「はぁ……」
授業中。
あたしはあの日から何度目かわからないため息を漏らしながら、教科書から目を逸らし、窓の外をぼんやり眺めていた。
──ハル君と先輩達がカラオケをしてたのを目撃した、あの日から二日。
あたしはずっと、心にもやもやを抱えたまま過ごしてた。
朝はハル君と一緒に登校したけど、あの日の話なんて聞けなかった。
でも、そんなの当たり前じゃん。
もしハル君が先輩もどっちかが好きとか、それこそ実は付き合ってるんだー、なんて知ったら、立ち直れる気がしなかったし。
……あたしの恋がそこで終わっちゃうのは、やっぱり怖かったし。
ただ、やっぱりショックのせいで、普段通りってわけにいかなくって。
登校中の電車で、ハル君が「大丈夫か?」ってちょっと心配そうに声を掛けてくれたんだけど、そこは「ちょっと寝不足で」って理由でごまかした。
ハル君は理由を聞いてくる事なく「無理するなよ」なんて優しく言ってくれたし、バスでも空いてた席にあたしを座らせてくれたりして、すっごく気を遣ってくれた。
その優しさは心にじーんときたし、やっぱあたしはハル君が好きなんだなって実感したけど、だからこそ胸が痛くもなったの。
もし先輩達を好きだとしたら、あたしが邪魔になってないかって不安だったから。
昨日の帰りも流石にちょっと気まずくって、あたしは一人で買いたい物があるからって理由をつけて、ハル君と一緒に帰るのを避けた。
はぁ……。何でハル君と先輩達の関係に気づけなかったんだろ。
わかってたら、あの時誘ったりしなかったのに。
こういう時、ハル君がどんな気持ちなのか。妙花に占ってもらえないのがちょっと恨めしくなる。
でも、こればっかりは仕方ないよね。
みんなで決めたルールだし。そもそも妙花だって、占った結果が酷くて、あたしが目の前で落ち込んだら困るだろうし。
春らしい花々が咲く後継とは真逆の、落ち込んでる気持ち。
授業中なのも関係なしに、時折漏れるため息。
今日の帰りは結菜達に付き合わないといけないけど、正直テンションが上がらないなぁ。
ドタキャンしよっかな……でも、あたしの恋のために頑張ろうとしてくれてるみんなを、無碍になんてできないよね。
授業は上の空で、先生が黒板に書いている文字を写してはいるけど、正直言葉が入ってこない。
そして、放課後の事をどうしようかと悩みながら、あたしはまた周囲に気づかれないように、小さくため息を漏らした。
◆ ◇ ◆
で。放課後になったわけなんだけど。
今あたしは、ちょっとお高そうな車に乗せられ、高速道路を移動していた。
運転席には知らない人。
結菜の知り合いみたいなんだけど、なんか付き人みたいな雰囲気がある。
助手席には結菜が。後部座席には中央に座るあたしを挟んで、宇多ちゃんと妙花が座っている。
一旦学校から駅まで戻るバスの中で、今日は何処に行くのかって聞いたんだけど。
──「勿論! 着いてからのお楽しみだよ!」
なんて結菜に笑顔で言われておしまい。こうなっちゃうと本当にどこに連れて行かれるのか、全く見当がつかない。
この間、あたしの為って言ってくれてたし、こっちが服装の話で悩んで今があるって事は、きっとそれに関する事なのかもしれない。
でも、本気であたし、どうなっちゃうんだろ……。
困惑しながら車に揺られていると。
「そういや美桜っちってー。週末、ハル君を尾けたりするわけ?」
いつもの軽い感じじゃなく、どこか真剣な顔で宇多ちゃんがそう聞いてきた。
そっか。尾行すれば、確かにハル君と先輩達の関係がわかるかもしれない。でも……。
「……ううん。しない」
あたしはまた、三人のことを思い出しちゃって、少し浮かない顔で答える。
──「うっそー! つまんないのー」
宇多ちゃんの性格なら、きっとそう口にしして呆れてくる。
そう思ってたのに、彼女は大きなため息を漏らすと、
「そっかー。ま、もし万が一って事考えたらそうなるしー。今はその方がいいかもねー」
なんて、珍しく同意された。
「奏がそんな事言うの、何か珍しいね」
結菜がこっちに振り返りながら宇多ちゃんにそんな声をかけると、宇多ちゃんがふんっとそっぽを向く。
三人は結構友達付き合いが長いって聞いてたけど、それでこの言葉が出るってことは、きっと本当に珍しいんだよね。
「あのねー。あーしだってー、もし美桜っちと同じ状況になったら不安にだってなるしー。気持ちは超わかるかんね」
「まーねー。しかも幼馴染でお隣同士でしょ? あたしでも、どうしていいかもわからなくなりそう……」
宇多ちゃんの言葉に、納得して頷く結菜。
やっぱり、みんなも自信ありげに見えてあたしと同じなんだ。
こんな考えは自分ひとりじゃない。そう思えて、少しだけ心が軽くなる。
「美桜」
と。今日学校帰りからまったく無言だった妙花が、あたしをじっと見上げてきた。
無表情。だけど、何となく普段とは何か違う気がする。うまく言葉に出来ないけど。
「えっと、どうしたの?」
「約束だから、ハル君の気持ちは占えない」
え? 何で今それを言ったの?
