スターチスを届けて

「あのね。昨日の話を聞いてから、ずっと考えてたの。せつなさんは、どうして学校にいるんだろうって」
「どうしてって……それはせつなが願ったからだろ?」
「そう。『新しい制服を着て、学校に行きたいって。お姉ちゃんとお花を見たい』って、せつなさんが強く願ったから。だから、せつなさんは《《ここ》》にいるんだと思うの」
「そうだろ? だから、さっき俺たちは、蒼井か、こいちゃんにせつなのことを話して、結婚式に出れるようにしてもらおうって話してたんだよ」

 浩志はまるで、名案だろとでも言いたげに胸を張っている。そんな彼に向って優は、力なく首を振る。

「多分だけど、それは、できないと思う」

 優の言葉に、浩志は驚いたように優の顔を見つめる。それから、せつなへと視線を移すと、少女は、優の言葉に反発も反応もせず、ただ俯いていた。

「おい! お前。なんで、そんなこと言うんだよ! やってみなきゃわからないだろ!」

 浩志の声は、少し怒気を含んで、いつもよりもワントーン低く響く。しかし、そんな彼の威圧など何とも思わないという様子で、優は、淡々と彼の言葉をはじき返した。

「やるとかやらないとか、そうゆうことじゃないのよ」
「じゃあ、どういうことだよ?」
「せつなさんは……たぶん……」

 優が切った言葉は、そのまませつな自身が引き取った。

「成瀬くん。たぶん、せつなは、ここから離れられないんだと思う」

 浩志の目を見て、きっぱりと言う少女の瞳は、その立ち振る舞いに似合わず、激しく揺れていた。それでも、少女は、気丈に振舞いながら、言葉を切ることなく、願いがかなわない理由を口にする。

「少し考えれば、分りそうなのに……どうして、せつなは、今までそのことに気がつかなかったのかな……」
「なぁ、どういうことだよ?」
「あのね。せつなは、《《学校にしかいられない》》んだと思う」
「学校にしか……?」
「うん。そう。さっき、優ちゃんに言われるまで思いもしなかったんだけど……」
「なんだ?」
「せつなは、気が付いたらいつも学校にいて、おうちに帰らなきゃとか、帰りたいとか思ったことなかった。ここから……学校から外に出るということを考えたことがなかったの。それってたぶん、せつながココロノカケラだから。学校と、お花と、制服。この3つの思いでできてる存在だから」
「よくわかんねぇよ……」
「分かりやすく言えば……、せつなは……、ここに縛られてるってこと」
 寂しそうに微笑むせつなに、浩志は眉を歪ませる。それでも、彼は往生際悪く、言葉を絞り出した。

「でも……、せつなは、家に帰ったことがないんだろ? 帰ろうとしたことがないだけで、本当は……、本当は、帰れるかもしれないじゃないか。行こう! 今から! 帰ったら、母ちゃんたちにも会えるかもしれない」
「ちょっと、成瀬!」
「うるせぇ! お前は黙ってろ」

 せつなの手首を掴み、今にも駆けだそうとする浩志を、優は押しとどめる。そんな彼女を、彼は、怒鳴り飛ばした。しかし、彼女は、彼の怒声に怯むことなく、怒鳴り返す。

「せつなさんの手を離して!」
「なんでだよ!」
「せつなさんのこと、よく見て!」

 優に怒鳴られ、浩志はせつなの顔を見る。少女は、呆然としたまま、瞳には涙をいっぱいに揺らしていた。

「な、なんで……? ごめん、手痛かったか?」

 浩志は、慌てて掴んでいたせつなの手を離した。慌てる浩志に、せつなはフルフルと頭を振って応えた。

「なぁ。どうしたんだよ、せつな?」
「……お母さん……」

 消え入りそうなほど小さな声で呟かれたその単語を、浩志は聞き漏らすことなく受け取ると、その先を促した。

「母ちゃんがどうしたんだ?」
「せつな……お母さんのこと……お母さんのこと……今まで、忘れてた……」

 そう言いながら、大粒の涙をこぼし、本格的に泣き崩れてしまった少女を、浩志と優は、何とも言えない表情で見つめることしかできなかった。

 3人のいる中庭には、せつなのしゃくりあげる声だけが、寂しげに響いていた。その声を聞き咎め、その場へやって来る者は、誰もいない。

 どれだけの時間そうしていただろうか。せつなのしゃくり声が小さくなった頃を見計らって、優は、せつなの背中に優しく手を置いた。そして、トントンと一定のリズムを刻みながら、せつなの背中を軽く叩く。せつなは、優に甘えるように、彼女の胸に顔をうずめた。その様子は、まるで、小さな子をあやすようで、姉と妹、もしくは母と娘のように浩志には見えた。

