スターチスを届けて

「変な女に騙されてたら、正気に戻さなきゃって思ったけど、あなたは、多分大丈夫。なんかそんな気がする」

 優は、自身に言い聞かせているのか、それとも、せつなに言い聞かせているのか、あるいはその両方なのか、とにかく、やたらとせつなの存在を肯定している。

 そんな優の隣で、せつなは、恥ずかしそうに俯きながらも、嬉しいのか、ほんのりとはにかんでいる。

「ともだち……」
「そう! いいよね?」

 念押しのように言い寄る優に、少し困惑しながらも、せつなは、小さく肯いた。しかし、すぐに何かに気がついたように、激しく頭を振る。

「やっぱりダメ」
「どうして? 私が友達じゃ、いや? 成瀬だけがいい?」
「……そういうことじゃなくて……」
「じゃ、どうして?」

 優は、小さな子を諭すように、やけに猫なで声で、せつなの言葉を引き出す。

「お姉さんは、優しい人なんだと思う。突然現れた、せつなのことを、怖がらずにいてくれる。ともだちになろうって言ってくれる。でも……でも、どうして? どうして、そんな事がサラリと言えるの? だって、せつなは……」

 そこで言葉を切って俯いてしまったせつなの言葉を、優は引き継ぐ。

「人間じゃないのに? あなたがココロノカケラってやつだから?」

 優の言葉に、せつなは、顔を上げずに小さく肯く。

「どうしてかな? それは自分でも分からない。今でも、幽霊に遭ったら逃げ出しちゃうかもしれないし、最初はせつなさんのこと怖いと思ったし。でも、さっき寂しそうなせつなさんを見たら、声かけなきゃって思ったんだよね」

 そんな優の言葉に、せつなは、今にも泣き出しそうな顔で優を見上げた。

「せつなのこと、怖くない?」
「怖くないよ」

 優は、せつなの瞳をしっかりと捉えて、ゆっくりと首を振る。

「ほんとに、せつなと、ともだちになってくれるの?」
「もちろん! ね、成瀬!」

 力強く肯いてから、優は勢いよく振り返り、浩志を振り仰ぐ。

「お? おお!」

 突如として話を振られた彼は、ドギマギとしながらも、右手の親指をしっかりと立てて答える。

「ふふ。ありがとう」

 せつなは、瞳に溜まった宝石のような涙の粒をスッと拭うと、まるで、一瞬でそこだけ春の盛りになったのかと思うほどに眩い飛び切りの笑顔を見せた。

 3人はそれぞれ顔を見合わせると、楽しげに声を上げて笑い合う。

 ひとしきり笑ったあと、思い出したかのように、ふと浩志が声を上げた。
「そういえばさ、結局、ココロノカケラって何なんだ?」
「ああ。それは、実はせつなもよく分かってないんだけど、強く願った心の一部が、その場に留まってるってことみたい」
「心の一部?」
「せつなの場合は、お姉ちゃんたちと、お花の種まきをした時かな。泥だらけになったけど、すごく楽しくて、お花が咲くところを見たいと思ったの。せつなはそれからすぐ……」
「ああ……あの写真の時か」

 浩志は、先程小石川から聞いた話を思い出した。確か、せつなは、その3日後に、亡くなったと聞いた。

「あれ? でも、あの写真は確か、制服なんて着てなかったような……」
「そうね。確かにそうだったわ」

 浩志が首を傾げながら言うと、優もそれに同意の意を示す。

「それもせつなの心残りだったこと。せつなは、本当なら、あの春に入学するはずだったの。お姉ちゃんたちと同じこの学校に。新しい制服を用意して、入学が待ち遠しかった。中学生になったら、この制服に袖を通して、毎日学校に通うんだとそう思ってた。でも、それは、叶えることが出来なかった」