あたしは思わず首を傾げた。
こっちも約束を忘れてなんていないし、だからこそそんなお願いもしてないんだけど。もしかして、あたしに気を遣ってくれたのかな?
表情からは、まったくわからないけどね……。
「あ、うん。わかってる。大丈夫だよ」
あたしは笑いながらそう返す。
うん。わざわざ妙花に気苦労かけてもいけないし──。
「でも、ハル君を信じて」
「え?」
信じて?
あたしは妙花の顔を見ながら、思わず動きを止めた。
占えない。って事は、きっとあたしの事を占ってはいないよね?
ってことは、彼女の直感? それとも、実はこっそり占ってくれた?
少しの間、困惑して何も言えなかったけど、ふと心に浮かんだある気持ちに、私は自然と言葉を紡ぐ。
「……うん。そうする。ありがと」
笑いはしたけど、別に不安なのは変わらない。
ただ、妙花だけじゃない。結菜や宇多ちゃんだって、あたしのために頑張ってくれてるんだもん。だったら、せめて今はみんなに感謝して、あんまり心配かけないようにしなきゃ。
珍しく小さく微笑んだ妙花。
何となくそのレアな表情に心も明るくなって、あたしも自然と微笑み返した。
◆ ◇ ◆
あれからすぐ高速を降りて、山沿いの道を進んだ車がある場所で止まった。
周囲は日も傾いてきて、近くの森もちょっと薄暗くなってるんだけど。
車を降りたあたしの目を奪ったのは、そんな所に存在するには違和感のある、真っ白で直線的な壁で構成された、どこかデザイナーズ感のある大きな建物だった。
っていうか、ここはどこなんだろ?
「結菜。ここって……」
「うん。ママのアトリエ」
「アトリエ?」
アトリエって、仕事場だよね?
こんな所で? 芸術家とかそんな感じなのかな?
頭にそんな疑問が浮かぶ中。
「じゃ、みんな。中に入ろ」
なんて笑顔で言いながら、門を開けて玄関に向かい入っていく。
まあ、付いていくしかないよね?
宇多ちゃんや妙花が慣れた感じでその後に続いていくのを見ながら、あたしは緊張を解すために深呼吸すると、その後に続いて歩いていった。
◆ ◇ ◆
海外の建物を意識しているのかな。
玄関の入り口は二メートルくらいの高さだったから、あたしが屈まなくても建物に入れたのはちょっと嬉しかった。
電車のドアとか教室の引き戸なんかはやっぱり小さくって、どうしても少し屈まないとくぐれないし。
ドアを開いた先にあったのは、白壁の広い廊下。
左右と奥に幾つかの扉。途中の壁には、何かすごい美人やイケメンの外国人モデルっぽい人の写真が飾られてる。
なんか、すごくお金がかかってるように見えるけど。実は結菜って、お金持ちのお嬢様か何か?
今までお互いの家の話って、妙花が占い師の家系って以外、話をした事なかったんだよね。
前を歩く妙花と宇多ちゃんは、キョロキョロするあたしと違って落ち着いてる。
ってことは、ここによく来てるって事かな?
でも、結菜のお母さんの仕事場なんだよね? そんなに来る機会ってあるのかな?
色々と考えながら歩いていると、結菜が奥のドアの前に立って、そのままノックをする。
「はい。どなた?」
「ママ。結菜だけど」
「ああ。待ってたわー。早く入ってもらって!」
あれ?
ドア越しに聞こえる、明るい女性の声。どこかで聞き覚えがあるような……。
あたしが首を傾げている間に、結菜が部屋のドアを開けると、そこに待っていたのは、スタイリッシュな赤のジャケットとタイトスカートに身を包んだ、百七十センチはある結菜に似た綺麗な女性──って、嘘っ!? この人って!?
