小石川の問いに、浩志は肩を竦めた。
「そうだと思ったんだ。いつも1年2組の教室に居たから。でも、思い返してみると、本人がそうだと言ったことはなかった。だから、今は、自信がない……」
「そうか。それじゃあ、河合は? 一緒に話を聞きに来たってことは、お前も、蒼井せつなという生徒を探しているのか?」
小石川は、今度は、優へと視線を向けた。優は、小石川の視線を受け止めると、背筋をピンと伸ばし、優等生然とした受け答えをする。
「私は……、実は、蒼井せつなさんのことは、全く知りません。少し前に成瀬から話を聞いて、一度会ってみようと思い、今日、せつなさんを探していました」
「そうか……」
小石川は、2人の答えを聞いて、少し困惑したような難しい顔になって、小さく唸る。
しばらく唸った後、小石川は、小さく息を吐き出すと、2人を見つめて、信じられない事を口にした。
「さっきも言ったが、蒼井せつなという生徒は、俺のクラスにはいないんだ。それで、もしかしたら成瀬の勘違いなんじゃないかと思って、お前らが来るまでに、俺は全クラスの生徒名簿を確認してみた」
浩志と優の視線が、小石川へと注がれる。それを正面から受け止めつつ、小石川は、酷く言いにくそうに、話を続けた。
「……どこのクラスにも、蒼井せつなという生徒の名前はなかった」
「そんなっ!」
浩志は思わず声を上げた。優も、驚きに目を見開きつつも、浩志ほどに取り乱すことはなく、静かに小石川へと、質問を投げた。
「先生、それは本当ですか? それこそ、見落としということは?」
優の質問に、小石川は首を振った。
「まず、ないだろう。これは、あまり生徒に言う事ではないが、うちの学校で管理している生徒名簿には、いくつかの並び順による生徒名簿がある。例えば、クラス順とかな。その名簿をざっと見ただけなら、もしかしたら、見落としということもあるかもしれないが……」
小石川は、そこまで言うと、言葉を切り、持ってきたスクラップブックから2枚の紙を取り出した。
「これは、全校生徒を学年関係なく、名前順にしてあるものだ。念のため、高等部の名簿も持ってきた。本来なら、生徒には見せないものだから、他の誰かには言うなよ」
そう言いながら、小石川が示した紙には、それぞれ、中等部と高等部の「あ」から始まる生徒の名前が記されていた。
その紙を、浩志と優は食い入るように見つめた。しかし、小石川が言ったように、どこにも「蒼井せつな」という名前を見つけることができたなかった。
優は、名簿から視線を外すと、浩志の顔を見る。彼は、困惑したように眉根を寄せていた。
「どういうことだ? 名前が違うのか? でも、だって、せつなが自分で……」
浩志は、ぶつぶつと口の中で疑問を呟き、視線を彷徨わせる。しかし、それで疑問が解決するはずもなく、彼の隣に座る優は、小石川へと助けを求めた。
「あの、先生。どういうことでしょう? 確かに、先生の言う通り、蒼井せつなさんの名前は、名簿に無いようですけど……」
彼女は言葉を切ると、チラリと浩志の方へと視線を投げる。彼はまだ信じられないのか、名簿を隅々まで確認していた。そんな浩志から視線を外し、小石川へと視線を戻すと、優は、はっきりと言う。
「成瀬が言っているように、偽名を名乗られたということも考えられますが、でも、先生は、せつなさんの名前に心当たりがあるようでした。そうでしょ?」
小石川をしっかりと見つめて問う優の視線から逃れるように、小石川は、腕を組み、天井を仰ぎ見る。目を瞑り、眉を顰めて何かを考えるかのように沈黙を続けたが、やがて、大きく息を吐き出すと、目を開けた。
「成瀬。これを見てくれ」
小石川は、スクラップブックを開き、あるページを示した。どうやら、新聞記事だと思っていたそれは、A4用紙1枚に書かれた校内新聞のようだった。開かれたページは、先ほど職員室で小石川が見ていた箇所のようだ。