「大丈夫?」

 優しく問いかける優の声に、せつなは、彼女の腕の中で、コクリと頷く。始終その様子を困り顔で見つめていた浩志は、1人安堵のため息を漏らした。自分だけでは、おそらく、手に余したであろうこの状況を、優が、慌てることなく対応してくれたことに、浩志は心底感心していた。

「せつな……その……ごめんな」
 浩志が、控えめにせつなに声を掛けると、せつなは、優の腕の中で、フルフルと頭を振った。

「成瀬くんは、何も悪くない。ただ、突然、お母さんのことを思い出しちゃって……それで……」
「どういうことだ?」

 せつなの言っていることが分からず、浩志は首を傾げる。そんな彼に、優は少女の背中をさすりながら、自分の見解を述べる。

「たぶんだけど、今のせつなさんは、自身を形作っている物、つまり学校と、花と、制服。これに紐づけされている意識のみを表層意識として捉えているんじゃないかな」
「紐づけ? 表層?」
「そう。せつなさんは、病床で強く願った心の一部。あの写真の日のことを強く思ったからここにいるんだよね?」

 確認するように優に視線を合わせられた浩志は、小さく肯く。せつなも優の腕の中で、肯いていた。2人の反応を確認して、優は再び口を開く。

「その思いの中には、家のことや、残念だけどお母さんのことは含まれていなかったんじゃないかな。もしかしたら、お母さんや、お父さんを思って、他にもせつなさんのココロノカケラがどこかに散らばっているのかもしれない」
「そうなのか?」

 優の言葉に、浩志は、驚いたように目を見開く。そんな彼に対して、彼女は残念そうに一度首を振る。

「分からないわ。たとえばの話よ。でも、もしかしたら、おうちに帰ってお母さんの作ったグラタンが食べたかったと、思い続けているせつなさんがいたとしたら、せつなさんのココロノカケラは、どこにどういう状態で現れると思う?」
「そりゃあ、家だろ。しかも、キッチンだな。きっと、料理している母さんにべったりだ」

 浩志は、冗談めかして答える。その答えに、せつなは、思わず優の腕の中で顔をあげて、プウッとかわいらしくむくれて見せた。そんなせつなに、優は安心したように笑顔を向けてから話を続ける。

「きっと、そうね。そのときは、きっと、学校に行きたいだとか、花の咲くところが見たいなんて思いはどこにもないんじゃないかな。ただ、ひたすらにお母さんのグラタンのことを思ってると思うの。強く思うってそういうことじゃない?」

 優の言葉に、浩志は感心したように大きく頷いた。

「確かにそうだな。ここにいるせつなは、学校と花と制服、これを強く思っているせつなだもんな。せつなの口から、グラタンなんて単語、聞いたことないし」
「まぁ、それは、あくまでも例えだけどね」
 浩志の答えに、優は苦笑いを浮かべる。それから、気を取り直したように、真顔になると、話を続けた。

「だからね、せつなさんがお母さんの事をこれまで思っていなかったのは、そういう事なのかなって、私は思うの。忘れていたとか、そういう事じゃなくて、せつなさんを形作っているもの、学校や花や制服や、それに関連する思いが、より強く表面に出ていただけ」

 優は、真顔のまま、せつなを見据え、キッパリと言い切る。

「でも、お母さんの事が全くせつなさんの中にないかというと、それは違って、お花を見たいと思うせつなさんの中にも、やっぱり、お母さんという要素はちゃんとあって、さっきの、成瀬の言葉をきっかけに、お母さんの事が、意識の表面上へ引っ張り上げられたんじゃないのかな」

 少女は、顔を上げて、涙の止まった瞳で、優の真顔を受け止めていた。

「そう……なのかな」

 せつなは、小首を傾げつつ、自分の中の思いと向き合おうとするかのように、中空を見つめ、ぼんやりとする。

 そんな、せつなと優の顔を交互に見比べつつ、浩志は感心したように口を開いた。

「お前、すごいな。なんでそんなこと知ってるんだよ?」
「知ってる訳じゃないよ。ただ、そんな気がするだけ」

 優は、困ったように肩を竦め、また、真顔になる。

「それでね、私は、せつなさんの力になりたいと思ってるの」
「え?」

 突然の優の言葉に、それまでぼんやりと中空を見つめていたせつなは、戸惑ったように目をパチクリとする。

「せつなさんのココロノカケラが、どこにどれだけあるのかは分からない。でも、今、私の目の前には、せつなさんがいるの。いるのかわからない、せつなさんのココロノカケラを探すことはできないけれど、目の前にいるせつなさんに協力することはできる。ううん、協力したい。だって、友達だもん」
「優ちゃん……」

