爆発事故に遭遇したあの日から、アンデルセンのお菓子屋さんのシャッターは閉まったままだった。無機質な灰色のシャッターの真ん中に、「諸事情によりしばらく休業致します」という張り紙がぽつんと一枚掲示されていた。
 街の人たちが無情にもその景色に馴染み始めた頃、学校帰りにその前を通りがかった私は、シャッターに貼られている張り紙が変わっていることに気がついた。

『12/20からのウィンタースイーツフェスタに出店が決定しました!』

 そのポスターを読むと、市内の洋菓子店、和菓子店、チョコレート専門店などのスイーツを扱う店が市民公園の防災広場を会場にして一堂に会するイベントがあるらしい。
 お店の外装にはダメージがまだ残っているけど、イベントに出店できるくらいには状況が落ち着いてきているのだ、ということがわかって、自分ごとのように安心した。
 それより、私としてはそのポスターの下に手書きで書き加えられた一文が見逃せなかった。おそらく沢渡さんの字だと思われる、無骨ながらも情熱の感じられる勢いのある字で、こう書いてあったのだ。

『先日、トラブルでご迷惑をおかけしたお詫びとして、このイベントで十二月一日の限定シュークリームを販売致します』
「これは行かなきゃ……」

 イベントは一週間程度開催されているらしい。ということは……。
 無意識のうちに、私の分のシュークリームをことごとく奪っていく誰かの顔が浮かんだ。
 それに、放火事件の犯人も探せるかもしれないし。

 ***

「うわ、人が多すぎじゃねえか」
「イベントなんだから当然でしょ」

 イベントに誘った時は予想通り渋り気味の梗吾だったが、先日助けてくれたお礼をしたいという名目でなんとかこの出不精男を連れ出すことに成功した。
 空は気持ち良いほどの冬晴れで、普段はだだっ広い殺風景なグラウンドが、お店のテントやカラフルなのぼり、飾りの風船などですっかりお祭り仕様に変身している。
 市内の人気店が集結しているだけあって、お客さんの数も相当だ。まだ会場がオープンしてさほど時間は経っていないはずなのに、長い行列ができているテントもある。
 私はゲートで受け取ったフロアマップと実際の会場を見比べるため、先を行こうとする梗吾を引き留めて立ち止まった。
 
「アンデルセンのテントは……あ、角のところみたい。他にも前に食べたフルーツ大福の店も来てるよ、後で行こうか。それに――」
「おい、あれ、あの人じゃねえか?」
「え?」

 興奮した私を制して指差した先には、ちょこんと丸い背中に揺れるポニーテール。私服姿に見慣れていなかったので一瞬混乱したが、梗吾の言う「あの人」とは、アンデルセンの瑞稀さんだった。

「あ、ほんとだ。おーい、瑞稀さーん!」
「あ、ちょ、お前勝手に行くなっての!」

 背中を追いかけたが、瑞稀さんの背中までやや距離があったのと、人混みに阻まれてすぐに見失ってしまった。私の声が届いていなかったのかもしれないけど、いつもの瑞稀さんと違ってどこかぼんやりしていたような印象を受けた。

「お店の手伝いに来てたのかな?」
「でも制服じゃなかったぜ」
「確かに。じゃあお客さんで来てたのか、次見かけたら声かけよう」

 甘い匂いやカラフルなショーケースにあれやこれやと目移りしながら「アンデルセンのお菓子屋さん」と書かれたメルヘン感の溢れるのぼりを目指す。
 近づくにつれて、折りたたみ式の長テーブルに、持ち出し用のショーケースが見えた。その中に整然と並ぶ煌びやかなシュークリームに思わず頬が緩む。
 接客をしていたのは、オーナーの沢渡さんひとりだった。
 沢渡さんは私たちの顔を見て、すぐにあの日のことを思い出したようだった。
 
「おはようございます、ご注文はお決まりですか。……ああ、あなた達は先日の! 来てくれたんですね」
「はい、シュークリームがあるって聞いたので! 二つください」
「コイツ、シュークリームのことになるとうるせえんですよ」
「ははは、それは嬉しいなあ」

