寂しそうに微笑むせつなに、浩志は眉を歪ませる。それでも、彼は往生際悪く、言葉を絞り出した。
「でも……、せつなは、家に帰ったことがないんだろ? 帰ろうとしたことがないだけで、本当は……、本当は、帰れるかもしれないじゃないか。行こう! 今から! 帰ったら、母ちゃんたちにも会えるかもしれない」
「ちょっと、成瀬!」
「うるせぇ! お前は黙ってろ」
せつなの手首を掴み、今にも駆けだそうとする浩志を、優は押しとどめる。そんな彼女を、彼は、怒鳴り飛ばした。しかし、彼女は、彼の怒声に怯むことなく、怒鳴り返す。
「せつなさんの手を離して!」
「なんでだよ!」
「せつなさんのこと、よく見て!」
優に怒鳴られ、浩志はせつなの顔を見る。少女は、呆然としたまま、瞳には涙をいっぱいに揺らしていた。
「な、なんで……? ごめん、手痛かったか?」
浩志は、慌てて掴んでいたせつなの手を離した。慌てる浩志に、せつなはフルフルと頭を振って応えた。
「なぁ。どうしたんだよ、せつな?」
「……お母さん……」
消え入りそうなほど小さな声で呟かれたその単語を、浩志は聞き漏らすことなく受け取ると、その先を促した。
「母ちゃんがどうしたんだ?」
「せつな……お母さんのこと……お母さんのこと……今まで、忘れてた……」
そう言いながら、大粒の涙をこぼし、本格的に泣き崩れてしまった少女を、浩志と優は、何とも言えない表情で見つめることしかできなかった。
3人のいる中庭には、せつなのしゃくりあげる声だけが、寂しげに響いていた。その声を聞き咎め、その場へやって来る者は、誰もいない。
どれだけの時間そうしていただろうか。せつなのしゃくり声が小さくなった頃を見計らって、優は、せつなの背中に優しく手を置いた。そして、トントンと一定のリズムを刻みながら、せつなの背中を軽く叩く。せつなは、優に甘えるように、彼女の胸に顔をうずめた。その様子は、まるで、小さな子をあやすようで、姉と妹、もしくは母と娘のように浩志には見えた。
「大丈夫?」
優しく問いかける優の声に、せつなは、彼女の腕の中で、コクリと頷く。始終その様子を困り顔で見つめていた浩志は、1人安堵のため息を漏らした。自分だけでは、おそらく、手に余したであろうこの状況を、優が、慌てることなく対応してくれたことに、浩志は心底感心していた。
「せつな……その……ごめんな」
「でも……、せつなは、家に帰ったことがないんだろ? 帰ろうとしたことがないだけで、本当は……、本当は、帰れるかもしれないじゃないか。行こう! 今から! 帰ったら、母ちゃんたちにも会えるかもしれない」
「ちょっと、成瀬!」
「うるせぇ! お前は黙ってろ」
せつなの手首を掴み、今にも駆けだそうとする浩志を、優は押しとどめる。そんな彼女を、彼は、怒鳴り飛ばした。しかし、彼女は、彼の怒声に怯むことなく、怒鳴り返す。
「せつなさんの手を離して!」
「なんでだよ!」
「せつなさんのこと、よく見て!」
優に怒鳴られ、浩志はせつなの顔を見る。少女は、呆然としたまま、瞳には涙をいっぱいに揺らしていた。
「な、なんで……? ごめん、手痛かったか?」
浩志は、慌てて掴んでいたせつなの手を離した。慌てる浩志に、せつなはフルフルと頭を振って応えた。
「なぁ。どうしたんだよ、せつな?」
「……お母さん……」
消え入りそうなほど小さな声で呟かれたその単語を、浩志は聞き漏らすことなく受け取ると、その先を促した。
「母ちゃんがどうしたんだ?」
「せつな……お母さんのこと……お母さんのこと……今まで、忘れてた……」
そう言いながら、大粒の涙をこぼし、本格的に泣き崩れてしまった少女を、浩志と優は、何とも言えない表情で見つめることしかできなかった。
3人のいる中庭には、せつなのしゃくりあげる声だけが、寂しげに響いていた。その声を聞き咎め、その場へやって来る者は、誰もいない。
どれだけの時間そうしていただろうか。せつなのしゃくり声が小さくなった頃を見計らって、優は、せつなの背中に優しく手を置いた。そして、トントンと一定のリズムを刻みながら、せつなの背中を軽く叩く。せつなは、優に甘えるように、彼女の胸に顔をうずめた。その様子は、まるで、小さな子をあやすようで、姉と妹、もしくは母と娘のように浩志には見えた。
「大丈夫?」
優しく問いかける優の声に、せつなは、彼女の腕の中で、コクリと頷く。始終その様子を困り顔で見つめていた浩志は、1人安堵のため息を漏らした。自分だけでは、おそらく、手に余したであろうこの状況を、優が、慌てることなく対応してくれたことに、浩志は心底感心していた。
「せつな……その……ごめんな」