 せつなは、寂しそうな影をその幼い顔に落として、昔語りを静かに続ける。

「せつなは、体が弱くて、小学校にはあまり通えなかったの。だから、ともだちもあまりいなくて……でも、手術をして、元気になったら中学校には通えるって、お医者さんに言われてたの。だから、がんばって、お医者さんの言う通り、手術をして、もうすぐ退院だった。そんな時、お姉ちゃんが学校の花壇に種まきをするって聞いて、どうしてもせつなも一緒にやりたいとお願いしたの。少しでも早く学校に行ってみたかったから」

 せつなは、そこで言葉を切った。その隙を突いて、浩志が口を開く。

「手術をしたんだろ? もうすぐ退院だったんだろ? それがどうして……?」
「それは……せつなが……自分が悪いの」

 せつなは、目を伏せ、悔しそうに唇を噛む。

「お医者さんは、条件付きで外出許可をくれた。せつなは嬉しくて、少しはしゃいでしまったの。お医者さんは、外出の許可はくれたけど、土いじりはダメだと言っていた。まだ免疫力の弱いせつなには、土の中のバイキンは良くないからと。それなのに、せつなは、お医者さんとの約束を破ってしまったの。だって、せっかく、学校に来たのに、見ているだけなんてつまらないから。十分に気を付ければ大丈夫だと思っていた」
 花壇の間を風が抜けていく。それは、ぬくぬくとした春先の暖かくて包み込むようなそれではなくて、冬に戻ってしまったかのような、鋭く刺すような冷たい風だった。

 浩志と優は、ぶるりと体を震わせる。せつなだけは、そんな風など気にしないとでも言わんばかりに、淡々と話し続ける。

「お姉ちゃんは止めたけど、せつなは、正人くんに花壇の手入れを教わりながら作業を続けたの。俊ちゃんは、園芸部じゃなかったけど、あの日はせつなたちに付き合ってくれたんだ。お姉ちゃんは始め、せつなが土を触る事を許さなかった。でも、せつなは、絶対怪我するような事はしないし、無理もしないからって、無理矢理お姉ちゃんにお願いして、渋々みんなと同じ作業をする事を許してもらったの」

 せつなは、昔を懐かしむように少し遠い目をしている。小石川から、その時の写真を見せられていた浩志と優には、その時の光景が目に浮かぶようだった。

「土を掘り起こしたり、種を撒いたり、そんな事、今までしたことがなかったから、もう楽しくて、夢中でやった。気がつくと、服は所々汚れていたけれど、それでも、怪我をする事もなく、無事に作業を終えることができたの。その時に、新聞部の人がちょうど校内新聞のネタを探しているから、写真を撮らせてほしいと来て……その時の写真が、さっき2人が見てたやつ」

 浩志と優は、せつなの話に無言で頷いた。

「お姉ちゃんには心配をかけてしまったけれど、特に怪我をする事も、体調が悪くなる事もなくて、最後は、みんなで楽しく笑って病院へ戻ったの。同級生より一足早く中学生を体験したみたいで、その日のせつなは、少し興奮しすぎたみたい。みんなが帰った後、せつなは、熱を出したの。そして……」

 せつなは、後悔と悔しさを噛み殺すように、唇を噛み締めた。

「そして、元々、他の人よりも抵抗力の弱いせつなは、その熱が原因で、さらに抵抗力を弱めてしまったの。確かに、どこにも怪我なんてしなかった。だから、ちょっと油断していた。まさか、空気中の微生物が原因で死ぬことになるなんて……」

 せつなの言葉に、ハッとして息を呑む浩志と優に向けて、少女は寂しそうな笑顔を見せた。しかし、次第に、その顔を歪ませ、声を震わせ始めた。

「病気を甘く見てた。自分の病弱さを分かっていなかった。完全にせつな自身が悪いの」
 せつなは、宝石のような涙をいくつもいくつも頬に伝わせながら、悔しそうに言葉を紡ぐ。