 沢渡さんはテーブルから後ろを振り返り「シュークリーム二つ包んで。あとおまけでラスク入れてあげて」と声をかけた。すると、荷物の影になっていた場所から「あら、特別なお客さん?」と三十代くらいの女性が顔を覗かせた。
 私たちを見て、上品に微笑む。

「こんにちは。いつも主人がお世話になっております」
「えっ……あ、初めまして……」
「……沢渡サン、奥さん居たんスね」
「ああ、そうなんですよ。こんな仕事ばっかりの男にね、付いてきてくれて頭が上がらないです。いつもは職場には来ないんですけど、店がこんな状況なもんで、スタッフにはこの機に休んでもらおうと思って、今日だけは手伝いに来てもらいました」
「あ、そうなんですね……なんか、ご家庭のイメージがなくて……ちょっとびっくりしたっていうか……」
「最近は息子も小学生になって『パパみたいなパティシエになりたい』なんて言い出しちゃって。はは」

 思わず、梗吾と顔を見合わせる。
 そういえば、前にお店でやけに慣れた様子の男の子を見かけたのを思い出した。近所の子供か常連さんなのかと思っていたけど、沢渡さんの子供だったんだ。
 瑞稀さんはこのことを知っていたんだろうか。いや、知っていたらあんな一途な片思いを大っぴらに語るはずがない。
 沢渡さんが商品を袋詰めしてくれている隙に、梗吾にそっと耳打ちする。

「瑞稀さんも今日来てたってことは、もしかして気づいちゃったのかな……」
「だから恋愛話に首突っ込むと碌なことにならねえって言っただろうが」
「まさか妻帯者だなんて思わないって!」

 こっそり小突き合っていた私たちだったが、沢渡さんが「お待たせしました」と向き直ったタイミングでぴたりと動きを止めた。
 瑞稀さんの恋については、赤の他人の私たちから暴露するような内容じゃない。

「わ、わあ。限定シュークリーム、楽しみにしてたんです」
「今日中にお召し上がりくださいね」
「うっす」

 沢渡さんからシュークリームの入った袋を受け取ろうとした、その直前。

『きゃあ!』『火が!』『早く消火器!』

 数十メートル先のテントの方で、悲鳴が上がった。
 こんなこと、前にも経験したような……。
 先に動いたのは梗吾だった。
 
「おい、行くぞ」そう言ってすぐに駆け出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」私も慌ててあとを追った。

 混乱して人が入り乱れる会場をなんとか進むと、現場が見えてきた。火が発生したのは、最近話題のわらび餅専門店の担当するブースだった。
 事前に作ってある商品を搬入して販売しているので、その場で作ったり温めたりしているわけではない。
 駆けつけた人たちの懸命な消火によって、幸い大きな事故にはなっていないようだった。
 
「なんでこんなところで火事が……?」
「おい、あれを見ろ」

 梗吾が指差したのは、防災公園の周囲を取り囲む防風樹林のうちの一本だった。目を凝らすと、何かぼんやりと赤い光が見える。

「何か光ってる……?」
「やっぱ、お前にもわかるか。俺にはもう少しはっきり見える。ちょっと手伝ってやるよ」

 私の肩の辺りに梗吾が手を置いた。すると、眠りから覚めた瞬間のようにぼやけた赤い光だったものが次第に焦点が合って、一つの形を持ちはじめる。
 狐だった。
 それが動物とは違うとはっきりわかるのは、たおやかな尻尾がやけにたくさん揺れていることと、その体が真っ赤な炎でできているからだ。

「あっ、狐?」
「なるほどな……あれは、飛縁魔(ひのえんま)だ」
「ヒノエンマ?」
「ざっくり言えば悪霊の一種だ。妖怪と言った方がいいか? 沙耶は八百屋お七とか聞いたことあるか」
「お芝居とかの? 恋人に会いたくて町に火をつけちゃう女の人のお話だよね」
「それ。八百屋お七のモデルは飛縁魔だとも言われてる。あいつは叶わない願いを好んで、火を放つ」
「叶わない願って……もしかして」

