買い物を済ませてスーパーを出た私達は、夜の商店街に戻ると家に向かい歩き始めた。
 あたし達の空気は、スーパーに入る前より悪くなった気がする。

「なんかごめんね。あたしが付いてったばっかりに……」
「別にいいって。気にすんなよ」
「う、うん……」

 落ち込むあたしに、優しい言葉を掛けてくれるハル君。
 でも、全然こっちを見てくれない彼の姿が、あたし達の距離感をはっきりと感じさせた。

 でも、仕方ないよね。
 あたし達は幼馴染なんだし、彼は辱めにあった被害者だもん。

 きっと、ハル君は勘違いしてる。
 あたしが恋人と勘違いさせて、迷惑をかけたと思ってる。

 ……でも、ごめんね。
 あたしは別な意味で、強く後悔してるだけ。 

 もうっ! あたしの馬鹿!
 突然の事だったし動揺したよ? でも、何であたしはあそこで全力で否定して、幼馴染を強調したのよ!
 少しは好きだって、匂わせるチャンスだったじゃん!

 妙花の占いの通り、本屋でハル君を見かけて凄くびっくりした。
 ここまで当たるの!? なんて思ったけど、お陰で手に入れた折角の機会。これを逃しちゃ駄目だって、勇気を出してスーパーまで付いて行ったのに。

 桂おばさんのせいで、全部台無しじゃん。
 ……ううん。おばさんは関係ない。全部あたしのせいだ。

 あの時、冗談交じりに話を合わせる事だってできたじゃん。

  ──「えへへっ。そう見えますー?」

 照れ笑いしながら、こんな一言を言えたら、随分展開は違かったと思う。
 ハル君はきっと否定するけど、あたしが明るく受け入れるくらいの余裕ある反応ができたら、少しは意識してもらえたかもしれなかった。

 それなのに、はっきりと全否定しちゃって。

  ── 「恋人じゃありません!」

 なんて、口にする必要なかったじゃん……。

  ──「そうなの? 陽翔君」
  ──「そうですよ! 幼馴染だから仲はいいですけど。本当にそれだけですから!」

 彼も言い切ってた。あたし達は、幼馴染なだけだって。
 それってつまり、あたしはそれ以上の関係になりたいけど、ハル君はきっと違うって事だよね……。

 気持ちが萎え、しゅんっとしながら歩いているうちに、商店街を抜けて住宅街に入るあたし達。
 周囲の明かりは随分と減って、途中の街灯と家々の窓の明かりくらい。
 さっきまでと比べて、随分暗くなっちゃった。今のあたしの気持ちくらい。

 もうしばらく歩いたら、家に着いちゃうのに、結局あたしはいつもと同じまま。
 何も進展させられなかったじゃん。

「はぁ……」

 自然に漏れたため息は、自分への呆れた気持ち。
 自然に俯いたのも、憂鬱な気持ちのせい。

 もう……。
 あたしの馬鹿。意気地なし。

「美桜」
「……何?」

 とぼとぼ歩いているあたしに、ハル君が声を掛けてくる。
 それで我に返ったあたしは、足を止め隣の彼を見た。
 目が合ったハル君は、握った手の親指だけを立て、何かをツンツンと指し示す。

 え? 何だろう?
 ……あ。気づいたらもう、近所の公園の側まで来てたんだ。
 もう。あたし、ここまで何してたんだろ……。

「ったく。酷い顔してるな」

 気落ちして、思わず奥歯を噛むあたしに掛けられた、嘲笑にも似たハル君の言葉。
 でも、どこか優しいその声に釣られ、あたしはまた彼を見てしまう。

 こっちの視線を無視して、ハル君があたしの前を横切ると、すぐ側にある自動販売機に歩いて行き、迷う様子も見せず飲み物を買い始めた。
 何枚かの硬貨を入れ、流れるようにボタンを順に押す。その度に聞こえるゴトンという重い音。
 彼はそのまま取り出し口から、一本の小さめのペットボトルを手に取り、こっちを向く。

「ほら」
「え? あっ! っととっ」

 ハル君が突然、こっちにペットボトルを投げたのを見て、あたしは慌ててそれに手に取ろうとする。
 一、二度お手玉しながら何とか受け取ったのは、あたしの大好きな桃のジュースだった。

「奢ってやるから。ちょっとそこで休んでこうぜ」

 自動販売機から缶コーヒーを取り出したハル君はそう言うと、あたしの返事も聞かずに、人気のない公園へと入って行く。

 どうしたんだろ? 家はもうすぐなのに……。
 きっと何時もなら、ハル君ともう少しいられるって喜んでる。
 でも、さっきの事で気落ちしちゃって、素直にこの状況を喜べないまま、あたしはただ彼に続いて歩いて行くだけ。

