あれから。
 部活のミーティングがあるからと五十嵐くんも颯爽と去っていき(どうやらサッカー部みたい)、彼と藤沢先輩の関係は謎に包まれたままホームルームが終わり。午前が過ぎ、お昼休みが過ぎ、ついに放課後がきてしまった。
 ふたりのなにやら深そうな関係性が気になって、休み時間に何度か話しかける機会を伺ってみたのだけど、人気者の彼がひとりになる瞬間を探すのはかなり難しく、わりと早い段階で諦めた。

 さてと。裏門に、そろそろ行かなきゃね。
 ギ、と椅子を引いたそのとき。
 昼間は一度も交わらなかった私と五十嵐くんの視線が、ばちっとぶつかった。

「うたちゃん帰んの? 待って、オレもいっしょ行く」
「………? え」

 教室にいる全員の視線がいっきにこちらに集中するのがわかる。
 私は……ぽかんとしたまま、しばらく返事ができなかった。
 周囲からはヒソヒソと「また北森さん?」「なんで?」というような声が聞こえてくる。
 なんでって……私が聞きたいのだけど?!

「えーっと五十嵐くん。北森さんとはど〜ゆ〜関係なの……?」

 ついに五十嵐くんを囲っていた女の子のひとりがそう尋ねれば、あたりは本格的にシン…と静まり返った。

「え? ど〜ゆ〜関係って……見てわかんないかなー、察してくんね?」

 その直後。数秒前の静けさはどこへやら。耳の鼓膜が破れるんじゃないかというくらいの喧騒がわき起こる。

「あーあーうるせえ、ほら北森行くよ」
「ちょっ、五十嵐くん、」

 強引に手首を掴まれ、ぐいぐいと連行されるハメに。(ていうか、みんなの前では「うたちゃん」だったのに、急に「北森」呼び……)
 ちょ、ちょっと状況が理解できないけれど、みんなに誤解を生んだことだけはわかるよ。

「なんでみんなの前であんなこと言ったのっ?」

 昇降口にてようやく手が離されたので、まず一番にそこを問い詰めることにした。
 こちらは真剣なのに、五十嵐くんときたらちょっとおもしろそう。

「あ、やっと敬語とれた」
「へ?」
「朝会ったとき、あんたずっと敬語で喋ってたから」
「えっ……そうだった!?、かな」

 首を傾げると、さらに笑われる。

「うう、なにがそんなにおもしろいの……」
「すぐ赤くなって可愛いなーって。あんたがそうなるの睦君にだけかと思ってたけど、オレ相手でもきるんだそんなカオ」
「っや、これは怒ってるから、なので!」
「はは、睦君相手に真っ赤になってたことは否定しないんだ」
「っ、……っ、う」

 だめだ。相手が強すぎて全然ラリーが続かないし早くもトドメの一撃を食らった気分だ。

「それにオレは“察してくれ”って言っただけ。別に嘘はついてないだろ」
「そんな……屁理屈だよ……たしかに嘘はついてないけど、本当のことも言ってないもん」
「じゃあオレと付き合う?」
「っっ、ど、どうしてそうなるの〜……」

 平静を装っているけれど、自分でもわかるレベルで恋愛不慣れ感が丸出しである。恥ずかしい。
 このままではさらに墓穴を掘りそうなので、急いでつま先をローファーにつっこんだ。

「じゃあ五十嵐くん、そういうことで……さよなら」

 一歩踏み出したと同時に手首を掴まれる。

「………」
「………」
「……あの、離───」
「嫌」
「どう、して」

 すると、五十嵐くんはしばし考える仕草をしたかと思えば、にっこりと笑って言ったのだ。


「睦君への嫌がらせ!」