「ハル君」
「ん?」
ハル君に声をかけると、彼がこっちを見上げてくる。
あたしの緊張が伝わっちゃってるのか、少し真顔で。
そんな顔されると、余計に緊張しちゃうんですけど……。
で、でも、もう引けないし。
こうなったら、やるしかないもんね。
「え、えっと。ハル君って、その……ゴールデンウィークって、何か予定ある?」
「ゴールデンウィーク?」
「う、うん……」
こっちの真剣な問いかけに、ハル君がきょとんとすると、首を傾げる。
何でそんな事を聞かれたんだ? って空気がプンプンするけど、大丈夫かな……。
「一応、家族で旅行に行く予定になってる」
「え? ゴールデンウィークに?」
嘘!?
思わず目を丸くしたあたしに、彼は現実を突きつけるかのように小さく頷く。
「そりゃあ、連休だし。親だってそういう時だからこそ、予定を立てるもんだろ」
「まあ、確かに……」
なんて、表向きは納得して見せたけど、内心すごくがっかりしてた。
確かに納得いく理由。だけどここ数年、この時期にハル君一家が旅行に行った事なんてなかったじゃん。
折角勇気を出して、スケジュールを聞いてみたのに……。
思わずハル君の両親を恨みそうになるけど、流石にそれは自分勝手。
はぁ……。
今日はもう駄目かな。色々タイミングが悪いし。
「とは言っても、旅行は三日から五日の予定だから、六日だったら空いてるけど」
「そっかー。そうだよねー。予定あるんじゃ仕方ないもんねー」
「ん? だから、六日なら空いてるけど。数日空いてないと駄目なのか?」
「そんな事はないけどさー。ハル君も予定入ってるんだし──」
──あれ?
今ハル君、予定空いてるって言った?
思わず彼を見下ろすと、ジト目でこっちを見てる。
「そうか。ま、お前がいいってなら、この話はなし──」
「ありますあります! ありますから!」
そっぽを向こうとしたハル君を必死に引き留めると、がしがしと頭を掻いた彼がちょっとだけ苦笑いした後、真面目な顔でこっちを向いてくれた。
「で。どんな用事だよ?」
あたしの事を気にかけてくれてる、彼の凛とした表情。その格好良さに見惚れそうになるけど、今はそれどころじゃない。
「あ、うん。えっと……その日なんだけど。その……一緒に……お昼でも、食べない?」
「……は? お昼? お前の家でか?」
「違う違う! その……どこか、外で……」
勇気を出してみたけど、緊張で歯切れが悪いあたし。
ハル君はそんな答えを聞いて、ちょっと不思議そうな顔をして首を傾げる。
「理由は?」
「……その、前に先輩達の件で助けてもらったのが、ずーっと引っかかってて。だから、せめてお礼に、あたしがご飯でも奢ってあげたいなぁって……」
あたしの心底真面目な理由に、ハル君はじーっとこっちを見たまま。
こんな理由じゃ気を遣って断られるって思ってたし、だからこそ何とか説得しなきゃって意気込んでたから、予想外の張り詰めた空気と沈黙に、余計緊張が大きくなる。
……あー。やっぱ無理!
視線を逸らす口実にペットボトルを口に運んだあたしは、一気に中のジュースを飲み干す。
でも、それでも顔の火照りは冷めなくって、結局目を泳がせたまま顔を逸らした。
「あ、あー。えっと、ついでに買い物に行って、荷物持ちしてくれたら嬉しいかなーとか。そんな事は思ってないよ?」
空気を変えたくって、そんな冗談で真面目じゃないってアピールをしちゃったけど……こんな事言われて、ハル君は嫌な気持ちになったらどうすんの!?
ヤバッと思いつつ、ちらちらと横目で様子を伺っていると、彼はまたくすっと笑い、あたしから顔を背けた。それがどこか小馬鹿にされたようにも見えて、あたしはちょっとだけムッとする。
「な、何よー?」
「いや。いいぜ。お前が構わないなら」
「……え?」
嘘!? 本当に!?
