「朝早くにすみません」
「いいのよ〜。でも、ごめんね。あの子まだ寝てるのよ。今、叩き起こして来るから、ちょっと待っててもらえる?」

 階下から聞こえるそんな会話が、まだ微睡む浩志の耳に薄っすらと届く。ぼんやりと目を開けたが、まだはっきりとは覚醒に至らない。彼を包む布団に心地良く包まりながら、再度目を閉じれば、また、夢心地へと引き込まれて行く。

 そんなふわふわとした瞬間は、勢いよく部屋の扉を開け放し、宣言通りに、布団をバシリと叩く母によって阻害された。

「浩志、起きなさい」
「なんだよ?」

 寝返りをうち、母に背を向けつつ、掠れる声で、必死の抵抗を試みる。

 しかし、そんな些細な抵抗は、母の言葉で無意味なものとなった。

「河合さんが来てるわよ」
「はっ?」

 母の言葉に、しっかりと目を開く事になった浩志は、飛び起きると、勢いよく母の顔を見る。

「待ってもらってるんだから、早くしなさい」

 心なしかニヤついた笑みを見せる母の視線を避けるように、浩志は、ベッドを飛び降りると、バタバタと階段を駆け降りた。

 騒がしく登場した彼に目を丸くしながらも、優は、軽く片手を上げる。

「おはよう、成瀬」
「おまっ……何してんだよ。こんなとこで」

 好き放題に跳ねる寝癖を直すこともせず、浩志は、目の前の彼女を唖然と見つめた。

「今から、部活行くんだけどさ、今日、午前中で練習終わるから、その後、せつなさんとまた話したいなと思って」
「は? そんなの勝手にしろよ」
「いや、でも、私、いろいろ考えたんだけど、もし、私の考えが正しかったら、急ぎだし、成瀬にも協力してもらいたいんだよ」
「なんだよ、協力って?」
「まぁ、詳しい話は、後で、学校で」
「なんだよそれ。だったら、こんな朝っぱらから家に来ることないだろう? 連絡くれれば済むじゃん」
「そうだけど、春休み初日だからね。ダラダラとして、誰かさんは、なかなか起きないかもしれないと思ってさ」

 優の悪戯っぽい指摘に、思わず浩志は、グッと喉を鳴らす。どうやら図星のようだ。

「じゃあ、私は部活があるからもう行くわ。成瀬は、ゆっくりでいいから、後で必ず学校に来てよ」
「……おう」

 浩志は、髪をクシャリとしながら、なんともバツが悪そうに答えた。

「朝早くから、お邪魔しました〜」

 優は、室内に向かって元気にそう告げると、トレードマークのポニーテールを揺らしながら、成瀬宅を後にした。