乃絵(のえ)、男子校に行くって本当?」
「うん! 剣士様にちゃんとお弁当を食べさせてくる!」

 お昼休みになると、乃絵はお弁当を手に教室を出た。
 九朗(くろう)は乃絵が尽きっきりで見ていると食事をとる。
 だが、目を離せばきっと食べない。
 なので、特別に父から学校に連絡してもらったのだ。

(まさか男子校に乗り込む羽目になるとはね……)

 だが、剣士を預かった身としては、中途半端なことはしたくない。
 男子校に入ると、担任の教師に挨拶をして用意してもらった会議室に通してもらう。
 他の男子生徒と接触しないよう、気を遣ってくれたのだ。

「乃絵さん、悪いなわざわざ……」

 弁当を手にした九朗が入ってくる。
 さすがにばつが悪そうだ。

「いいから、ちゃんと食べてよね! 今日のだし巻き卵、すごくうまくできたんだから!」

 乃絵に(うなが)され、九朗がもそもそとお弁当を食べ始める。

(一応、付き添えば食べるのよね……)

 放置していたら食べないだけなのだ。

(世話がかかる! ほんとに子どもみたいなんだから!)

 綺麗に食べ終えると、九朗が両手を合わせた。

「ご馳走様でした。美味しかった」
「お粗末様でした」

 役目を終え、ホッとしながらお弁当箱に蓋をしたときだった。

「乃絵さん! 来てるのか!」

 会議室のドアがいきなりがらっと開き、(たけし)が入ってきた。

「剛くん!」
「どういうつもりだ、男子校に来るなんて!」
「貴方に関係ないでしょう。それにもう用は終わったので帰ります」

 お弁当箱を手に立ち去ろうとした乃絵の前に、剛が立ち(ふさ)がる。

「おまえにははっきり言っておいたほうがいいな。俺は正式におまえに結婚を申し込むつもりだ」
「……」

 他の女の子にも告白していると知っている乃絵は、しらけた気分で剛を見つめた。

「他の男と二人きりなるのは許さない!」

 いきなり肩をつかまれ、乃絵は顔をしかめた。

「いたっ……!」

 だが、すぐに剛の手は離された。

「乃絵さんに触るな」

 剛の手首をがっちり握り、乃絵から引き離しているのは九朗だった。

「なっ……おまえ!」

 剛が振りほどこうとするが、固定された手首はびくともしない。

(華奢に見えるのに、すごい力……!)

 それも当然だろう。
 剣士は重く鋭い日本刀を自由自在に扱えるのだ。
 握力、腕力ともに相当なものに違いない。

「いたたた……! わかったから離せ!」

 悲鳴のような声を上げて剛が降参すると、九朗はようやく手を離した。

「覚えていろよ! 乃絵、おまえは俺の妻になるんだ!」

 捨て台詞を吐いて、剛が廊下を逃げるように去っていく。

(呼び捨てにするなんて! 夫でもなんでもないくせに!!)

 乃絵は地団駄を踏みたいのを堪えた。
 九朗がそっと顔を覗き込んでくる。

「……学校まで送る」
「隣だから大丈夫よ」
「ダメだ」

 乃絵はくすっと笑った。
 こういうときの九朗はやたら凜々しく見える。

「じゃあ、お願いしようかな」

 学校までの短い距離だったが、九朗がただ隣にいるだけでとても安心できた。