授業中。
あたしはあの日から何度目かわからないため息を漏らしながら、教科書から目を逸らし、窓の外をぼんやり眺めていた。
──ハル君と先輩達がカラオケをしてたのを目撃した、あの日から二日。
あたしはずっと、心にもやもやを抱えたまま過ごしてた。
朝はハル君と一緒に登校したけど、あの日の話なんて聞けなかった。
でも、そんなの当たり前じゃん。
もしハル君が先輩もどっちかが好きとか、それこそ実は付き合ってるんだー、なんて知ったら、立ち直れる気がしなかったし。
……あたしの恋がそこで終わっちゃうのは、やっぱり怖かったし。
ただ、やっぱりショックのせいで、普段通りってわけにいかなくって。
登校中の電車で、ハル君が「大丈夫か?」ってちょっと心配そうに声を掛けてくれたんだけど、そこは「ちょっと寝不足で」って理由でごまかした。
ハル君は理由を聞いてくる事なく「無理するなよ」なんて優しく言ってくれたし、バスでも空いてた席にあたしを座らせてくれたりして、すっごく気を遣ってくれた。
その優しさは心にじーんときたし、やっぱあたしはハル君が好きなんだなって実感したけど、だからこそ胸が痛くもなったの。
もし先輩達を好きだとしたら、あたしが邪魔になってないかって不安だったから。
昨日の帰りも流石にちょっと気まずくって、あたしは一人で買いたい物があるからって理由をつけて、ハル君と一緒に帰るのを避けた。
はぁ……。何でハル君と先輩達の関係に気づけなかったんだろ。
わかってたら、あの時誘ったりしなかったのに。
こういう時、ハル君がどんな気持ちなのか。妙花に占ってもらえないのがちょっと恨めしくなる。
でも、こればっかりは仕方ないよね。
みんなで決めたルールだし。そもそも妙花だって、占った結果が酷くて、あたしが目の前で落ち込んだら困るだろうし。
春らしい花々が咲く後継とは真逆の、落ち込んでる気持ち。
授業中なのも関係なしに、時折漏れるため息。
今日の帰りは結菜達に付き合わないといけないけど、正直テンションが上がらないなぁ。
ドタキャンしよっかな……でも、あたしの恋のために頑張ろうとしてくれてるみんなを、無碍になんてできないよね。
授業は上の空で、先生が黒板に書いている文字を写してはいるけど、正直言葉が入ってこない。
そして、放課後の事をどうしようかと悩みながら、あたしはまた周囲に気づかれないように、小さくため息を漏らした。
◆ ◇ ◆
で。放課後になったわけなんだけど。
今あたしは、ちょっとお高そうな車に乗せられ、高速道路を移動していた。
運転席には知らない人。
結菜の知り合いみたいなんだけど、なんか付き人みたいな雰囲気がある。
助手席には結菜が。後部座席には中央に座るあたしを挟んで、宇多ちゃんと妙花が座っている。
一旦学校から駅まで戻るバスの中で、今日は何処に行くのかって聞いたんだけど。
──「勿論! 着いてからのお楽しみだよ!」
なんて結菜に笑顔で言われておしまい。こうなっちゃうと本当にどこに連れて行かれるのか、全く見当がつかない。
この間、あたしの為って言ってくれてたし、こっちが服装の話で悩んで今があるって事は、きっとそれに関する事なのかもしれない。
でも、本気であたし、どうなっちゃうんだろ……。
困惑しながら車に揺られていると。
「そういや美桜っちってー。週末、ハル君を尾けたりするわけ?」
いつもの軽い感じじゃなく、どこか真剣な顔で宇多ちゃんがそう聞いてきた。
そっか。尾行すれば、確かにハル君と先輩達の関係がわかるかもしれない。でも……。
「……ううん。しない」
あたしはまた、三人のことを思い出しちゃって、少し浮かない顔で答える。
──「うっそー! つまんないのー」
宇多ちゃんの性格なら、きっとそう口にしして呆れてくる。
そう思ってたのに、彼女は大きなため息を漏らすと、
「そっかー。ま、もし万が一って事考えたらそうなるしー。今はその方がいいかもねー」
なんて、珍しく同意された。
「奏がそんな事言うの、何か珍しいね」
結菜がこっちに振り返りながら宇多ちゃんにそんな声をかけると、宇多ちゃんがふんっとそっぽを向く。
三人は結構友達付き合いが長いって聞いてたけど、それでこの言葉が出るってことは、きっと本当に珍しいんだよね。
「あのねー。あーしだってー、もし美桜っちと同じ状況になったら不安にだってなるしー。気持ちは超わかるかんね」
「まーねー。しかも幼馴染でお隣同士でしょ? あたしでも、どうしていいかもわからなくなりそう……」
宇多ちゃんの言葉に、納得して頷く結菜。
やっぱり、みんなも自信ありげに見えてあたしと同じなんだ。
こんな考えは自分ひとりじゃない。そう思えて、少しだけ心が軽くなる。
「美桜」
と。今日学校帰りからまったく無言だった妙花が、あたしをじっと見上げてきた。
無表情。だけど、何となく普段とは何か違う気がする。うまく言葉に出来ないけど。
「えっと、どうしたの?」
「約束だから、ハル君の気持ちは占えない」
え? 何で今それを言ったの?
