これは当時、事件現場となった部屋の隣に住んでいた男性を後に取材した際、彼の音声をボイスレコーダーに録音したものをそのまま書き起こしたものである。


『春ぐらいに越して来たんです。隣なので引っ越しの挨拶に来てくれて。二十代くらいの感じの良い男性でした。一人暮らしだと思うのですが、ある日から女性が出入りするようになって。知っての通り古いアパートなので壁が薄いんです。楽しそうな笑い声とか聞こえて来ましたね。でも昼夜問わず聞こえてくるので管理人さんに相談したんですけど、なかなか改善されなくて。そのうちにどなり声とか物を投げる音とかが聞こえる日が増えてきまして……その日は大きな物音と一緒に悲鳴みたいなのも聞こえてきました。これはやばいなってなってついに警察を呼んだんですけど、そこで発覚したんです。はい、怖かったです……聞こえてきた声が今も頭の中に残ってて。“おまえの顔、覚えたからな”って。でも、これで終わりです。ようやく俺も出られました。だからもう俺には関係ない』


 彼は憔悴した力のない瞳で怖かったのだと、それまでとその時のことを語ってくれた。そして過去のことだと受け入れられた安堵感をそのやつれた顔に滲ませて、話し終えると早々に新居の玄関扉を閉めるのだった。それは一年が経った今でも思い返すことを嫌悪するほどの恐怖を未だに抱えている様子だった。