時刻は間もなく十一時半。浩志の隣にひっそりと立つせつなは、固唾を飲んで体育館の閉ざされた扉を見守っていた。

 扉から舞台上へと伸びるのは、レッドカーペットならぬ、グリーンシート。運動部のために滑り止めや床の傷防止などの特殊加工がされている体育館は、普段は専用の上履きでないと入れない。しかし入学式や卒業式などの際、専用の上履きを持たない外部の者でも体育館へ入れるように、床を保護する措置としてシートが倉庫には何ロールも保管されている。今回は、その1つを借用しバージンロードに見立てているらしい。

 手製のバージンロードの両脇には、各教室から持ち込んだ机が四組で1つの島を作り、幾つも設置されている。机を合わせた中央部の隙間には、浩志たちがここ数日、せっせと拵えた手製の造花が数本ずつ差し込まれ、殺風景な机の島を彩っている。

 手作りの花は壁の至る所にも貼り付けられており、これらは優が考えていた通り、パーティーの最中に花嫁に手渡される事になっていた。

 さらに机の上には、食べ物や飲み物が乱雑に広げられている。優の所属する部と、小石川教諭が受け持つサッカー部の面々が主軸となり今回のパーティーが進行するとはいえ、参加者を幅広く募っているため、さすがに飲食物の代金をそれぞれの部費から負担することは妥当ではないという小石川の判断により、飲食物は各自の持ち寄りとなった。

 昼食を兼ねた立食パーティーはそれぞれ手弁当で参加し、弁当の交換会が、そこかしこで繰り広げられている。中には、手作りのスイーツを披露している者もいた。

 ワイワイとした喧騒が渦巻く中、手製のバージンロードの先、壇上へと向かう階段の下には、カジュアルなジャケットにスラックスという格好で所在無げに佇む男性。

 彼は、新郎である今井(いまい)正人(まさと)。今日のことは事前に小石川から聞かされていたはずだが、卒業してから既に何年も経っており、小石川や蒼井のように学校をホームグランドとしない彼には、何処か居心地悪い場所に感じているのかもしれない。そんな彼を満面の笑みで揶揄う小石川が側にいる。

 本来ならば彼の隣に居るべき本日の主役の姿は、まだこの場にない。予定では、何も知らない花嫁が優に連れられてまもなくこの場に現れる事になっている。

 体育館内の照明が落とされ、1つの扉に光が集中した。

 結婚パーティーの始まりだ。

 浩志は、本日の見えない功労者が緊張で更に体を強張らせている気配を感じた。