「あの、先輩達に聞きたい事があるんですが……」

 俺がおずおずとそう切り出すと、二人がこっちを見た。

「どーしたの? あ。もしかしてー、あたし達の連絡先、知りたかったりする?」
「え? あ、えっと、そういうわけじゃないんですけど……」
「こら、雨音。そうやってからかってばかりいたら、彼が話できないでしょ?」
「えへへっ。ごめんごめーん。で、どうしたの?」

 西原先輩に釘を刺され、苦笑した東野先輩。
 何となく彼女らしい感じがする……って、そんな事はどうでもいい。
 まずはちゃんと話をしないと。
 こっちの話を聞いて馬鹿にされたりしないかちょっと不安になりながらも、俺は本題を話し始めた。

「あの……お二人は、服をオーダーメイドできるお店とか知りませんか?」
「オーダーメイドのお店?」
「はい」

 西原先輩の復唱に頷くと、彼女は俺を見ながら「ああ……」と納得の声を漏らす。
 それでも理由までは口にしなかったんだけど、東野先輩はそうもいかなかった。

「あー。やっぱちっちゃいと、そういうの苦労しそうだよねー」
「こら! 雨音。この間の事忘れたの!?」
「やっばっ! ハル君。ほんとごめん!」

 西原先輩の今日一番の剣幕に、流石の東野先輩もバツの悪そうな顔をすると、ばっと金髪を振り乱し頭を下げる。

「本当にごめんなさい。この子も悪気はないんだけど、すぐ本音が漏れちゃうのよ」

 腕を組みながら呆れていた西原先輩も一緒に頭を下げてくれたのは、やっぱりあの日の事をちゃんと気遣ってくれたからだよな。
 まあでも、切り出そうとした話の都合上、触れないなんて土台無理な話。

「あの、気にしないでください。俺がこんな相談をしたんですから。そういう理由なのも事実なんで」

 不安にさせないよう笑顔でそう伝えると、二人は顔を見合わせた後、感心した笑顔を見せる。

「ほーんと。ハル君ってー、人が良すぎじゃなーい?」
「ほんとよねー」
「そ、そんな。別に大した事ないですよ」
「その大した事ができない男子は沢山いるわ。ね? 雨音?」
「うんうん!」

 急に褒められると、なんかくすぐったいな……。
 俺は思わず、照れ隠し代わりに頭を掻く。

「それより雫ー。本題に行こ?」
「あ、そうね。でも、オーダーメイドって言っても、男子向けって全然聞かないわよね」
「だよねー。女子向けなら何軒か知ってるけどー」

 うーんと頭を捻る二人。
 何となくファッションにこだわりがありそうだし、絶対にモテそうな二人だからこそ、こういう事を知らないかと思ったけど。やっぱりそんなに甘くないか。
 こうなったら、やっぱり足で稼ぐしかないか……。

 思わず肩を落とすと、東野先輩がぽんっと俺の頭に手をやり、頭を撫でてくる。

「こーらー。ハル君。そんな顔しないのー。力になれるかわからないけど、お姉さん達が協力してもいいよ?」
「え?」

 協力?

「雨音。どういう事?」
「耳を貸して。えっとね……」

 顔を上げた俺と同じく要領を得ない顔をした西原先輩に顔を寄せ、耳打ちする東野先輩。何を話しているかは聞こえないけど、途中から西原先輩がふむふむと頷き、次第に納得した顔になる。

「ね? どうかな?」
「確かにうまくいけば、ハル君の力になれるかもしれないね」
「でしょでしょ?」

 俺の力になれる?
 うまくいけばって……まさか、二人が手作りでもするんだろうか?
 いや、でも先輩達だって部活があるんだし、そんな余裕ないはず。ってことは、洋裁ができる人の当てでもあるのか?
 未だにピンとこない俺を見て、二人がにこっと……いや。にんまりとした顔をする。

 な、何だ? この悪巧みをしているかのような顔は……。
 思わず後ずさる俺に、二人が意味深な笑顔を崩さず話し出す。

「ね? この後あたし達に付き合ってくれたらー、ハル君の為に一肌脱いでもいいけどー。どうする?」

 独特の誘い文句……っていうか、どういうことだ?

「えっと、その。付き合うって……」
「あー。別にー、美桜ちゃんからハル君を奪うよーって意味じゃ──」
「そ、それはわかってます!」

 慌ててそう告げると、

「へー。ハル君って、やっぱり美桜ちゃんとそういう関係なのね」

 西原先輩がしてやったりと言わんばかりの顔をする。
 っていうか。ああ答えたら、そう捉えるに決まってるないか!

「ちちち、違うんです! ほ、本当に俺と美桜は、ただの幼馴染で……」

 やらかした……。
 顔を真っ赤にして否定するけど、これじゃ俺が好きだってのがバレバレだろって……。
 東野先輩と西原先輩がくすくす笑う姿を見ながら、俺は羞恥心と失態をただ受け入れる事しかできなかった。

      ◆   ◇   ◆

 で、あの後。

  ──「折角協力するんだしー。あたし達も、そのお返しして欲しいんだよねー」
  ──「だから、この後少し時間を貰えない?」

 という問いかけに、素直に頷き彼女達に付いて行ったわけなんだけど──。

「私のー、このピュアなハートにー、君の言葉は刺激的♪」

 今俺は、カラオケボックスの部屋で、東野先輩がノリノリで歌っているのを、西原先輩とタンバリンを振りながら盛り上げ役をやっている。

 実は今日の放課後、二人はカラオケに行こうとしていたみたいで、どうせだったら一緒にって事でこうなったんだ。
 勿論お金は払うって言ったんだけど、

  ──「まだうまくいくかはわかんないしー。今回はハル君の歌声でチャラでいいよ!」
  ──「そうね。うまくいったら、その時は何かご馳走になるかもしれないけど。きっと服代だって、馬鹿にならないわよ」