 私たちの頭に浮かんでいるのは、たぶん同じことだと思う。
 仕事に一途な沢渡さんを見つめる瑞稀さんの瞳、さっき奥さんを紹介された時の沢渡さんの照れた顔、会場で見かけたどこか上の空の瑞稀さん。

「叶わない願い、その持ち主は瑞稀さんだ……!」
「変だな。悪霊は人には取り憑かねえんだよ。これまでの文献にも、飛縁魔が出てきたのは存在を忘れられた地蔵とか、子供の巣立った家のおもちゃとかだぜ」
 本来はそうなのかもしれない。だけど、私が梗吾のお父さんから聞いた情報を加えたら話は変わってくる。
「前に、悪霊を操る傀儡師が現れたっておじさんが言ってた。もしかしたら、操られた飛縁魔なのかも」
「そういうことか」
「早く瑞稀さんを探さなくちゃ。私、こっち回りで見てくる! 梗吾は反対からお願い!」
「おう」
 私たちはほぼ同時に反対方向に向かって走り始めた。

 似たようなテントが並ぶ広い会場で、たったひとりを探すために走る。
 こんなに走ったのは久しぶりだ。
 叶わない願い、届かない恋。それが瑣末なものだなんて私には言えない。
 だけど、そのせいで瑞稀さんが悲しみに囚われてしまうことなんて、私は望んでない。
 この火は瑞稀さんの叫びだ、きっと。

「瑞稀さん……お願い出てきてっ……!」

 思わず口走ったその声が届いたわけではないと思うけれど、若いカップルと友人同士と思われる女性グループがすれ違うその隙間に、見覚えのある後ろ姿が目に飛び込んで来た。

「瑞稀さんっ!」
「えっ」

 振り返った瑞稀さんは、何だか顔色が悪く、どこか疲れて見えた。
 そして――梗吾に力を分けてもらったからわかる。その頭上に、小さな炎がチラチラと揺らめいている。
 ようやく見つけた。そう思って駆け寄ろうとした瞬間、視界の外側からよく知る声が降ってきた。

「邪魔はよしてくれないか、沙耶」
「どうしてここに……真由利君が?」

 その爽やかでに柔和な口調は、紛れもなく、従兄弟の真由利君だった。顔にはにこやかな笑顔を張り付かせているのと裏腹に、その手は私の手首を強く掴んでいる。

「真由利君っ、最近の不審火の原因がわかったんだよ。飛縁魔って言う悪霊が人に取り憑いてたんだ。その人がそこに居るの!」
「うん、知ってるよ」
「えっ」

 当然のように頷く従兄弟の顔を、信じられないような気持ちで見つめる。

「今……なんて?」
「あの人は叶わない恋にずっと悩んでいた。神社に何度もお参りするくらいにね。その姿を見ていて僕は気がついたんだ。人は、心が揺らぐ出来事に直面した時、神を必要とするってね」
「ねえ真由利君、何を言ってるの?」
「最近の朝烏神社はどうも不景気でね。僕があとを継いだ途端に持ち崩すことになったら世間体が悪いだろう? だから、たくさんの人の心を揺るがすトピックを作り出せばいいと考えた。――しかも、僕にはその力があった」

 晴れやかに両腕を広げる真由利君は、どこか人離れした雰囲気を帯びていた。セーターの袖から覗くブレスレットが陽の光を反射してキラリと輝く。だけど、私にはそれすらも禍々しいものに感じられて背筋がぞくりと寒くなる。
 小さな頃から憧れていた優しいお兄さんは、もうどこにもいなかった。
 
「もしかして、悪霊を操る傀儡師って……」
「そう、僕のことだ。でも僕はね、一般に言われているような厄災を招くことを望んでるわけじゃない。朝烏家のことを案じたんだよ」
「真由利君が、飛縁魔を瑞稀さんに……そんなの、許されるはずない!」
「許すとか許さないとかじゃないんだよ。『人ならざるもの』の世界は」

