さらに翌日。

 浩志の手の中には指輪があった。 昨日、少女の机に置かれていた、おもちゃの指輪である。

 少女に声をかけられたあの時、不意をつかれた浩志は、指輪を握りしめたまま教室を出てしまった。

 帰宅しようと自分の荷物を取りに戻ったところで、自分が指輪を持って来てしまったことに気がついた。

 浩志は、急いで少女のもとへと戻ったが、教室に少女の姿はなく、指輪を返しそびれてしまったのだった。

 朝一番で返そうと、遅刻もせず登校した浩志は、すぐに少女の教室へと向かったが、少女の姿を見つけることはできなかった。

 きっとまだ登校していないのだろうと、浩志は、しばらくの間、少女を待ってみた。

 しかし、そこは後輩の教室の前。見慣れぬ生徒である浩志に対して向けられる好奇の視線に、程なくして耐えられなくなった彼は、少女を待つことを諦め、そそくさとその場をあとにした。

 小石川に少女のことを尋ねてみようかとも考えたが、少女のことをどう説明したらよいのかわからなかった。

 それ以上に、女子生徒のことを教師に問うことが、浩志にはなんだかとても気恥ずかしく思えたのだった。

 浩志は休み時間になる度に、指輪を手の中で(もてあそ)びながら、少女を再び見つけだす方法をあれやこれやと1日中思案していた。

 そして今また、どうしたものかと教室の窓にもたれながら、浩志は指輪を太陽の光に(かざ)すようにして眺めていた。

 指輪を眺めていたところでこれといった案も浮かばない彼を、覗き込むようにして河合優が声をかけてきた。

「なぁにそれ?」

 優の問い掛けに、浩志は指輪をズボンのポケットへさっと滑り込ませながら、ぶっきらぼうに答えた。

「別に」

 しかし優は、浩志の手の中にあったものをしっかりと確認していた。

「ねぇねぇ、それって指輪じゃない? なんでそんなもの持ってるの?」
「……預かってるんだよ」
「誰から?」
「……」
「ねぇ、誰から?」
「……誰だっていいだろ。お前の知らない奴だよ!」

 指輪を持っていたことの気恥ずかしさと、いつにもない優のしつこい追求から逃れるように、浩志は窓の外へと顔を向けた。

 窓から見える景色は、二日前と変わらないように見えた。

 茶色い土が剥き出しになったままの寒々とした中庭の花壇。そして、先日と同じようにあの少女の姿がそこにはあった。

 今日も少女は、殺風景な花壇をじっと見つめている。