「せっかくお花が咲いても、お姉ちゃんと一緒に見ることができなかった。中学校へ行けなかった。制服が着られなかった。それは、全部自分が悪いの」

 次から次へと溢れ出す涙を手の甲で拭いながら、一生懸命に話すせつなの声は、浩志と優の鼓膜を震わせ続ける。

 優は、せつなの声と涙に耐えられなくなったのか、瞳を潤ませ、もらい泣きをしていた。浩志は、泣くまいと、顔を歪ませ、必死に涙に耐えている。

 まだ、経験の浅い2人は、せつなに掛ける言葉など、全く心に浮かばず、ただ黙って、せつなの声に耳を傾けることしか出来なかった。

 せつなもそれを分かっているのか、胸の内を全て吐き出すかの如く、話し続ける。

「ものすごく心残りで、せつなは、熱に浮かされながら、ずっと願っていたの。新しい制服を着て、学校に行きたいって。お姉ちゃんとお花を見たいって。そしたら……」

 そこで、せつなは言葉を切る。涙の溜まった瞳のままで、困ったようにはにかんだ。

「あまりにも強く願ったからかな? 気がついたら、せつなは、制服を着て、ここに居たの。……それからずっと、せつなは1人でここにいるの」

 せつなの言葉を拾い、ようやく浩志は、口を開いた。

「それからって……? もしかして、15年前からか?」
「多分、そう。せつなには、もう何年とかそう言う、時間経過はわからない。ただ、わかるのは、アレから、ずっと独りぼっちだった。だって、誰にもせつなの事は見えなかったから」
「じゃあ、どうして、私たちには、せつなさんのことが見えるの?」

 もらい泣きで瞳を赤くしながら、優が訊ねると、せつなは首を横に振る。

「詳しいことは、分からない。でも、お姉さん……優ちゃん……は、せつなの存在を認識していたから、見ることが出来たんじゃないかなって思う」
「確かに、そうかもね」

 優は、1つ肯いて、浩志の方を見る。

「じゃあ、成瀬はどうして、せつなさんのことが見えたの?」
「それが、全く理由が分からないの。実は、最近になってもう1人、せつなのことが見える人が現れたんだけど、その人はちょっと特殊な人で……その人の推測では、成瀬……くんは、せつなの心に共鳴したんじゃないかって」
「共鳴?」

 せつなが初めて、浩志の事を名前で呼んだため、浩志は目を丸くして驚きながらも、せつなの話に聞き入っている。
「その人が言うには、心の一部がこの世界に取り残された時、媒体となるものが有れば、ココロノカケラは、この世に留まることが出来るんだって。せつなの場合は、コレ」

 せつなは、制服の胸ポケットから何かを取り出した。小さな握り拳を開くと、オモチャの指輪が、コロリと掌に乗っていた。指輪は、まるで自己主張をするかのように、キラリと光を放つ。

 指輪は、いつもせつなが持っていた物なので、浩志には既に見慣れた物になっていた。

「俺、それが何故だか、気になってたんだ。それ、やっぱり大事な物だったんだな」
「うん。せつなも、その人が教えてくれるまで、コレが媒体だなんて知らなかった。コレは、元々お姉ちゃんの物だったの。でも、あの日、少し早いけど退院祝いにって、お姉ちゃんがくれたんだ。お姉ちゃんは、コレを大切にしていたんだけど、せつなが気に入っちゃって、ずっと、お姉ちゃんにおねだりしてた物だったの。だから、もらった時は、すごく嬉しかった。絶対大切にしようって思ったの。だからかな、コレが媒体になったのは」

 せつなは、懐かしそうに、そして、大切そうに、指輪に視線を注ぐ。

「ところでさ、ココロノカケラだっけ? その事にやけに詳しい奴がいるんだな? 俺らもその人からもっと話を聞くことは出来ないかな? 俺、せつなのことちゃんと知りたい」