 真由利君がオーケストラの指揮者のフィナーレみたいに腕をゆっくりと持ち上げた時、また遠くで悲鳴が聞こえた。
 また何もないところで火が上がる。苦しみを示す篝火のように。
 それと同時に、ほど近い場所でどよめきが起こる。振り返ると、瑞稀さんが地面に倒れていた。
 周囲の人は次々に発生する火に驚いて、広場の出口に向かって雪崩れ込み始めている。瑞稀さんの周りにぽっかりと空間が空いたので、私はそこへ飛び込んだ。

「大丈夫ですか瑞稀さんっ! ……やだ、熱いっ」
 
 瑞稀さんが燃えている。見た目には何も映らないけれど、私にはわかった。
 巨大化した狐が纏う炎が、瑞稀さんを丸ごと飲み込もうとしている。

『燃ヤシテシマエ――全部、燃ヤシテシマエ――』
 轟くような呪詛の言葉が響く。けれど一般的の人たちはそれを気にしている様子はない。
 それどころじゃないのか、もしくは、私たちにしか聞こえていない――?

「だめっ!」
「沙耶、どきなさい。残念だけれど、悲哀の恋の物語はここでフィナーレだ」

 真由利君が持ち上げた腕を振り下ろした。
 その瞬間、目に見えない炎が勢いを増して燃え上がる。
 思わず目を覆った。
 
「やめてっ――!」
「沙耶っ、大丈夫かっ?!」

 その時視界の端に飛び込んで来た人物を見て、安堵のあまりに泣きそうになった。

「梗吾……」
「とりあえず瑞稀さんから離れろ」
「だめ! このままにしたら瑞稀さんがっ!」
「大丈夫。俺を信じろ」

 そう断言した梗吾の目があまりにも優しくて、私は思わずこくりと頷き、梗吾に導かれるままに離れた場所にへたり込む。
 真由利君は、驚くでもなく困ったように眉を下げただけだった。
 
「君が出来損ないの陰陽師だね? 半端ものは首を突っ込まないでくれないか、邪魔だよ」
「邪魔はどっちなんだこの利己的野郎っ!」

 言うが早いか、梗吾は一気に距離を詰めて真由利君に掴み掛かった。
 けれど真由利君は全く動じず、せせら笑うように梗吾にされるがままになっている。
 
「おお怖い。半人前はすぐ暴力に訴えるんだね。だけど、そんなことをしても飛縁魔は止まらないよ」
「なに笑ってやがる」
「もしこのまま僕が倒れても、彼女の炎は止まらない。呪いはもう僕の手を離れたんだ。今の僕はエネルギーを貸しているだけだからね」

 私には、邪悪な笑みを浮かべる真由利君の顔を直視することは、もう恐ろしくてできない。
 絶望的な状況に、視界が真っ白になる。
「そんな……」
 もう、間に合わないの?

 けれど、歯を食いしばって真由利君の胸ぐらを締め上げる梗吾の口から漏れたのは、私の想像とは違う言葉だった。
 
「沙耶を通してヒントをくれたつもりか?」
「は?」
「俺に、依代なんてもんは必要ねえんだよ。雑魚のお前には必要だったんだろうがな」

 そう言って、格闘技の技をかけるみたいに華麗に体制を反転させて真由利君の腕を捻り上げた。
 その手首に光っていたのは――いつか私はプレゼントしたパワーストーンのブレスレット。

 あれが、真由利君の『依代』だった?

