「い、いや。元はと言えば、持って帰った俺が悪いし。それ、大事な物……だよな?」
「……お姉ちゃんに貰った」
「そ、そうか……でも、それはもう、学校へは持ってこない方がいいぞ」

 浩志の言葉に、少女は、小さく首を傾げる。

「いや、その、小さいから失くしやすいじゃん。それに、誰かに見つかって取られるかもしれないし。……まぁ、俺が言えたことじゃないけれど」

 浩志は苦笑いをしつつ、少女の顔を見る。少し大きめの真新しい制服に包まれた少女は、浩志の言葉に、どこか悲しげな顔を見せる。

「……でも、コレはお姉ちゃんがくれたものだから……」

 手の中の指輪を固く握りしめた少女の言葉は、どこか要領を得ない。

「だから、お前の大切なものなんだろ? 失くしたくないなら、持ってくるなよ。家で大事に保管しておけよ」

 浩志の言葉に、少女は、イヤイヤをする様に、頭を横に振る。そのどこか子供じみた仕草に浩志は、小さな苛立ちを覚えた。

「そうかよ。まぁ、どうでもいいや。俺には関係ないことだし。また、失くして困るのは、お前だしな。それじゃあな」

 浩志は、苛立つ思いを抑え込み、それだけ言うと、(きびす)を返す。

 後味の悪い別れ方に、軽く舌打ちをして、数歩進むと、冷たい風に乗って、また、微かに声がした。

「……じゃ、ない……」
「えっ? 何?」

 浩志は思わず振り返り、少女に聞き返した。

 少女は、両手を固く握り、体の内から絞り出すように声を張った。

「お前じゃないもん!」
「はっ?」
「せつなは、お前じゃないもん!!」
「せつな?」
「せつなは、せつなだもん。お前じゃないもん!」

 少女は、両眼に涙を溜めて、浩志に挑むような視線を向ける。その視線を無防備に受けつつ、しばらくの間、浩志の頭の中では、少女の言葉がリフレインされていた。

 そして、浩志は、ようやく、少女の言葉の意味を理解した。

「ああ、お前、せつなって名前なのか!」
「お前じゃないもん!」

 浩志の言葉に、せつなは、眉間に皺を寄せて、噛み付いてくる。

「ああ。ごめん。それじゃあ、せつな。大切な指輪失くすなよ」

 浩志は、せつなに向かって軽く手を上げると、また踵を返し、校舎内へと戻っていった。