 せつなの目を見て浩志がキッパリと言うと、優も首を縦に振り、同意を示す。

「その人から、直接話を聞くことは、できない……かな」
「なんでだ? ソイツも幽体的な感じか?」

 せつなの答えに、浩志が眉を寄せると、せつなは、少し可笑しそうに口元を緩めて、首を横に振る。

「そうじゃないけど、まぁ、それに近いのかな」
「どう言うことだよ?」
「本人が言うには、その人は天使なんだって。だから、幽体のことに詳しいみたい。でも、天使であることは、内緒なんだって。だから、その人から話を聞くことは無理かな」
「俺たちには、見えないってことか?」

 残念そうに肩を落とす浩志に、せつなは、また首を振る。

「違うよ。天使って事を、みんなに明かせないだけ。だから、会えないだけで、実は、成瀬くんは、会ったことがあるんだよ」
「マジか!?」
「ウソ!?」

 せつなの答えに、浩志と優は、驚きのあまり、お互いに目と口を丸くした顔を見合わせた。
「朝早くにすみません」
「いいのよ〜。でも、ごめんね。あの子まだ寝てるのよ。今、叩き起こして来るから、ちょっと待っててもらえる?」

 階下から聞こえるそんな会話が、まだ微睡む浩志の耳に薄っすらと届く。ぼんやりと目を開けたが、まだはっきりとは覚醒に至らない。彼を包む布団に心地良く包まりながら、再度目を閉じれば、また、夢心地へと引き込まれて行く。

 そんなふわふわとした瞬間は、勢いよく部屋の扉を開け放し、宣言通りに、布団をバシリと叩く母によって阻害された。

「浩志、起きなさい」
「なんだよ?」

 寝返りをうち、母に背を向けつつ、掠れる声で、必死の抵抗を試みる。

 しかし、そんな些細な抵抗は、母の言葉で無意味なものとなった。

「河合さんが来てるわよ」
「はっ?」

 母の言葉に、しっかりと目を開く事になった浩志は、飛び起きると、勢いよく母の顔を見る。

「待ってもらってるんだから、早くしなさい」

 心なしかニヤついた笑みを見せる母の視線を避けるように、浩志は、ベッドを飛び降りると、バタバタと階段を駆け降りた。

 騒がしく登場した彼に目を丸くしながらも、優は、軽く片手を上げる。

「おはよう、成瀬」
「おまっ……何してんだよ。こんなとこで」

 好き放題に跳ねる寝癖を直すこともせず、浩志は、目の前の彼女を唖然と見つめた。

「今から、部活行くんだけどさ、今日、午前中で練習終わるから、その後、せつなさんとまた話したいなと思って」
「は? そんなの勝手にしろよ」
「いや、でも、私、いろいろ考えたんだけど、もし、私の考えが正しかったら、急ぎだし、成瀬にも協力してもらいたいんだよ」
「なんだよ、協力って?」
「まぁ、詳しい話は、後で、学校で」
「なんだよそれ。だったら、こんな朝っぱらから家に来ることないだろう? 連絡くれれば済むじゃん」
「そうだけど、春休み初日だからね。ダラダラとして、誰かさんは、なかなか起きないかもしれないと思ってさ」

 優の悪戯っぽい指摘に、思わず浩志は、グッと喉を鳴らす。どうやら図星のようだ。

「じゃあ、私は部活があるからもう行くわ。成瀬は、ゆっくりでいいから、後で必ず学校に来てよ」
「……おう」

 浩志は、髪をクシャリとしながら、なんともバツが悪そうに答えた。

「朝早くから、お邪魔しました〜」

 優は、室内に向かって元気にそう告げると、トレードマークのポニーテールを揺らしながら、成瀬宅を後にした。
 優の来訪により、せっかくの休みだというのに、ダラダラするわけにもいかなくなった浩志は、そのまま、朝食を取り、頑固な寝癖と格闘し、それから、しばらくマンガでも読もうと自室へ戻ってきた。