浩志は、目の前に開かれたページへと目をやり、すぐに、その目を大きく見開いた。
その記事の中央辺りに掲載されている写真には、花壇を背景にした、男女4人の生徒の姿があった。モノクロ印刷のため、顔がはっきりとは分からないが、それでも、他の3人よりもかなり背丈が低く、肩ほどまである髪を二つに分けて縛っている少女の姿に、彼は見覚えがあった。
「こいちゃん! コレ! こいつだよ。せつなは!」
浩志は、興奮気味に写真を指さす。隣から記事を覗き見ていた優も、浩志の声に、思わず小石川を見た。
浩志の反応に、小石川は、机に片肘をつき、さらに難しい顔になりながら、人差し指で、自身のこめかみ辺りをトントンと叩いた。
「やっぱり、そうか……。でも、なんでだ?」
独り言のように小石川は小さく呟く。
「こいちゃん! こいつ、せつなじゃないのか?」
「先生、この写真の人達は誰なんですか?」
浩志と優は、机の上に身を乗り出すようにして、困惑気味の小石川に詰め寄った。
そんな2人を、小石川は、自身も混乱してはいたが、とりあえず宥めすかす。
「俺だって、何が何だか。まぁ、とりあえず、落ち着け」
「だって、こいちゃん! せつなの事は知らないって……」
小石川の言葉など全く聞かない浩志は、混乱した気持ちのままに言葉を吐き出し続ける。そんな浩志を、隣に座る優が、彼の腕を掴みながら、制す。
「ちょっと、成瀬。一旦、落ち着いて。小石川先生は、知らないなんて、言ってないでしょ! この学校に、《《せつなさんはいない》》って言っただけ。先生は、せつなさんについて何か知ってるわ。ね、そうでしょ? 先生」
最後は小石川に向けて言うと、先を促すように、優は小石川をじっと見つめた。彼女の言葉に、浩志も、はっとしたように小石川を見る。2人に見つめられて、小石川は、はぁと深くため息を吐くと、何かを決意したかのように1つ頷いてから、口を開いた。
「ここ、日付を見てみろ」
そう言って、小石川は、校内新聞の最上部を指でコンコンと叩き、指し示す。2人は言われたとおりに、日付を確認する。そして、2人そろって眉根を寄せた。
「……これは、15年前まで、高等部に存在していた新聞部の記事だ。新聞部は廃部になってしまっていたが、運よく、記事のスクラップが図書館に保管されていたので、借りてきた」
そう説明する小石川に、優は、不思議そうに確認する。
「どうして先生は、この記事に、私たちが探しているせつなさんが載っているのを知っていたのですか? と言うよりも、どうして先生は、この記事の存在を知っていたのですか?」
優の息つかぬ質問に、小石川は少し気まずそうな表情を見せながら、もう1人の男子生徒と肩を組み、やんちゃな笑顔でピースサインをする、モノクロ写真の中の少年を指した。
「……ここに写っているのは、俺だ」
「えっ? こいつ? こいちゃんなの? こいちゃん、ここの卒業生なのかっ?」
浩志は、小石川の言葉に、写真を指差しつつ、小石川と写真を見比べる。
「おい、成瀬。先生に向かって、こいつはないだろ」
「ああ。ごめん。え? でも、本当にこいちゃんなの?」
浩志は、頭に手をやり、しまったという顔をしながら、軽く小石川に謝る。
しかし、謝罪よりも、衝撃の方に気を取られ、謝罪もそこそこに、無遠慮に、写真と目の前の人物をジロジロと見比べる。
そんな視線に、居心地悪そうに眉を顰める小石川は、さらに驚く事を口にした。
「それから、こっちは蒼井先生だ。プライバシーの問題もあるから、本来なら言うべきではないんだろうけど……」
そう言いながら、小石川は、優のように、髪を高い位置で結んで、ふんわりとした笑顔を浮かべている少女を指した。少女は、髪を二つに分けて縛っている背の低い少女としっかりと手を繋いでいる。
「えーっ! 蒼井ちゃんも卒業生なの!? って言うか、蒼井ちゃんかわいいー! マジ、美少女!! ね、成瀬」
