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「北森さん、どうしてまた他の男といたのかな。よりによって五十嵐凌と」
────午後、17時。
澤村さんが運転する高級車の後部座席にて。
一見爽やかに笑っている藤沢先輩の目の奥は、やっぱり無機質なガラス玉みたいに冷たかった。
「なぜなのか私にもわからないんです……帰ろうかとしたら、急に呼び止められて」
「ふうん。それで、凌になんか言われた?」
「………、いえ特、には」
みんなに付き合っていると誤解されたかもしれないことは、さすがに言えなかった。
「あ、あの……藤沢先輩と五十嵐くんって、仲が……その、悪いんですか?」
「どうしてそう思うの?」
「今朝の感じからしてなんとなく……あとは、さっき五十嵐くんが、私に構うのは“睦君への嫌がらせ”とかなんとか言ってたので」
「……なるほど、そしたら成功だね。とんだクソガキだ、腹が立つなあ」
「……?」
いったい何が成功なのか。
よくわからなかったけれど、ひとりごとのようでもあったので黙っておいた。
結局、ふたりの関係については不明のまま。
私たちを乗せた車は、見覚えのある景色の中を進んでいく。
「ところで先輩、今からどちらに?」
「アトリエ。また夜まで付き合ってもらうよ」
「ということは、今日もお花を生けるんですか?」
「そう。ある人の結婚式のね」
「……結婚式」
先輩が、ふと窓の外を見た。
その目には帳のように昏い影が降りている。そこに閉じ込められたものに、きっと私は触れることができない。
だんだんと、外の景色がただの背景のように思えてきた。すぐ近くに座っているはずなのに、先輩は別の世界にいるみたい。
急にこわくなって、「藤沢先輩」と、呼びかける。
刹那、先輩の瞳に光が戻った。
……ちゃんと、私が映ってる。
そんな当たり前なことに、なぜかひどく安心した。
「三ヶ月前に依頼受けたんだけど、そのとき一回断ったんだよね」
「え……そうだったんですか?」
「うん。だけど昨日、思い直して相手方に電話を掛けた。やっぱり俺にやらせてくださいって」
「どうして急に?」
わずかな沈黙が流れる。
表情は若干硬いけれど、その眼差しはまっすぐで。ほんのりと温かさを宿した瞳が、ふと、やわらかく弧を描いた。
「キミが見ていてくれたら、ちゃんと大丈夫な気がしたから」
目の奥が笑ってない、とは、もう感じなかった。