 せつなは、息を詰まらせたのか、それだけを言うのが精一杯のようだった。代わりに、少女は、優にもう一度しっかりとしがみつき、感謝の意を全身で伝える。

 それを見ていた浩志は、なんとなく自分だけ蚊帳の外に居るような疎外感を感じた。自分も、これまで協力してきたし、これからもそのつもりでいるのにと、内心、唇を尖らせていたが、ここは、口を挟むべきではないと、明後日の方を向き、口を噤んでいた。

 優はせつなと友情の抱擁をしっかりとした後に、そっと体を離すと、今後の行動を口にする。
「さて、じゃあ、時間もない事だし、テキパキと行動するわよ! 確認だけど、せつなさんの希望は、お姉さん、蒼井先生の結婚式への参加でいいのかしら?」
「うん」

 優の問いに、せつなは、涙で濡れた頬を手のひらでグイッと拭うと、真っ直ぐな眼差しを優に向け、しっかりと肯いた。せつなのその反応に、優も頷き笑顔を見せたあと、彼女は、不満げに、浩志に声をかける。

「ちょっと、成瀬。ちゃんと聞いてる」

 2人から視線を逸らし、よそ見をしていた浩志は、不意に名前を呼ばれ、慌てつつも、一歩、2人のそばへ近づいて、聞いていたとばかりに、反応を示す。

「お、おう」
「これからのことについて今から、話し合うんだから、よそ見してないでちゃんと聞いて」
「わかってるって」

 3人は、花壇の前で輪になると、それぞれがお互いの顔を見回し、視線で合図をしあった。それから、進行を務めるような口調で、優が、話を進め出した。

「まず、蒼井ちゃんの結婚式の日取りなんだけど……」
「それ、前に、いつとか言ってなかったっけ?」

 浩志が、記憶を辿ろうと、首を傾げていると、優は、そんな浩志に向かって、間髪入れずに、答える。

「3月25日。次の日曜日よ」
「おい! 今日を入れて、あと5日しかないじゃん」
「そうよ。だから時間がないって言ってるでしょ。それでね、さっきも散々話してたけど、せつなさんの移動のこと。これは、多分だけど、意識が、学校と言う場所に紐づけされている以上、移動不可だと思った方がいいと思う」
「なんだよ。それじゃあ、結局、せつなの希望を叶えられないじゃん」

 優の考えを聞いた浩志は、口を尖らせ不満を口にする。2人のやり取りを聞いていたせつなも、目に見えて肩を落とした。しかし、優だけは、変わらず、真っ直ぐに2人を見る。

「そんなことないわ。ここでやればいいのよ」
「ここ? ここって、まさか……」

 優の提案に、浩志は眉を顰めてから、ハッとしたように彼女を見た。彼女の表情からは、それが冗談ではない事が窺えた。

「そう! 学校よ」
「そ、そんなこと出来るのか?」
「出来るかどうかは分からないわよ。ダメだった時は、次の手を考えなきゃ。だから、急いで行動に移らなきゃいけないの」
「で、でも……何を?」

 困惑したまま、浩志は優に先を促す。せつなは、望みを全て託すかのように、両掌を胸の前で組み、手の甲が白くなる程に握り合わせる。

「まずは、大人の協力者を得ましょう!」
 浩志は、せつなと向き合って1年2組の教室で、例の折り紙の花を量産していた。

 相変わらず、彼は緑の折り紙で茎の部分を担当している。そして、新たに、緑の折り紙から葉を切り抜く役目も与えられた。一度せつなを手伝って花の部分も作ってみたのだが、時間がかかるうえに、仕上がり具合が良くないと、少女から、早々に手伝いを遠慮されたのだった。

 優はまだ来ていなかったが、午前中の部活を終えて、そろそろ来る頃だろう。

 浩志が本日のノルマである10本の茎と20枚の葉を作り終えた時、待ち合わせ場所に優が姿を見せた。

「お待たせ」

 急いできたのか、優はポニーテールを元気に揺らして、ジャージ姿でやってきた。

「遅ぇよ」

 浩志の言葉に、優は顔の前で小さく手を合わせる。

「ごめん、ごめん。ちょっと部活の子達と話し込んじゃってさ。せつなさんもごめんね」
「ううん。私は、全然構わないよ」

 優は、浩志の隣の席に荷物を置くと、彼同様椅子の向きをせつなのいる方へ向けて座り、机の上に出来上がりつつある紙の作品たちへ手を伸ばす。彼女の担当は、せつなの作った花弁と、浩志の作った葉と茎を合わせて、一輪の花に完成させる事だった。

