「なんだぁ成瀬。先生が困ってるのに助けてくれんのか?」
「……わかったよ」
「いや~、助かる助かる。プリントは生徒指導室にあるから。終わったら、先生の教室に届けておいてくれ」
「はぁ? そこまでするのかよ……」
「頼んだぞ、成瀬!」

 強引に浩志に仕事を押し付けると、小石川は職員室へと向かって行った。

 こうして、彼は今日も一人居残りをすることになったのだ。

 1時間ほどで作業を終えた浩志は、小石川の言い付け通り、彼の教室へと出来たばかりのプリントの山を抱えて向かう。

(確か、こいちゃんは、1年2組……)

 彼は扉の前で立ち止まると、上の方を見た。1年2組と札がかかっている。

 教室には、少女が一人残っていた。 机の上に何やら広げ、真剣な表情で作業をしている。

 浩志は、なるべく静かに扉を開けた。しかし、静まりかえった教室には十分に大きな音が響く。

 音に驚いて少女が顔をあげた。その顔に、浩志の瞳は、見開かれる。そこに居たのは、昨日、中庭に佇んでいたあの少女だった。

「あっ……。え~っと、俺はそのアレだ。……プリント……そう、プリントを置きに来ただけだ」

 少し前まで考えを巡らせていた相手に出会った驚きで、浩志は聞かれもしないのに、言い訳めいた事を口にしながらながら、教室へと入る。

 少女は、浩志の言い訳など気にも止めず、視線を自分の手元へと戻し、作業を再開していた。

 机の上には、色とりどりの折り紙が広がっている。 机の端にはその折り紙で造られたと思われる何かと、小さく輝くものが置いてあった。

 浩志には、その小さな輝きが、まるで自分に向かって放たれているような気がした。

 彼は、その輝きに誘われるように、少女の席に近づくと、それをそっと手にとった。

 おもちゃの指輪だった。プラスチックのリングに透明の宝石に似せたもので飾られたそれは、中学女子が身につけるには、いかにも子供っぽい感じがする。

 先程までの輝きを、今はすっかり落ち着かせてしまった手の中の小さなリングを、浩志は不思議な気持ちで見つめていた。

 すると、少女が口を開いた。

「……なに?」

 少女の声で我にかえった浩志は、突然の事に驚き、思わず手を固く握る。

「えっ?」
「何か用?」
「いや、あの……。プリントを置きに……」
「それはさっき聞いた」
「あ~、そうか。……そうだな。悪い。邪魔した」

 彼は、抱えていたプリントの山を無造作に机に置くと、どこかぎこちない足どりで教室を出て行った。