 梗吾はそのままブレスレットを地面に叩き落とし、その中央に嵌った翡翠の珠を、勢いよく踏みつけた。
 その一瞬、瑞稀さんを包む炎が大きく膨れ上がり、すぐに萎む。

(真由利君から供給されていた力が絶たれたんだ) 

「君っ、こんなことをしてタダで済むと思ってるのか?!」
「残念だが、もうお前にできることはなにもない。とっとと失せろ」
「……っ!」

 真由利君はまだ何か言いたげにしていたが、梗吾の言うことは図星であるようだった。
 ヨロヨロと立ち上がると「まあ、今日のところは君の好きにするといいさ」と吐き捨てて、止める間も無くその場を去った。
 
「チッ、いけ好かねえ奴だな。もう一発ぶん殴るか」
「そんなことより、梗吾っ! 瑞稀さんが大変なの、早く助けないと!」

 思わず叫ぶ。
 飛縁魔は、瑞稀さんの倒れている場所で宙にゆらゆらと浮かんでいた。狐だったものが次第にさらに大きくなり、形を変えていく。
 最終的に、一頭の火の馬の姿になった。
 理由はないけど、なぜだか分かる。あれは、行き先を失った恋の炎を湛えた哀しい牝馬だ。
 梗吾は微動だにせず、燃え盛る牝馬を睨め付けた。

「来いよ、俺は『神殺し』だぜ」

 梗吾の挑発が聞こえたのか、馬は気が立ったように前足を蹴り上げて熱気を漏らす。そして、一目散に駆け出した。
 梗吾と火の馬の距離がみるみる近づく。 
 ぶつかる!
 止める間も無く、飛縁魔は梗吾に向かって一直線に向かって行き――派手な光を放ちながら衝突した。

「梗吾ーっ!」
 私はあらん限りの力で叫んだ。

 私の声が空中に霧散したあと、そこにあったのは静寂だった。
 しばらく怖くて目が開けられなかった。けれど、梗吾や瑞稀さんを放っておくわけにはいかない。
 恐る恐る顔を上げると、土埃や煙の入り混じったものが充満して見通しが悪い。けれど冬の風が次第にそれらを押し流し、シルエットが浮かび上がってきた。
 倒れる女性を助け起こす、すらりとした長身の人影。

「い、生きてた……」
 
 全身から力が抜けた。
 瑞稀さんを抱えて肩で息をした梗吾がゆらりと私の前に立つ。

「なんて顔してんだよ」
「梗吾、大丈夫? 瑞稀さんも」
「彼女は今は眠ってる。大丈夫だ、一時的に体力を使い果たしたみたいな感じになってるだけで、命には関わらない」
「そっか、良かった……飛縁魔は?」
「祓った」
「消えたの?」
「祓った霊は輪廻に還るんだよ。本来はそれでいいんだ。『神殺し』なんて言うと聞こえは悪いが、いるべき場所に送ってやることが祈りじゃなくてなんなんだっての。そこらの陰陽師は力が足りずにこの作業を二段階に分けてたらしいが、どうやら俺はそんな必要ないくらい力が強いらしい。親父も気がついてねえっぽいけど」
「祈りは必要ないって言ってたの、そういうことだったんだ……」

 これまでの日々を思い返すと、確かに梗吾は「祈りの力なんて必要ない」とは言っていたけど「一人前の陰陽師になる必要はない」とは言っていなかった。
 神殺しなんて不名誉な呼び名をつけられても、自分の力が十分であることに気がついていたんだ。

「まさか真由利君が犯人だったなんて……」
 
 まだ頭の整理がつかない私を眺めていた梗吾は「そうだ」とイタズラっぽい笑みを浮かべて、私の頭に手を置いた。
 
「そういえば、賭けてたんだったなあ? お前のおかげで祈りの力を見つけるとかなんとか」
「あー……そんな話もしてたっけ」
「しらばっくれんな。この賭けでお前の勝ちはないってこと。てコトで限定シュークリームよろしく。生クリームいっぱい入ってるやつ」
「ええー」
「あと……これは賭けとかじゃねえけど」
「ん?」
「陰陽師の力がどうこうとかじゃなくても、これからも俺に付き合えよ。お前といると退屈しねえ」
 
 そのまま、私の髪をゆっくりと撫でる。
 梗吾の大きな手が通っていった場所が、何か不思議な力がかかったかのように熱を帯びた。
 
「しょうがないなあ! あと、お前じゃなくて沙耶って呼んでよ!」
「へいへい」

 断るわけがない。
 私はまだ、限定シュークリームを食べていないのだから。