウェイを歩く、あのモデル!?

「むむむ、無理です! あたし、そういうのできませんから!」

 慌てて両手を振って否定すると、

「まったくー。美桜っちー。いくら雪乃さんに会えてパニクってるのはわかるけどー。ちゃんと話を聞きなよー」
「うん。聞いたほうがいい」

 呆れた宇多ちゃんと相変わらず感情のない妙花が、そうたしなめてきた。

「で、でも、モデルって言われたら、写真撮られたりするでしょ!?」
「一般的にはそうね。だけど、いきなり素人のあなたの写真を使って宣伝したり、ファッションショーに出てもらおうとは思ってないわよ」
「そうだよー。ママだってプロなんだから。そういう所はちゃーんと考えてるもん」

 あたしが過剰な反応をしたせいか。くすくすっと雪乃さんと結菜が似た顔で小さく笑う。
 ま、まあ、そりゃそうだよね。でも、あたしだっていきなりモデルって言われたら、勘違いだってするじゃん……。

 自分の先走った気持ちと周囲の反応にちょっと恥ずかしくなって、あたしはその場で小さくなる。

「小杉さんにはね。私の専属モデルをしてほしいの」
「え? 専属モデル、ですか?」
「ええ。私もデザインのアイデアを試作して試したいのだけど。やっぱりマネキンや海外モデルだとイメージが違うし、あなたほど大きくてスタイルもいい可愛い子って、中々いないのよ」

 へ? あたしが、スタイルが良くって、可愛い?
 まっさかぁ。こんなのお世辞に決まってる。

「えっと。あたし、その……そこまで可愛いくないと思いますけど……」
「そんな事ないわよ。結菜が目を付けたくらいだし」
「結菜が、目を付けた?」

 ……そういえば。確かにあたし、ハル君に助けられたと思うし、あれって結構アオハルだったかもって思ってる。
 でも、それを理由に結菜達が、あたしに友達になろうって誘ってきたのはちょっと違和感があったんだよね……っていう事は……。

「結菜。もしかして、あたしと友達になろうとしたの、最初っからこれが目的!?」

 お母さんの求めるモデル候補。それに合致したから声をかけられたって考えると、妙に辻褄が合うよね。
 まさかと思いつつ結菜を見ると、彼女はてへっと笑う。

「ごめんね。それも理由の一つかな」
「嘘……」
「ほんと。でも、それだけじゃないよ? 美桜ちゃんのアオハルを応援したいって気持ちもちゃんとあったもん。じゃなかったら、最初っからモデルとして誘うし」

 あたしが愕然としたのを見たせいか。何時になく真剣な顔をする結菜。

「美桜。結菜も、私達も。ちゃんと美桜の恋、応援してる」
「当たり前っしょ! それに結菜だって、ちゃーんと美桜っちの事考えてんだかんね。元々服の話だってー、困ってなかったらー無理強いはしないようにしよーねーって、三人で話してたし」

 釣られて彼女を擁護した結菜や宇多ちゃん。二人もやっぱり、結菜と同じ顔をしてる。

 ……正直、結菜が嘘を()く事もできるんじゃって思う。
 例えば、モデル目当てのために、友達から始めて外堀から固めるとか。今がそんな状況に近いし。
 でも、あたしの事も考えてくれてなかったら、妙花があたしのために占ってくれるよう、促してくれたりしなかったかも……。

「小杉さん。娘の行動が、あなたに不安を与えたのなら謝るわ。でも、小杉さんには拒否権もあるの。だから、条件を聞いてからどうするか決めるのも、そもそも聞かずに断るのもあなた次第よ。勿論、私も娘も無理強いはしないわ」

 悩むあたしに、そう言葉を掛けてきた雪乃さん。
 その表情は、テレビのドキュメンタリーで見た、仕事中の真面目なYUKINOさんそのもの。
 娘が疑われた事も受け入れながら多分、それだけ真剣に言葉にしてくれたんだと思う。あたしがそう勝手に感じただけだけど。

「……じゃあ、まずは話だけ、聞かせてもらえませんか?」
「ええ。わかったわ」

 あたしがおずおずとそうお願いすると、雪乃さんはさっきまでの笑顔を見せ、さらさらと条件を話し始めた。

「モデルについてはさっき言った通り。写真は撮らせてもらうけれど、外部に出すような事はしないわ。モデルになってもらうタイミングは、こちらにアイデアが浮かんだタイミングだから不定期。だけれど、ちゃんと小杉さんとスケジュールを調整して、日取りを決めるから安心して。それから、モデルになってもらった際に仕立てた衣装は、無償であなたにプレゼントするわ。勿論時間を拘束するのだから、バイト代もちゃんと出す。これでどう?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

 え? え?
 服がタダで貰えて、バイト代も出るってどおかしくない!?
 
「あ、あの! それは流石に貰い過ぎです! 雪乃さんの服っていうだけで十分価値がありますから! バイト代なんて──」
「小杉さん。これはね、ビジネスなの」

 困惑するあたしに、ピシャリとそう言い切った雪乃さんが、また真剣な顔になる。

「試作する服は、あなたに合わせて作った物。言ってしまえば私の趣味の範囲なの。あなたが服に価値を感じてくれるのは嬉しいけれど、私にとってはブランドを背負い、誰でも着られる商品になってもいないし、ショーで披露するような代物でもないのよ。そして、趣味で作った物では、モデルになってもらう報酬にならない。だからこそ、ちゃんと別にお金を払うの。これは、ビジネスとして自然な事よ」

 毅然とした態度で、はっきりと言い切る雪乃さん。
 これが、プロのファッションデザイナー……。
 予想以上の真剣さに圧倒されていると、結菜が彼女を見て呆れた顔をした。

「ママー。美桜ちゃんは私と同じ高校一年なんだから。そんな仕事モードで話をして困らせないの!」
「……あ。そ、そうだったわね。小杉さん、ごめんなさいね。ちょっと熱くなっちゃった」
「あ、いえ……」

 娘の言葉に、雪乃さんがコロッと態度を変え、苦笑いしながら平謝りしてくる。
 お陰で拍子抜けしちゃったけど。もしかしてこの人、娘に頭が上がらないタイプなのかな?

「で。私からの条件はこれくらいだけど。小杉さん、どうする?」

 っと。そうだ。今はそんな事を考えてる場合じゃないよね。
 そう思いながらも、あたしはすぐに返事を返せなかった。

 どんな形であれ、あのYUKINOさんの服が着られるっていうのは魅力的過ぎる。
 しかもオーダーメイドみたいなものだから、あたしに合った服になると思うし、こんな申し出、一生に一度あるかないかでしょ。

 でも、バイト代が出るのもそうだけど、やっぱりあたしからしたら、YUKINOさんがデザインした服ってすっごく高いイメージなわけで。
 結菜のお母さんとはいえ、実は詐欺られたりするんじゃとか、何かあったらどうしようって不安は、簡単には拭えない。

「美桜っちー。大丈夫だってー。あーしや(たゆ)っちも、雪乃さんのモデルしてるしさー」
「うん。大丈夫」

 え? 二人もそうなんだ?
 あ、でも二人共、以前から結菜の友達だし、そういうのもあるのかもだけど。
 宇多ちゃんと妙花。既に同じ経験をしている二人がいるのは心強いけど……うーん……どうしよう……。