「ねぇ? それで小石川先生どうだった?」

 作業に取り掛かりつつ、優は、早速、今日の活動報告を求めてきた。浩志とせつなは互いに顔を見合わせた後、せつなは少し寂しそうに俯き、それを気遣って、浩志も口籠る。

 そんな2人の様子から、なんとなく良い結果が得られなかったのだと察することができた優だったが、それでも、状況を把握して、次の対策を練るためには、求めていた結果に成らずとも口に出さざるを得なかった。

「やっぱり、ダメだって?」
「……ああ、……いや、えっと、それはまだ分からない」

 浩志はチラチラとせつなの方へ視線を送りながら、曖昧な返事を優にする。

「どういう事?」
「生徒への個人的な学校施設の貸出は本来やってないんだって」
「やっぱりそうよね。そう簡単には、いかないかぁ……」

 期待した結果にはならないだろうと予想はしていても、やはり、優も浩志の口から出た結果に落胆の色を見せる。浩志は、相変わらず、せつなの顔色を伺うことはすれど、優の落胆までは読み取れていないのか、自身の活動報告を続けた。

「俺知らなかったけど、蒼井って、お前の部活の顧問なんだってな」

 浩志が呑気に、そう口にすると、それに優は素早く反応した。
「はぁ? そうよ。まぁ、メインは他の先生だから、蒼井ちゃんは、ほとんど部活に顔出さないけど。なによ今更?」

 優は呆れた様に大袈裟にため息を吐きつつ、机の上の作業を続けながら、チラリと浩志へ視線を向けた。

「いや、今回の場合、蒼井の結婚祝いって利用目的がハッキリしているから、個人的な利用は無理だけど、例えば、部活動の一環としてとかなら、施設利用の申請も通るんじゃないかって、こいちゃんが……」
「それって!」

 優は、思わず作業の手を止めて、思いっきり浩志の片腕を掴む。

「な、なんだよ?」

 優の咄嗟の行動に浩志は思わず半身を引き、思いがけず近くなった優の顔から距離を取る。そんな彼の行動などお構いなしに、優の顔は満面の笑みで輝いていた。

「なによも〜。つまり、学校で出来るってことじゃない!」
「いや、だからさ、部活の一環ならって……」

 優の勢いに押され気味に、浩志が釘を刺すが、彼女はうんうんと満足そうに相槌を打つばかり。彼女の反応があまりにも心配になった浩志とせつなは、互いに目配せをした後、せつなが心配そうに声をかけた。

「あの、優ちゃん? ちゃんと分かってる?」
「大丈夫よ。せつなさん。部活動として、施設利用の申請をすればいいんでしょ?」
「俊ちゃんの口ぶりでは、そうだったけど……でも……部活じゃないのに、そんな事……」
「部活動の一環だよ! 大丈夫!」

 優は、自信ありげに胸を張る。そんな彼女を訝しげに見つつ、浩志は呆れた様な声を出す。

「なんだよ? 今から部活を作る気か? 無理だぞ。そんなの間に合わない」

 訝しむ浩志と、心配そうに見つめるせつなに、優は、キョトンとした顔を見せる。

「そんな事言わないわよ? え? 何? 2人とも解決方法が分からないの?」

 優の言葉に、浩志とせつなは顔を見合わせ、揃って首を傾げる。そんな2人に驚きを隠せない様子で、優はしばらくポカンと口を開けていたが、数瞬して、気を取り直したかの様に椅子に座り直すと、さも当たり前の事を言うように、サラリと解決方法を口にした。

「うちの部がやればいいのよ。蒼井ちゃんの結婚お祝いパーティーを!」

 優の答えを聞いた瞬間、今度は2人がポカンと口を開いた。そんな2人の顔を、優だけが可笑そうにクスクスと笑いながら、見比べていた。

「何よ。2人とも、こんな簡単な事にも気が付かず、難しい顔してたの?」
 優の何気ない言葉に、浩志とせつなは再び顔を見合わせると、せつなは少し俯いた。そんなせつなの代わりに、浩志が、少し言いにくそうに口を開く。

「あ〜、いや〜、まぁ、部活利用をどうやって切り抜けるかももちろん悩んではいたんだけど……」
「だけど?」

 優は、完全に作業の手を止めて、浩志から午前中の話を聞くことにした。

「予定通り、俺とせつなは、午前中にこいちゃんのところへ相談に行ったんだ」
「うん。だから、部活動として利用出来るって教えてもらったんでしょ?」
「……そう……なんだけど……その……せつなの……事がさ……」

