取材にやってきた男が帰っていったので、改めて事件内容を確認する為に取り出した過去の手記を元の箱の中に片付ける。
 ついに死人が出たかと、溜息をついた。先祖代々受け継がれてきた持ち物だとしても、曰く付きのアパートの管理だなんてやっていられない。
 今までは事件性のないものだったから良かったものの、今回のこれで完全に事故物件扱いになった。でも手放すことは出来ないのだからうまくやっていくしか仕方ない。それが先祖代々受け継がれてきたお役目なのだから。彼女が納得するまで、我々は付き合い続けるしかない。
 ふと、出していた手記の中に紛れ込んでいた古びた一枚の手紙に目をやる。これが全ての元凶なんだよなと再度溜息をつきながら久しぶりに中身を開いた。


『綺麗だ。綺麗だ。なんて美しく愛おしいおまえ。誰にも渡したくないけれど、もう俺はここを出なければならない。ずっと一緒にいるのだと約束した通り、俺は美しいおまえを美しいまま俺の中に取り込んだ。これで身も心も俺とおまえは一つだ。でも、時間が足りなかった。骨を飲み込めるまで粉々にする時間が。いいか、決して置いて行くわけじゃない。ただ隠しただけだ、愛しいおまえを俺が置いていく訳ないだろう。この手紙はおまえの為に。必ず迎えに来るからな。俺の、美しい女』


 ここはかつて大きな屋敷だったらしい。主人の男が殺されたのを境に女の霊が出るようになったとのことで、男の親族である先祖が調査をすると、その床下に人骨とこの手紙が発見されたのだ。その時点ですでに骨と手紙は回収されている。けれど女の霊は度々現れ、屋敷に憑いているのだと判断した先祖は屋敷を潰したが、行き場をなくした女の呪いが次々に血筋の男を襲った為、仕方なくアパートに建て替え、入居者が入ると呪いは落ち着いたとのこと。それがこの受け継がれてきた曰くつきアパートの正体である。
 もう骨は無い。自分の血肉を捧げ、心まで一つにした男は家を出てすぐに殺され、遥か昔からすでに存在していない。けれど、彼女はずっと待っている。
 俺は一度、彼女と会っている。このアパートを受け継いだ時、なんとかならないものかと、解決策を探る為にアパートに住んでみたのだ。すると本当に彼女は現れたので、会話を試みた。俺はあなたの待つ男じゃないのだと。骨はもう無いし、男も戻ってこないのだと。けれど彼女は全く理解していなかった。なぜなら俺を男自身だと思い込んでいるからだ。だから俺は言った。

『待ってる男の顔もわからないなんて、そんなの命を賭けるに値する愛情じゃない!』

 もう諦めろと、そういうつもりの言葉だった。そして通じたのだと思った。彼女はハッと我に返ったように目を見開くと、すっと消えていったから。
 けれど、違ったのだ。次に現れた彼女はこう伝えるようになった。

『おまえの顔、覚えたからな』

 それは俺の次にその部屋に住んだ男に向かって告げられた言葉だった。

『どこに行っても声が聞こえてきて、俺、ここを離れられなかったんです。だって俺の顔を、あいつは覚えているから。でもこれで終わりです。ようやく俺も引っ越せます。だってあいつ、隣の彼の顔を覚えたでしょう?』

 そう言って、入居者の男性が出て行った一番新しいものが去年の話。アパートにやってきたお気に入りの男を見つけた彼女は、一つ前の男の顔を上書きするように忘れるのだ。隣に越してきた彼へ告げられたあの言葉を聞いて、ようやく安心して引っ越すことが出来ると男性は嬉しそうに出ていった。今彼女は新しくやって来た彼に憑いているけれど、彼が彼女を受け入れてくれる気配がないので、また新しく彼女の気に入る男がやって来るまで事態は変わらないだろう。

 溜息と共に手紙を閉じる。今回も駄目だった。一体いつになったら終わりがやってくるのだろう。俺があんな余計なことを言わなければ良かったのだ。そうしたら、俺と共に彼女は外に出られただろうに。
 彼女はもう俺のもとにはやって来ない。俺は彼女に嫌われているのだ。彼女の心に傷をつけたから。顔を覚えてないのは愛情じゃないなんて、そんなこと言わなければ良かった。でも、どうしても俺を見ていない彼女が気に入らなかったから、つい俺を見て欲しくてあんなことを言ってしまったのだ。それが結果、好きな男とは別に嫌いな男として覚えられ、俺だけが彼女に避けられている。
 いつか、何度も繰り返すうちに、俺だけがずっとそばにいることに気づいてくれるだろうか。何人もの男が去っていくなか、俺だけはずっとここにいるのだということに。
 彼女の王子様が現れるなら仕方ない。それが彼女の望みなのだから、俺は何度でも新しい男をここへ連れてこよう。でも、もし現れないのなら、俺はずっと彼女と共にここにいる。そしていつか、俺が彼女と一つになってここから彼女を連れ出すその日を、彼女の隣で待ち続けよう。それが、俺から彼女へ差し出せる、命を賭けるに値する愛情なのだから。
 
 彼女はずっと俺の顔を覚えている。例え嫌われているのだとしても、それは俺だけの特権なのだ。