突然の言葉に、喜びより驚きが勝っちゃって、ちょっと実感が湧かない。
「おい。何でそっちが驚くんだよ?」
「だ、だってー。ハル君、前日まで旅行なんでしょ? 帰って来て疲れてない?」
「ただの旅行みたいだし。別に大丈夫だろ」
「でも、荷物持ちだよ?」
「は? そっちが本題かよ。ま、いいけど。どうせ暇だし」
やっぱりこっちを見てくれないハル君。
声は普通だし、嫌そうって感じはしないけど……。
「えっと、本当に? ほんとーに、大丈夫?」
「ったく……。だからいいって言ってるだろ。断られたかったのかよ?」
ゔ……しまった。
あたしがはっきりしないから、ハル君が呆れてるじゃん。
「ご、ごめん! そんな事ないから! じゃ、じゃあ、五月六日、空けておいてくれる?」
「ああ。わかった」
缶コーヒーを勢いよく飲み干したハル君が、立ち上がるとリュックを背負い、こっちを見下ろしてくる。
あたしの大好きな笑顔を咲かせて。
「さて。あまり遅くなるといけないな。そろそろ帰るか」
「そうだね。ジュース、ご馳走様」
「ああ」
外灯に照らされるハル君も、やっぱり格好良いな。身長が低いのなんて関係なく。
本当はこのまま彼をもっと見てたかったけど、これ以上不審な態度をとったら、また怪訝な顔されちゃうもんね。
鞄を手にして、ひょいっと立ち上がったあたしを見たハル君が、ゆっくりと歩き出す。
道に出るまでにある、所々の暗がり。普段だとちょっと薄気味悪いとか思っちゃうけど、今はそんな事なんて全然ない。
だって、今あたしの心には、じわーっと喜びが広がっていってるから。
……デートの約束、取り付けられたんだよね。
勿論、ハル君がこれをデートなんて考えてないのくらい、流石にわかってる。
あたしが気落ちしたのを見て、元気付けるために付き合ってくれてるんだってわかってる。
それでも、あたしは嬉しい。
自分の力で、やっと恋に前向きになるきっかけを作れたから。
まあ、半分は結菜達のお陰でもあるけど。
でも、登下校とかご近所付き合いとは違う、ハル君と二人っきりの時間なんて久々だよね。
多分、初詣を除けば、中学一年生の二学期くらいが最後じゃなかったっけ。
あの頃は頑張ってハル君の気を引こうって、随分ファッションにも気合い入れてたけど、最近はこの身長のせいで全然だもんなぁ……って、あれ? そういえば……。
「あーっ!」
「おわっ!? な、何だよ!?」
「ご、ごめん! ちょっと虫が飛んできて。あはははっ」
あたしの奇声に驚いた彼に、思わず苦笑いしながら必死にそうごまかす。
うわぁ……。まだまだ問題山積みじゃん。どうしよう……。
歩きながら、ある現実に気づいたあたしは、思わず内心頭を抱えながらも、家に着くまでの間、何とか平然を装ったの。
「ん?」
ハル君に声をかけると、彼がこっちを見上げてくる。
あたしの緊張が伝わっちゃってるのか、少し真顔で。
そんな顔されると、余計に緊張しちゃうんですけど……。
で、でも、もう引けないし。
こうなったら、やるしかないもんね。
「え、えっと。ハル君って、その……ゴールデンウィークって、何か予定ある?」
「ゴールデンウィーク?」
「う、うん……」
こっちの真剣な問いかけに、ハル君がきょとんとすると、首を傾げる。
何でそんな事を聞かれたんだ? って空気がプンプンするけど、大丈夫かな……。
「一応、家族で旅行に行く予定になってる」
「え? ゴールデンウィークに?」
嘘!?
思わず目を丸くしたあたしに、彼は現実を突きつけるかのように小さく頷く。
「そりゃあ、連休だし。親だってそういう時だからこそ、予定を立てるもんだろ」
「まあ、確かに……」
なんて、表向きは納得して見せたけど、内心すごくがっかりしてた。
確かに納得いく理由。だけどここ数年、この時期にハル君一家が旅行に行った事なんてなかったじゃん。
折角勇気を出して、スケジュールを聞いてみたのに……。
思わずハル君の両親を恨みそうになるけど、流石にそれは自分勝手。
はぁ……。
今日はもう駄目かな。色々タイミングが悪いし。
「とは言っても、旅行は三日から五日の予定だから、六日だったら空いてるけど」
「そっかー。そうだよねー。予定あるんじゃ仕方ないもんねー」
「ん? だから、六日なら空いてるけど。数日空いてないと駄目なのか?」
「そんな事はないけどさー。ハル君も予定入ってるんだし──」
──あれ?
今ハル君、予定空いてるって言った?
