優の来訪により、せっかくの休みだというのに、ダラダラするわけにもいかなくなった浩志は、そのまま、朝食を取り、頑固な寝癖と格闘し、それから、しばらくマンガでも読もうと自室へ戻ってきた。

 春休みは、課題なんて苦行は課されない、唯一、のんびりダラダラ過ごせる時なのに、今日はそんな過ごし方は許されないらしい。

 チラリと部屋の隅へ目をやると、まるで浩志の抜け殻のごとく、抜け出した時の形を保ったままのベッドが、主を誘っているような気がした。

 いつもなら、そんな誘惑になんなく屈する彼だったが、今日は、そういう訳にはいかない。浩志は、ベッドから視線を外すと、制服の上着と、ほとんど何も入っていないリュックを掴み、部屋を出た。

 優はゆっくりでいいと言っていたが、手持ち無沙汰で家にいるよりは、さっさと学校へ行ってしまおうと考えた浩志は、日に日に暖かさが増してくる空気の中、ゆっくりと学校へ向かった。

 それでも、優の部活が終わるよりも早く学校へと到着してしまった浩志の足は、迷うことなく、中庭を目指す。

 校舎に挟まれながらも、しっかりと太陽の日を浴びて明るく照り返す中庭の、いつもの花壇の前には、そこが定位置であるかのように、少女の姿があった。

「居ないかと思った」

 不意打ちのような浩志の声に、せつなは、驚きもせず、振り返る。

「いつも見かけるのは、夕方近くだったから、そのくらいの時間じゃないと会えないかと思ってた」
「せつなは、いつだってここにいるよ」

 淡々と答えるせつなに、浩志は、数日前の事を思い出し、意地悪く少女の顔を覗き込みながら言う。

「そうなのか? あれ? でも、待ってても会えなかった日があったぞ?」
「ああ。あの時は、新月だったからね。いつもそうなの。月のない新月の日は、何故だか、実体化できないんだ。何かの力が働いてるのかな? なんかさ、月って、神秘的だと思わない?」

 そんな事を言いながら、せつなは、空を見上げて、今は、太陽の光を隠れ蓑のようにして隠れている月を見上げ、クスリと笑う。昨日の友情宣言以降、せつなは、それまでと違い、饒舌だった。

 軽口を言ったつもりだったのに、それを楽しげにかわすせつなに、思わず浩志にも笑みが溢れる。

「せつなってさ、ホントは、そんなにしゃべる奴だったのな」

 浩志の言葉に、少女はハッとしたように、空に投げていた視線を彼へと向ける。

「ごめん。せつな、しゃべりすぎだった?」