 春休みは、課題なんて苦行は課されない、唯一、のんびりダラダラ過ごせる時なのに、今日はそんな過ごし方は許されないらしい。

 チラリと部屋の隅へ目をやると、まるで浩志の抜け殻のごとく、抜け出した時の形を保ったままのベッドが、主を誘っているような気がした。

 いつもなら、そんな誘惑になんなく屈する彼だったが、今日は、そういう訳にはいかない。浩志は、ベッドから視線を外すと、制服の上着と、ほとんど何も入っていないリュックを掴み、部屋を出た。

 優はゆっくりでいいと言っていたが、手持ち無沙汰で家にいるよりは、さっさと学校へ行ってしまおうと考えた浩志は、日に日に暖かさが増してくる空気の中、ゆっくりと学校へ向かった。

 それでも、優の部活が終わるよりも早く学校へと到着してしまった浩志の足は、迷うことなく、中庭を目指す。

 校舎に挟まれながらも、しっかりと太陽の日を浴びて明るく照り返す中庭の、いつもの花壇の前には、そこが定位置であるかのように、少女の姿があった。

「居ないかと思った」

 不意打ちのような浩志の声に、せつなは、驚きもせず、振り返る。

「いつも見かけるのは、夕方近くだったから、そのくらいの時間じゃないと会えないかと思ってた」
「せつなは、いつだってここにいるよ」

 淡々と答えるせつなに、浩志は、数日前の事を思い出し、意地悪く少女の顔を覗き込みながら言う。

「そうなのか? あれ? でも、待ってても会えなかった日があったぞ?」
「ああ。あの時は、新月だったからね。いつもそうなの。月のない新月の日は、何故だか、実体化できないんだ。何かの力が働いてるのかな? なんかさ、月って、神秘的だと思わない?」

 そんな事を言いながら、せつなは、空を見上げて、今は、太陽の光を隠れ蓑のようにして隠れている月を見上げ、クスリと笑う。昨日の友情宣言以降、せつなは、それまでと違い、饒舌だった。

 軽口を言ったつもりだったのに、それを楽しげにかわすせつなに、思わず浩志にも笑みが溢れる。

「せつなってさ、ホントは、そんなにしゃべる奴だったのな」

 浩志の言葉に、少女はハッとしたように、空に投げていた視線を彼へと向ける。

「ごめん。せつな、しゃべりすぎだった?」
「いや、そういう事じゃない。ただ、今までよりも、良くしゃべるなと思っただけだから。悪い。気にするな」

 浩志の遠慮のない物言いに、少女は、少し顔を曇らせる。

「これまで、ともだちがいなかったから。ともだちと話せるのが嬉しくて、つい……。うるさかったよね。ごめん」

 シュンとしてしまった少女に、浩志は、失敗したという様に、頭をガシガシと掻きながら、懸命にその場の立て直しを試みる。

「うるさくなんかないから。大丈夫だ。好きなだけ喋ってくれ。聞いた事に答えてくれないより、よっぽど良い」
「……ごめん」

 浩志の言葉に、せつなは、さらに肩を落とした。

「成瀬くんが、これまでいっぱい話しかけてくれてたのに、あんまり話さなくてごめんね。正直、怪しんでたの。なんでこの人は、せつなに構うんだろうって。ホントは、成瀬くんと仲良くするのが怖かったんだ。仲良くなった後に、本当のせつなのことを知って、離れていくかもしれないと思うと……」

