浩志が、控えめにせつなに声を掛けると、せつなは、優の腕の中で、フルフルと頭を振った。

「成瀬くんは、何も悪くない。ただ、突然、お母さんのことを思い出しちゃって……それで……」
「どういうことだ?」

 せつなの言っていることが分からず、浩志は首を傾げる。そんな彼に、優は少女の背中をさすりながら、自分の見解を述べる。

「たぶんだけど、今のせつなさんは、自身を形作っている物、つまり学校と、花と、制服。これに紐づけされている意識のみを表層意識として捉えているんじゃないかな」
「紐づけ? 表層?」
「そう。せつなさんは、病床で強く願った心の一部。あの写真の日のことを強く思ったからここにいるんだよね?」

 確認するように優に視線を合わせられた浩志は、小さく肯く。せつなも優の腕の中で、肯いていた。2人の反応を確認して、優は再び口を開く。

「その思いの中には、家のことや、残念だけどお母さんのことは含まれていなかったんじゃないかな。もしかしたら、お母さんや、お父さんを思って、他にもせつなさんのココロノカケラがどこかに散らばっているのかもしれない」
「そうなのか?」

 優の言葉に、浩志は、驚いたように目を見開く。そんな彼に対して、彼女は残念そうに一度首を振る。

「分からないわ。たとえばの話よ。でも、もしかしたら、おうちに帰ってお母さんの作ったグラタンが食べたかったと、思い続けているせつなさんがいたとしたら、せつなさんのココロノカケラは、どこにどういう状態で現れると思う?」
「そりゃあ、家だろ。しかも、キッチンだな。きっと、料理している母さんにべったりだ」

 浩志は、冗談めかして答える。その答えに、せつなは、思わず優の腕の中で顔をあげて、プウッとかわいらしくむくれて見せた。そんなせつなに、優は安心したように笑顔を向けてから話を続ける。

「きっと、そうね。そのときは、きっと、学校に行きたいだとか、花の咲くところが見たいなんて思いはどこにもないんじゃないかな。ただ、ひたすらにお母さんのグラタンのことを思ってると思うの。強く思うってそういうことじゃない?」

 優の言葉に、浩志は感心したように大きく頷いた。

「確かにそうだな。ここにいるせつなは、学校と花と制服、これを強く思っているせつなだもんな。せつなの口から、グラタンなんて単語、聞いたことないし」
「まぁ、それは、あくまでも例えだけどね」