あたしは思わず首を傾げた。
こっちも約束を忘れてなんていないし、だからこそそんなお願いもしてないんだけど。もしかして、あたしに気を遣ってくれたのかな?
表情からは、まったくわからないけどね……。
「あ、うん。わかってる。大丈夫だよ」
あたしは笑いながらそう返す。
うん。わざわざ妙花に気苦労かけてもいけないし──。
「でも、ハル君を信じて」
「え?」
信じて?
あたしは妙花の顔を見ながら、思わず動きを止めた。
占えない。って事は、きっとあたしの事を占ってはいないよね?
ってことは、彼女の直感? それとも、実はこっそり占ってくれた?
少しの間、困惑して何も言えなかったけど、ふと心に浮かんだある気持ちに、私は自然と言葉を紡ぐ。
「……うん。そうする。ありがと」
笑いはしたけど、別に不安なのは変わらない。
ただ、妙花だけじゃない。結菜や宇多ちゃんだって、あたしのために頑張ってくれてるんだもん。だったら、せめて今はみんなに感謝して、あんまり心配かけないようにしなきゃ。
珍しく小さく微笑んだ妙花。
何となくそのレアな表情に心も明るくなって、あたしも自然と微笑み返した。
◆ ◇ ◆
あれからすぐ高速を降りて、山沿いの道を進んだ車がある場所で止まった。
周囲は日も傾いてきて、近くの森もちょっと薄暗くなってるんだけど。
車を降りたあたしの目を奪ったのは、そんな所に存在するには違和感のある、真っ白で直線的な壁で構成された、どこかデザイナーズ感のある大きな建物だった。
っていうか、ここはどこなんだろ?
「結菜。ここって……」
「うん。ママのアトリエ」
「アトリエ?」
アトリエって、仕事場だよね?
こんな所で? 芸術家とかそんな感じなのかな?
頭にそんな疑問が浮かぶ中。
「じゃ、みんな。中に入ろ」
なんて笑顔で言いながら、門を開けて玄関に向かい入っていく。
まあ、付いていくしかないよね?
宇多ちゃんや妙花が慣れた感じでその後に続いていくのを見ながら、あたしは緊張を解すために深呼吸すると、その後に続いて歩いていった。
◆ ◇ ◆
海外の建物を意識しているのかな。
玄関の入り口は二メートルくらいの高さだったから、あたしが屈まなくても建物に入れたのはちょっと嬉しかった。
電車のドアとか教室の引き戸なんかはやっぱり小さくって、どうしても少し屈まないとくぐれないし。
ドアを開いた先にあったのは、白壁の広い廊下。
左右と奥に幾つかの扉。途中の壁には、何かすごい美人やイケメンの外国人モデルっぽい人の写真が飾られてる。
なんか、すごくお金がかかってるように見えるけど。実は結菜って、お金持ちのお嬢様か何か?
今までお互いの家の話って、妙花が占い師の家系って以外、話をした事なかったんだよね。
前を歩く妙花と宇多ちゃんは、キョロキョロするあたしと違って落ち着いてる。
ってことは、ここによく来てるって事かな?
でも、結菜のお母さんの仕事場なんだよね? そんなに来る機会ってあるのかな?
色々と考えながら歩いていると、結菜が奥のドアの前に立って、そのままノックをする。
「はい。どなた?」
「ママ。結菜だけど」
「ああ。待ってたわー。早く入ってもらって!」
あれ?
ドア越しに聞こえる、明るい女性の声。どこかで聞き覚えがあるような……。
あたしが首を傾げている間に、結菜が部屋のドアを開けると、そこに待っていたのは、スタイリッシュな赤のジャケットとタイトスカートに身を包んだ、百七十センチはある結菜に似た綺麗な女性──って、嘘っ!? この人って!?