 俯き加減で話すせつなは、グズリと鼻を啜った。その音で、墓穴を掘った事に気がついた浩志はさらに焦る。

「な、泣くなよ。そんなん、俺、全然気にしてないし。今はもう友達だろ? それでいいんだよ」

 少女は、グズグズと鼻を鳴らしながらも、浩志の言葉に、ウンウンと頷きを繰り返す。

「俺も河合も、もう、せつなの友達だからな。なんでも言ってくれ。どれだけでも話してくれ。せつなは、……その……、ちょっと人とは違うのかも知れないけど、正直、俺には、今、目の前にいるせつなが、人間にしか見えないんだ。俺と違うところなんて、全然ない。だから、気味が悪いとか、怖いとかも思わない。そんなんで友達を辞めたりなんてしない。河合だってそうだ。あいつも、そんな事する奴じゃない。だから、安心しろ」

 機関銃のように言葉を投げてくる浩志を、いつしか、涙の溜まった目で見つめ、鼻を鳴らす事をやめていた少女は、一瞬の破顔の後に、またもや顔を曇らせた。

「ありがとう。ホントに何でも言っていいのかな?」

 ささやくように遠慮がちにそう言うせつなに向かって、彼は自身の胸を軽くトンと叩いて見せる。

「おう! なんでも聞いてやるぞ」
「あの、それじゃあ、……手伝って欲しいことがあるの!」

 少女は、浩志の目を見つめたまま、両手を胸の前で合わせ、お願いのポーズを可愛く決めている。その様子は、打算的だったが、年頃の男子には、100%の効果を発揮した。
「お、おう! 俺にできることなら」

 浩志は、可愛らしいせつなから明後日の方へと視線を逸らし、気まずそうに頬を掻く。しかし、話を聞く意思はあるのか、先を促すように、チラチラと横目で視線を少女へ送る。そんな彼の態度を見極めるように、しばらく見つめた後、せつなは、口を開いた。

「あのね。成瀬くん。せつな、お姉ちゃんの結婚式に出たいの」
「……えっ?」
「何かいい案、ないかな?」

 少女の懇願するような顔と、彼の困惑した視線が交わると、2人は、互いにググッと眉間を寄せた。

「そ、そうだよな。プレゼントする為に、花を用意しているんだし。う〜ん。何かあるかな? ……シンプルに、蒼井に頼んでみるとか?」

 浩志の提案に、せつなは、悲しそうに首を振る。

「お姉ちゃんには、何度か声をかけたけど、聞こえないみたい」
「そう……なのか」

 浩志も、せつなの答えに肩を落とす。それから、パチリと指を鳴らすと、閃いたというように、自信満々に人差し指を立てた。

「なぁ! こいちゃんは?」
「俊ちゃん?」
「そう。もしかしたら、こいちゃんなら、せつなの声が聞こえるんじゃないか?」
「そうかな?」

 彼自身には名案に思えたが、腑に落ちないという風に、首を傾げるせつなの態度に、彼の勢いは急落する。

「……わかんないけどさ、でも、条件は河合と一緒だろ。せつなの存在を認識していたから、河合は、せつなが見えた。だったら、俺らと話した事で、こいちゃんだって、せつなの存在に気がついているって事にならないか?」
「う〜ん。どうだろう? そういう事なのかな?」

 彼の力説にも、少女は、曖昧に首を傾げたままだ。

「その説で言うなら、お姉ちゃんに、せつなの存在を認識して貰えればいいって事になるよね?」
「あっ、そうか! じゃあ、蒼井に会いに行くか! 俺らがせつなの事、蒼井に伝えてやるよ」
「……う〜ん」

 なかなか笑顔を見せないせつなに、浩志は、少女の真意が掴めず、ため息を吐いた。

「せつなはさ、何が、引っかかるんだ? 姉ちゃんに会いたいんだろ?」

 浩志の問いに、少女は、悲しそうに、眉尻を下げ、項垂れた。

「会いたい。会いたいよ……けど……。お姉ちゃんね、やっと笑うようになったんだ。正人くんのおかげ。お姉ちゃん、たまに、正人くんと、この花壇を見に来てたの。でも、時々、せつなの話をして、泣いちゃって……成瀬くんたちがせつなの話をして、もしも、やっぱり見えなかったってなったら……」