思わず彼を見下ろすと、ジト目でこっちを見てる。
「そうか。ま、お前がいいってなら、この話はなし──」
「ありますあります! ありますから!」
そっぽを向こうとしたハル君を必死に引き留めると、がしがしと頭を掻いた彼がちょっとだけ苦笑いした後、真面目な顔でこっちを向いてくれた。
「で。どんな用事だよ?」
あたしの事を気にかけてくれてる、彼の凛とした表情。その格好良さに見惚れそうになるけど、今はそれどころじゃない。
「あ、うん。えっと……その日なんだけど。その……一緒に……お昼でも、食べない?」
「……は? お昼? お前の家でか?」
「違う違う! その……どこか、外で……」
勇気を出してみたけど、緊張で歯切れが悪いあたし。
ハル君はそんな答えを聞いて、ちょっと不思議そうな顔をして首を傾げる。
「理由は?」
「……その、前に先輩達の件で助けてもらったのが、ずーっと引っかかってて。だから、せめてお礼に、あたしがご飯でも奢ってあげたいなぁって……」
あたしの心底真面目な理由に、ハル君はじーっとこっちを見たまま。
こんな理由じゃ気を遣って断られるって思ってたし、だからこそ何とか説得しなきゃって意気込んでたから、予想外の張り詰めた空気と沈黙に、余計緊張が大きくなる。
……あー。やっぱ無理!
視線を逸らす口実にペットボトルを口に運んだあたしは、一気に中のジュースを飲み干す。
でも、それでも顔の火照りは冷めなくって、結局目を泳がせたまま顔を逸らした。
「あ、あー。えっと、ついでに買い物に行って、荷物持ちしてくれたら嬉しいかなーとか。そんな事は思ってないよ?」
空気を変えたくって、そんな冗談で真面目じゃないってアピールをしちゃったけど……こんな事言われて、ハル君は嫌な気持ちになったらどうすんの!?
ヤバッと思いつつ、ちらちらと横目で様子を伺っていると、彼はまたくすっと笑い、あたしから顔を背けた。それがどこか小馬鹿にされたようにも見えて、あたしはちょっとだけムッとする。
「な、何よー?」
「いや。いいぜ。お前が構わないなら」
「……え?」
嘘!? 本当に!?
突然の言葉に、喜びより驚きが勝っちゃって、ちょっと実感が湧かない。
「おい。何でそっちが驚くんだよ?」
「だ、だってー。ハル君、前日まで旅行なんでしょ? 帰って来て疲れてない?」
「ただの旅行みたいだし。別に大丈夫だろ」
「でも、荷物持ちだよ?」
「は? そっちが本題かよ。ま、いいけど。どうせ暇だし」
やっぱりこっちを見てくれないハル君。
声は普通だし、嫌そうって感じはしないけど……。
「えっと、本当に? ほんとーに、大丈夫?」
「ったく……。だからいいって言ってるだろ。断られたかったのかよ?」
ゔ……しまった。
あたしがはっきりしないから、ハル君が呆れてるじゃん。
「ご、ごめん! そんな事ないから! じゃ、じゃあ、五月六日、空けておいてくれる?」
「ああ。わかった」
缶コーヒーを勢いよく飲み干したハル君が、立ち上がるとリュックを背負い、こっちを見下ろしてくる。
あたしの大好きな笑顔を咲かせて。
「さて。あまり遅くなるといけないな。そろそろ帰るか」
「そうだね。ジュース、ご馳走様」
「ああ」
外灯に照らされるハル君も、やっぱり格好良いな。身長が低いのなんて関係なく。
本当はこのまま彼をもっと見てたかったけど、これ以上不審な態度をとったら、また怪訝な顔されちゃうもんね。
鞄を手にして、ひょいっと立ち上がったあたしを見たハル君が、ゆっくりと歩き出す。
道に出るまでにある、所々の暗がり。普段だとちょっと薄気味悪いとか思っちゃうけど、今はそんな事なんて全然ない。
だって、今あたしの心には、じわーっと喜びが広がっていってるから。
……デートの約束、取り付けられたんだよね。
勿論、ハル君がこれをデートなんて考えてないのくらい、流石にわかってる。
あたしが気落ちしたのを見て、元気付けるために付き合ってくれてるんだってわかってる。
それでも、あたしは嬉しい。
自分の力で、やっと恋に前向きになるきっかけを作れたから。
まあ、半分は結菜達のお陰でもあるけど。
でも、登下校とかご近所付き合いとは違う、ハル君と二人っきりの時間なんて久々だよね。
多分、初詣を除けば、中学一年生の二学期くらいが最後じゃなかったっけ。
あの頃は頑張ってハル君の気を引こうって、随分ファッションにも気合い入れてたけど、最近はこの身長のせいで全然だもんなぁ……って、あれ? そういえば……。
「あーっ!」
「おわっ!? な、何だよ!?」
「ご、ごめん! ちょっと虫が飛んできて。あはははっ」
あたしの奇声に驚いた彼に、思わず苦笑いしながら必死にそうごまかす。
うわぁ……。まだまだ問題山積みじゃん。どうしよう……。
歩きながら、ある現実に気づいたあたしは、思わず内心頭を抱えながらも、家に着くまでの間、何とか平然を装ったの。