 言いにくそうに切れ切れに話す浩志と、俯いたままのせつなの態度から、優は、ようやく状況を理解した。

「あ〜、やっぱり小石川先生には……?」
「……うん。……見えなかったんだ」
「……そっか……そうなんだ……せつなさん? 大丈夫?」

 優はせつなを気遣って、そう声をかけたものの、その後、どう言葉を続ければ良いか分からず、結局、彼女も俯いてしまった。

 しばらくすると、せつなは、3人を包み込んでしまった重苦しい空気を振り切る様に、ばっと顔を上げると、無理矢理に笑顔を作る。

「ごめんね。2人とも。気を使わせちゃって。まぁ、ショックはショックなんだけどね」

 そう言うと、せつなは、顔をクシャリと歪ませた。

「でも、まぁ、今までもそうだったわけだし。今日、成瀬くんが改めてせつなのこと説明してくれて、俊ちゃんも、見えないながらも、せつなのこと、信じてくれたし……その上で、なんとか学校でお祝いが出来る様にって考えてくれたからさ。もう、それでいいよ。お姉ちゃんにも、俊ちゃんにも見えなくたって……せつながここに居て、お姉ちゃんの為に動いているんだって、俊ちゃんに伝わっただけで十分」

 まだ幼さの残る可愛い顔を歪ませ、必死に涙を堪えるせつなと同じように、優も、幾分顔を歪ませ、苦悶の表情を見せる。

「せつなさん……」

 そんな優の手を取り、せつなは、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。

「無理なものは無理なんだよ。優ちゃん。そこまで背負わなくて大丈夫。せつなには、まだやれる事がある。あなたが居てくれるから、出来ること……」

 優は、一度グッと目を閉じると、気持ちを切り替えるように、パチリと目を開けた。

「絶対にここで、お姉さんの、蒼井ちゃんの結婚祝いパーティーをやろう! 成功させよう!」
 優とせつなは、互いの手をきつく握り合って、頷いた。

「でもさ~。成功させるったって、実際問題、どうするんだよ?」

 浩志がその場に水を差すように、問題点を指摘すると、優は、せつなの手を離し、人差し指を、ビシリと彼に突きつける。

「だから、さっき言ったでしょ。主催は、うちの部でやるわ。実は、今日遅くなったのも、それが理由なのよ」

 どうやら、部内でも、蒼井教諭の結婚を祝おうという話が持ち上がっているらしく、彼女は、同期メンバーとその打ち合わせをしてきたようだった。現状では、部員が少額ずつお金を出し合って、お祝いの品を送るのが良いのではないかという案が出ているのだが、顧問とは言え、めったに部活に顔を出さない教諭とは、繋がりは薄いのだから、金銭はかけたくないという声も少なからずあり、結局、話はまとまらず、本日は解散してきたのだという。

「でもよ~。だったら、そいつら、結婚祝いパーティーなんてのも嫌がるんじゃないのか?」

 優の話を聞いた浩志が訝し気に疑問を口にするが、優は笑う。

「大丈夫よ。だって、あの子たちは、お金を出したくないだけだもの。別に、蒼井ちゃんを祝福したくないわけじゃないわ」
「そうなのか?」
「そうよ。それに、結婚式をプロデュースするなんて、めったにできることじゃないもの。ほとんどの女子は、積極的に動くわよ。きっと」
「そんなもんか……?」

 握りこぶしを作り力説する優に首を傾げつつ、浩志は、せつなの意見を求めるように少女へ視線を投げた。しかし、せつなも、浩志同様に、優を見つめ、首を傾げることしかできなかった。

「大丈夫。そのあたりは任せて。まあ、でも、うちの部だけじゃ、人が限られちゃうから、有志を募りましょ。成瀬、他の子にも声かけてちょうだい」
「え? いいのか?」
「だって、うちの部だけじゃ、女子部なんだから、成瀬が参加してたら不自然でしょ。サッカー部辺りに声かけてよ。あぁ、小石川先生にお願いしましょ。男子がいれば、力仕事をお願いできるしね」

 一人で話をポンポンと進める優をしばらく、ポカンと見つめていたせつなだったが、突然ハッとしたように、優の話を遮った。

「優ちゃん、それは、ちょっと無理なんじゃない?」
「どうして?」
「だって、元々は、せつながお姉ちゃんのことをお祝いしたいから、この花を作っているわけで……みんなには、関係ないことだもの……せつなのわがままに、みんなを巻き込むなんて……」