 先輩達は、そんな優しい気遣いをしてくれたんだ。

 ちなみに、先に歌い終えた西原先輩も今歌ってる東野先輩も、はっきり言って歌がめちゃくちゃ上手い。
 天は二物を与えず、なんて言葉、この二人には無関係と言わんばかり。
 正直それが、ちょっと羨ましくもある。

「いつかー、あなたに届きますようにー♪」

 東野先輩が最後のフレーズまで綺麗に歌い上げたの見て、俺は素直にタンバリンを叩き拍手した。

「いえーい! どうだった?」
「西原先輩に劣らず、めちゃくちゃ上手かったですよ」
「ほんと? やった! 男子に褒められるとやっぱアガるよねー。ね? 雫?」
「そうね。ハル君って凄く褒め上手よね」
「そんな事ないですよ。先輩達の歌声が素晴らしかったから、素直に感心してるだけです」
「もー。そういう所が褒め上手なんじゃーん! ほんと、ハル君を連れて来て良かったー」

 マイクをテーブルに置き、ソファーに腰を下ろした東野先輩が、スッキリした顔でコップのストローに口をつけ飲み物を飲み始める。
 
「さて。次はハル君の番ね」
「あ、すいません。すぐ選びますね」

 そういや盛り上げに夢中になってて、曲を選ぶのをすっかり忘れてた。
 
 西原先輩に促され、曲選択用のタブレットを手にした俺は、少し考え込む。
 あんまり下手な歌は歌えないし、二人が引くような曲も歌えないよなぁ。だとすれば……。

「ねえねえ。どうせだしー、美桜ちゃんに想いを伝える歌、歌ってみてよー」

 俺が選曲に頭を悩ませていると、東野先輩が楽しげにそう提案してくる。
 ちょっ!? 先輩は他人事だから軽く言うけど……。

「さ、流石に、それはちょっと……」
「えーっ!? いいじゃーん。大体人前で歌えなかったら、本人の前でなんて歌えないっしょ?」
「確かにそうね。いつどんな時に彼女とカラオケに行くかもわからないし。人前で慣れておくっていうのも、案外大事よ」

 驚いた東野先輩の一言も、西原先輩の助言も確かに納得はいくもの。
 だけど、俺だって歌が上手いわけじゃないし、気恥ずかしさだってある。
 うーん……まあ、女子の前で歌う機会すら中々ないのは確か。であれば、同じじゃないとはいえ、緊張感がある中で歌える方がいいか。

「……わかりました」

 あいつの前で歌うとしたらこれ。
 俺がそう決めて選んだ曲。それは、『マスチル』こと、マスターチルドレンの『キミの背中』。

 スマホでもよく聴いている、聞き慣れたイントロの間に大きく深呼吸をすると、家で鼻歌を歌うのとは違う緊張感の中立ち上がり、そのまま歌い始めた。
 この曲は落ち着いたバラードなんだけど、曲調以上にその歌詞が自分の中に刺さる。

 何かと一緒にいる、女友達に恋心を抱く男子。
 だけど、学校で人気の彼女と違い、自分に自信もない彼は、眩し過ぎる彼女に想いを伝えられない。

 伝えたくても伝えられない、焦ったい想いを伝えてくる歌詞。
 それが、身長差で鬱々としている自分にどこか重なって、ちょっと感情移入しながら熱唱する。

「本当はー君の背中に手ーを伸ーばしー。抱きしめてーみたーいけどー。君が眩しー過ぎーるからー、今はたた見ー守るこーと。それしかー、できーないー」

 この歌が美桜に刺さるかはわからない。
 けど、これを聴いた時に何かを感じてくれたら。そんな想いで歌を歌い切った。

「ふぅーっ」

 大きく息を()いた後、はっとあることに気づく。
 だって、先輩たちからまったく声が上がらなかったんだから。

 いくら二人からのリクエストとはいえ、空気読めずに熱唱したのがいけなかったか?
 どう反応すればよいかわからないまま、俺は二人を見ずにソファーに腰を下ろすと。

「すごっ! ハル君、めっちゃ歌上手いじゃーん!」

 と、横で目を丸くしながらそんな声を掛けてくれたのは東野先輩だった。

「確かに抑揚の付け方やサビの高音域の声量とか、本当に素晴らしかったわね」

 西原先輩もまた、素直にそう褒めてくれたけど。正直俺自身、そこまでわからないんだよな……。

「ほ、ほんとですか?」
「あたし達が嘘()いたって仕方ないじゃーん」
「そうよ。これなら美桜ちゃんも、絶対グッとくるわよ」
「うんうん! 雫の言う通り!」

 意見の一致した二人が笑顔でそう言ってくれて、俺はちょっとほっとする。
 こうやって他人の、しかも女子の評価を聞ける機会って滅多にないから、本当に貴重だよな。

 でも、二人のお陰でちょっと自信もついたし、もし美桜とカラオケに行く機会があったら、ここぞって時に歌ってみるか。
 俺はそんな事を考えながら、テーブルの下で拳を握って控えめに嬉しさを表現したんだ。