翌日――女学校に登校した乃絵は親しい級友たちにさっそく九朗のことを話した。
「え? 乃絵の家で同い年の男の子を引き取るの?」
「そうなの」
乃絵は深いため息をついた。
「今巷を騒がせている妖魔を倒させるみたい」
「ああ、あの女学生ばかり狙うという『黒装束の剣士』ね」
「私は『巨大な手』だって聞いたわ」
「二体いるのかしら」
「恐ろしいわね。でも、公爵様が剣士を雇ってくれたなら安心ね」
級友たちの笑顔が見られるのは嬉しかったが、乃絵は本音を口にした。
「でも、いくら警戒が必要っていっても、よく知らない男性と同居なんて気が重いわ」
乃絵としては愚痴を聞いてほしかったのだが、友人たちの顔は好奇に満ちていた。
「で、どんな方なの?」
「素敵な殿方?」
友人たちの食いつきっぷりに乃絵はうんざりした。
「……まあ、綺麗な顔はしていたけど」
乃絵の言葉に、級友たちがわっと盛り上がる。
「ええっ、美形なの?」
「でも、ただの用心棒よ?」
「というのは建前で、縁談じゃないの?」
「まさか!」
確かに乃絵たち貴族の令嬢が通う女学校の生徒は十六歳くらいから縁談が来る。
在学中に婚約する令嬢も珍しくはない。
「だって強い剣士様なんでしょ? 公爵家で引き取って一緒に暮らすなんて、ゆくゆくは乃絵と――ってことじゃない?」
興味津々に迫ってくる級友たちに辟易し、乃絵は悲鳴のような声を上げた。
「私は好きな人がいるし!」
「はいはい、『月哉様』ね」
級友たちがクスクス笑う。
「そ、そうよ! やっぱり夫にするなら、頼りになる年上の男性でなくちゃ!」
乃絵の月哉推しは級友なら誰でも知っている。
「乃絵のハマりっぷりはすごいわよね。ブロマイドやポスターを飾りまくって」
「だって! かっこいいでしょ!」
「まあね。謎めいた最強剣士。しかもすごい美形なんですもんね」
「うん!」
後ろでまとめた黒く長い髪をなびかせ、口元を覆った布を指で外して自分を見つめてきたあの姿を一生忘れないだろう。
「怪我はないか、お嬢さん」
そう言って、妖魔に襲われかけた乃絵に手をさしのべてくれた。
去年の夏、月哉に助けられて以来、乃絵は彼に夢中だ。
参宮橋月哉――年齢は二十代半ばくらいとしかわかっていない。
彼の経歴は秘められ、謎めいた存在だ。
常に長い髪を後ろで束ね、口元は布で覆って目元しか見せない。
だが、乃絵ははっきりとその顔を見た。
切れ長の目をした、恐ろしく美しい男性だった。
(私のヒーロー)
乃絵は月哉の姿を思い出すたびにうっとりしてしまう。
彼のがっしりした大きな手の感触も鮮やかに思い出せる。
「で、その用心棒くんはやっぱり隣の男子校に転入するの?」
級友の言葉に乃絵はハッとした。
九朗がお弁当を持たずに登校したので、届けるよう母から言付かっていたのだ。
「ちょっと隣に行ってくる!」
乃絵はお弁当をつかんで教室を飛び出た。