◇
大豪邸の離れにある和室にて。
先輩が着物に着替えるのを待っているあいだ、今日も澤村さんがご飯をくれた。(コンビニのおにぎりとかでいいのに、なんかすごい高級な箱に入ったお弁当! いいのかな、荷物持ちの分際で!)
「北森様、お疲れのところ連日申し訳ございません」
「いえっ全然! 私はただ座って見ているだけなので……」
「本日は珍しくオフの予定だったのですが、坊ちゃんがキャンセルした依頼を急に受けると言ってきかず……。明後日の式に間に合わせるには今日しかなかったのでございます」
「っえ、あ、明後日ですか……!?」
明後日って、あと二日しかない。
急ぎ案件なんだろうなとは思っていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。
「なにか……大事な方の結婚式なんですか?」
「ええ、そうですね。五十嵐ユカ様という、坊ちゃんとは幼なじみのお嬢様でして」
「イガラシ……? って、もしかして五十嵐凌くんの……」
「ええまさしく。彼のお姉様でございます」
なるほど、そうだったんだ。
ということはつまり、藤沢先輩と五十嵐くんも幼なじみ……。
「凌様は幼いころ、坊ちゃんに憧れて華道を始められたのですよ。本当に仲睦まじかったのですが、今となっては信じられない光景になってしまいました」
ふたりの関係性がようやく判明したはいいものの、疑問点はまだ残る。というかさらに増えた。
前に依頼の話がきたとき、先輩は一度断ったと言っていた。
いくら多忙といえども、3ヶ月もあればどこかでスケジュールを調整することくらいできそうなものである。身近な人からの依頼ならなおさら。
なにか断らざるを得ない理由があったのだろうか。
先輩と五十嵐くんの不仲に関係が……?
そもそもなぜ仲違いをしてしまったんだろう。
「あの……先輩と五十嵐くんって、どうして仲がわるくなったんでしょうか」
「……そうですねえ。おそらくですが、坊ちゃんが高1のとき、ユカ様とお付き合いされていたことが原因かと」
ドクリ、と心臓が跳ねる。
「お付き合い……。そうだったんですか……」
「おや、ご存知なかったですか。申し訳ございません」
「い、いえ!」
「私としたことが喋りすぎました。恐れ入りますが、今の話はどうか聞かなかったことに」
口元に人差し指を立てる澤村さんに、私はコクコクとロボットのようにうなずく。
鼓動がゆるやかに早まる気配がした。
先輩、五十嵐くんのお姉さんと付き合ってたんだ。
そっか……。
かつての恋人の結婚式────。
恋愛経験がゼロでも、それがどれだけ苦いものか想像がついてしまう。
───『キミが見ていてくれたら、ちゃんと大丈夫な気がしたから』
先輩。それって裏を返せば、私がいなかったら、ひとりだったら、大丈夫じゃないってことでしょ。大丈夫でいられる自信がないから断ったってことでしょ。
完璧な先輩ができないって思うくらいのことなのに、ただ私がいるからって、本当にそれだけで大丈夫なの? 無理してるんじゃないの?
頼ってもらえるのは嬉しいけど、勉強以外しかできない私に、そんな価値……あるわけないよ。
大豪邸の離れにある和室にて。
先輩が着物に着替えるのを待っているあいだ、今日も澤村さんがご飯をくれた。(コンビニのおにぎりとかでいいのに、なんかすごい高級な箱に入ったお弁当! いいのかな、荷物持ちの分際で!)
「北森様、お疲れのところ連日申し訳ございません」
「いえっ全然! 私はただ座って見ているだけなので……」
「本日は珍しくオフの予定だったのですが、坊ちゃんがキャンセルした依頼を急に受けると言ってきかず……。明後日の式に間に合わせるには今日しかなかったのでございます」
「っえ、あ、明後日ですか……!?」
明後日って、あと二日しかない。
急ぎ案件なんだろうなとは思っていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。
「なにか……大事な方の結婚式なんですか?」
「ええ、そうですね。五十嵐ユカ様という、坊ちゃんとは幼なじみのお嬢様でして」
「イガラシ……? って、もしかして五十嵐凌くんの……」
「ええまさしく。彼のお姉様でございます」
なるほど、そうだったんだ。
ということはつまり、藤沢先輩と五十嵐くんも幼なじみ……。
「凌様は幼いころ、坊ちゃんに憧れて華道を始められたのですよ。本当に仲睦まじかったのですが、今となっては信じられない光景になってしまいました」
ふたりの関係性がようやく判明したはいいものの、疑問点はまだ残る。というかさらに増えた。
前に依頼の話がきたとき、先輩は一度断ったと言っていた。
いくら多忙といえども、3ヶ月もあればどこかでスケジュールを調整することくらいできそうなものである。身近な人からの依頼ならなおさら。
なにか断らざるを得ない理由があったのだろうか。
先輩と五十嵐くんの不仲に関係が……?
そもそもなぜ仲違いをしてしまったんだろう。
「あの……先輩と五十嵐くんって、どうして仲がわるくなったんでしょうか」
「……そうですねえ。おそらくですが、坊ちゃんが高1のとき、ユカ様とお付き合いされていたことが原因かと」
ドクリ、と心臓が跳ねる。
「お付き合い……。そうだったんですか……」
「おや、ご存知なかったですか。申し訳ございません」
「い、いえ!」
「私としたことが喋りすぎました。恐れ入りますが、今の話はどうか聞かなかったことに」
口元に人差し指を立てる澤村さんに、私はコクコクとロボットのようにうなずく。
鼓動がゆるやかに早まる気配がした。
先輩、五十嵐くんのお姉さんと付き合ってたんだ。
そっか……。
かつての恋人の結婚式────。
恋愛経験がゼロでも、それがどれだけ苦いものか想像がついてしまう。
───『キミが見ていてくれたら、ちゃんと大丈夫な気がしたから』
先輩。それって裏を返せば、私がいなかったら、ひとりだったら、大丈夫じゃないってことでしょ。大丈夫でいられる自信がないから断ったってことでしょ。
完璧な先輩ができないって思うくらいのことなのに、ただ私がいるからって、本当にそれだけで大丈夫なの? 無理してるんじゃないの?
頼ってもらえるのは嬉しいけど、勉強以外しかできない私に、そんな価値……あるわけないよ。