 先を歩いていたハル君は、外灯に照らされたベンチまで行くと、ドカリとベンチに腰を下ろし、端にリュックを置いた。

 ちゃんと空いている 、広めに取られた隣のスペース。
 あたし、座っていいのかな……。
 どうにも踏ん切りがつかなくって、ベンチの前で立ち尽くしていると。

「座れよ。立ってたら疲れるだろ?」

 きっと、あたしの気持ちを察したんだと思う。
 ハル君が普段通りにそんな優しい声を掛けてくれたから、何とか「うん」って返事をして、あたしはゆっくりと彼の脇に腰を下ろした。

 少しだけ、ハル君の顔が近くなる。身長差があり過ぎるからこそ、こんなささやかな瞬間で嬉しくなっちゃうのは、あたしがハル君を好きだからに他ならない。
 さっきまで、素直に喜べなかったくせに。あたしってほんと現金だ。

 暗い公園の中で、外灯に照らされるあたし達。
 こっちがベンチに座ったのを確認した彼が、カシュッっという独特の音を立てプルタブを開けると、そのまま目を閉じ上を向いて、一気にコーヒーを飲み始めた。
 ゴクッゴクッていう音って、何か男らしいよね……なんて、あたしが惚けながらハル君を見ていると、ふと目を開けた彼と目が合った。

「……おい。何見てんだよ」

 缶を口から離し、こっちに白い目を向けてくるハル君。
 って、やばっ! 見惚れてたとか言えないじゃん!

「え? あ、う、ううん。ハル君って、一気にコーヒー飲み干しちゃうのかなーって」

 慌ててアドリブでごまかしたあたしに、ハル君が少しだけ眉間に皺を寄せる。

 ゔ……う、嘘だってバレた!?
 内心ヒヤヒヤしながら含み笑いを向けると、彼は呆れ顔を見せながらも、それ以上詮索はしてはこなかった。
 コツンと音を立て缶をベンチに置いたハル君が、再びこっちを見上げてくる。

「美桜。覚えてるか?」
「え? 何を?」
「昔、あのスーパーでよく、遠足のおやつを買っただろ?」
「あー。うん。買ったねー。勿論覚えてるよ」

 ハル君との想い出だもん。忘れるわけなんてない。
 小学生の頃、遠足の前には両親からお小遣いを貰って、ハル君と一緒にあのスーパーに行っておやつを買いに行ってたの。
 当時からあたし、マーベラスチョコっていうアーモンドが入ったチョコが好きで、毎回それを買ってたっけ。

  ──「お前って、いっつもそれだよなー」
  ──「い、いいじゃん! 好きな物は好きなの!」

 なんて、ハル君によく呆れられたりもしたけど。買ったおやつをお互いに見せ合いっこしたりもして、今思い出しても、あの時間はすごく楽しかったなぁ。
 当時の頃を懐かしんでいると、ハル君が話を続ける。

「だったら覚えてるよな? あの頃から桂さん、あそこでバイトしてたの」
「あ、うん」

 それも覚えてる。
 いつも私達に良くしてくれて、試食のお菓子をくれたりもしたよね。

「いいか? あの頃から……いや。生まれた頃から、あの人はずーっと俺達を見てきたんだ。そりゃ、あんな反応したって仕方ないだろ。許してやろうぜ」

 あたしを責めるでもなく、桂おばさんを責めもしない。勘違いしたままのハル君の笑顔と優しい言葉。

 やっぱり勘違いしてる。
 でも、同時にわかっちゃった。
 彼はこっちの様子を伺って、あたしを元気にしようとしてくれるって。

 ……ほんと。
 あの頃から、ずっと変わらないんだから。

「そうだよね。桂おばさんだって、悪気があったわけじゃないもんね」
「そういう事」

 じわーっと、胸に広がる喜び。そのせいで頬が緩みそうなのをごまかすため、あたしはハル君に貰ったペットボトルの蓋を開け、ジュースを軽く一口流し込む。
 喉を通る冷たいジュースが、頭と心を冷やし、あたしが変なにやけ顔にするのを抑えてくれる。
 そして同時に、改めて自身の想いを思い出させてくれた。

 ……やっぱりあたし、ハル君が好き。
 ハル君とずっと一緒にいたい。
 あたし、こんなみ大きくなっちゃったけど。
 いっつも迷惑ばかり掛けてるけど。
 やっぱり、ハル君といたい。

 流石にここでいきなり告白なんて、そこまでの勇気なんてない。
 だけど、この機会を無駄にしちゃ駄目だ。

 勝手なお節介とはいえ、結菜達に手助けしてもらったから、こうやって気持ちを再確認できた。
 だから、少し。ほんの少しでもいいから、あたし達の関係を進展させなきゃ。

 ペットボトルの蓋を閉めながら、自分の心も引き締めたあたしは、飲み物を両手に持ったまま、彼に真剣な顔を向けた。