今度は、優が、驚嘆と称賛の混じったような声を上げながら、浩志に、感想を述べているのか、同意を求めているのか分からない口調で言葉を投げる。
彼は、そんな優の言葉には答えず、驚きのままの表情で、優と小石川を交互に見た。
「ちょっと、待て。この人が蒼井……先生ってことは、コイツは……」
浩志の言葉に、はしゃいでいた優も口を閉じて、何かに気がついたように小石川を見る。
小石川は、2人の視線から、聞きたい事を察したようだったが、それには答えず、さらに写真の中の人物の説明を続けた。
「それから、俺と肩を組んでいるこいつは、今井正人。俺の友達で……蒼井先生の恋人だ」
「きゃー! なにそれ!? つまり、蒼井ちゃんは、学生の時からの恋人と結婚するってこと!? なにそれ! なにそれ! マジ、憧れるんだけど!! ねぇ。成瀬。いいよね〜」
女子中学生に、色恋の話は禁物である。一度は収まったはずの優の興奮は、恋人というキーワードで大爆破した。本来の目的など、サラリと忘れて、1人でキャッキャと、はしゃいでいる。
興奮気味の優の相手はせず、浩志は、小石川を問い質す。
「こいちゃん! じゃあ、こいつは? こいちゃん達と一緒に写ってるってことは、せつなじゃないのか?」
小石川は、一度目を伏せると、優の方へと視線を送り、呆れたような声を出す。
「河合。言っておくが、この頃のコイツらは、付き合ってないぞ。付き合い始めたのは、もっとずっと後だ。この頃のアイツらは、ただの部活仲間」
「え〜。そうなんですかぁ〜? ちょっと残念。いや、でも、数年後に再会して、結婚ってのも良いですね。うん。アリです! アリ!」
優の思考は、完全にピンク色に染まっているようだった。
何処か浮ついた感じの優を他所に、浩志は、痺れを切らしたように、写真に写る二つ結びの少女の顔を、指でトントンと叩く。
「なぁ。こいちゃん。蒼井のカレシの話なんかいいからさ、コイツのこと教えてくれよ!」
そんな浩志に、小石川は、渋い顔を一瞬見せる。彼は、出来ることならば、話題にしたくないという本心は、表に出さないものの、違う話題でのらりくらりと時間を引き延ばして、核心に触れるのを先延ばしにしていた。しかし、話さざるを得ないことも、また分かっては、いた。
「おい、成瀬。ちゃんと“先生”を付けろ。蒼井《《先生》》! いいな!」
「……おう」
教師らしく、浩志に注意をしながら、彼の真実を知りたいという気持ちには、もう余裕は無いだろうと察した小石川は、話すしかないと腹を括った。
「俺と蒼井先生は、……実は、幼馴染なんだ」
唐突に、自身の話を始めた小石川を、浩志と優は、黙って見つめる。多くの生徒たちから慕われる、彼のトーレドマークでもある潑剌とした笑顔は、今は封印され、何処か強ばった面持ちのまま、彼は話を続けた。
「家が近所でな、小さな頃から良く一緒に遊んでいた。俺と蒼井先生と、それから……この子」
小石川が、二つ結びの少女を指す。小石川の言葉に、浩志がゴクリと生唾を飲み込んだ音が、微かに室内に響いた。
「この子も俺の幼馴染……永香の……蒼井先生の3歳下の妹だ」
「……3つ下……じゃあ今は、こいちゃん達と同じくらいの大人……だよな……?」
誰に聞くでもなく、浩志の口から漏れた落胆の色をした疑問に対して、小石川は静かに答えた。
「…………生きていればな」
「!! それって……」
小石川の言葉に、浩志は目を見開く。
「……この子は……この写真を撮った3日後に、病気で亡くなったんだ」
「……そんな……まさか……」
小石川は、未だはっきりと語らずにいたが、それでも、もしかしたらという、予想に愕然としている浩志の代わりに、優が声を上げた。
「小石川先生! この子の名前は?」
優の問いに、小石川は、目を伏せ、静かに答えた。
「……蒼井……せつな」
生徒指導室を後にした浩志と優は、先程、小石川教諭から聞いた話と、現実がうまく噛み合わず、どこか、地に足つかぬ感覚のまま、ぼんやりと校内を歩いていた。
