一人分ほど空いている空間に向かって浩志が何かを受け取るように手を差し出した。その様子をその場にいる全員が息をつめて見つめる。浩志の手元が一瞬キラリと光ったような気がした。しかしその光は、しっかりと見ていても本当に光ったのかどうか確信が持てないほどに僅かなものだった。

 皆が固唾を飲んで見守る中、まるでマジシャンのように浩志がゆっくりと握りこぶしを開くと、プラスチックのリングに透明の宝石に似せたもので飾られたおもちゃの指輪がコロリとその存在を現した。

「あら、それは」

 以前その指輪を見たことがあった優は、そう小さく声をあげ驚きの表情を見せる。しかし、彼女以上にそのおもちゃの指輪に反応したのは蒼井教諭だった。口元にやった手は驚きの表情を隠しきれていない。蒼井は呆然としたまま、無意識に浩志の手の中のそれへと手を伸ばした。

「これは、せつなの指輪。……私が昔あげたやつ?」

 蒼井のつぶやきを肯定するように、正面に立つせつなは必死で首を縦に振る。しかし、蒼井にはそんなせつなの姿は見えず、手の中の指輪ばかりを見つめている。それ以上言葉が出てこない蒼井に代わって、小石川が確認のために口を開いた。

「成瀬。これは、せつなの物なのか?」
「うん。そう。今まで気にしていなかったんだけど、折り紙の花は普通に見えているし触れているんだから、物ならみんなにも見えると思って。だから今、せつなから借りたんだ」
「今……。そうか。じゃあやっぱり、せつなはそこにいるんだな?」

 せつなは顔を歪め零れ落ちる涙を堪えながら、小石川の言葉に応えるように何度も何度も首を縦に振る。そんなせつなにチラリと視線を送った浩志は、大人たちに信じてもらおうと再び力強く頷いた。

「ここにいるよ。蒼井先生の目の前で泣いてる」

 浩志の言葉にハッとした蒼井は、目の前の何もない空間に目を向ける。途端に涙声になった。

「せつな……泣いているの? ごめんね。ごめんね。お姉ちゃんにせつなのことが見えないから、悲しくて泣いているの?」

 せつなは涙を手の甲で涙を拭いながら、必死で蒼井の言葉を否定する。

「違うよ。お姉ちゃんにせつなの姿が見えないのは残念だけど、せつなは悲しいから泣いているんじゃないよ。嬉しいから……嬉しすぎて涙が出たの。だって見えなくても、せつながここに居るってみんなが分かってくれたから」

 心配そうに見守っていた優は、せつなの言葉を聞いて安堵の笑みを漏らした。