「ねえ。成瀬?」
張りのあるいつもの声はどこへ行ってしまったのか、力のない優の声は、どこかふわっとしていた。
そんな力無い声は、ぼんやりと自分の意識下に沈み込んでいる浩志の耳までは届かず、優の口から発した瞬間に空気中に散り、溶けてしまう。
2人の間には、お互いの声が届かない程の分厚い沈黙の壁があるようだった。
しばらく、沈黙のまま、どこへ行くともなしに歩いていた浩志たちは、中庭の見える渡り廊下へと来ていた。
廊下の壁にもたれ、どこを見るともなしに、ぼんやりとしている浩志の腕に、優はそっと手を当てた。
彼は、一瞬ビクリと肩を振るわせたが、それが優の手の温もりだと気がつくと、やがて、ぼんやりとしていた焦点も合ってきたようだった。
幾分か、浩志が表情を取り戻したのを見てとった優は、遠慮がちに彼に声をかける。
「ねえ。成瀬? 小石川先生の話が本当だとしたら、蒼井せつなさんという人は、もういないはずよね?」
「……ああ」
「でも、成瀬は、蒼井せつなさんに会ったのよね?」
「……ああ」
「しかも、15年前の姿のせつなさんに会っているのよね?」
浩志は、何かを考えるように、優と合わせていた視線をするりと外すと、中庭を見つめた。
「……ああ。こいちゃんの話だとそうなるな」
「それって……せつなさんは、幽……」
「っ!」
優の言葉を遮るようにして、浩志が鋭く息を呑む音がした。
彼の視線の先を辿るようにして、優も視線を中庭へと滑らせると、そこには、肩ほどまである髪を二つに分けて縛り、幾分か大きめの真新しい制服を着た少女の姿があった。少女は、花壇をじっと見つめている。
恐らく浩志も、少女の姿を目にしたのだろう。
優が口を開くより早く、彼は駆け出した。優も慌てて、浩志の後を追う。
中庭へ飛び出すと浩志は、鋭く声を発した。
「せつな!」
浩志の声に、花壇を見つめていた少女が振り向いた。浩志の背中越しに、少女の顔を見た優は、先程目にしたばかりの、白黒の少女の写真と瓜二つの顔に思わず、目を見開き、立ち止まった。
突然、息を切らして現れた浩志と優を、せつなは、無表情のまま見つめ続けている。
3人の周りだけが時が止まったかのように、誰一人動くものはいない。
どれだけ、そうして居ただろうか。
沈黙を破ったのは、意外にも、せつなだった。
「なに?」
無感情に、響くその声を聞いた優は、目を見開いたまま、何を言うでもなく、ただ口をパクパクと開閉している。
浩志は、せつなの顔を見つめたまま、眉を顰め、真一文字に固く結んだ口を開こうとしない。
「俊ちゃんから、聞いたんでしょ?」
再びせつなの声が中庭に響く。
「……俊……ちゃん?」
ようやく重い口を開いた浩志は、聞きなれない呼び名に戸惑いながら、その名を口にした。
「小石川俊輔先生。あなたたちがさっきまで一緒にいた人」
「じゃあ、やっぱりお前は……」
淡々と話すせつなの言葉の数々が、浩志の脳内を刺激する。
「お前って言わないでってば! せつなには、せつなって言う名前がちゃんとあるんだから!」
なかなか感情を表さないせつなだが、唯一、自分の呼び名についてだけは、感情を剥き出しにする。
そんないつも通りのやり取りに、つい可笑しさが込み上げてきた浩志は、ぷっと吹き出す。そして、まるで張り詰めていた糸が切れたかのように、勢いよくせつなの側へ駆け寄った。
「悪い。せつなは、せつなだよな」
せつなの口癖を真似た浩志は、1人ケタケタと笑っている。
そんな浩志の様子に、優の周りの張り詰めた空気も幾らかは緩んだが、それでもまだ、彼女の足元は、その場から離れる事なく地面に張り付いたままだった。
優の様子をチラリと見やり、浩志は、少し離れた場所にいる優にも聞こえるように、ハッキリと声を出す。
「せつなは、もう知ってるみたいだけど、俺たちは、さっき、こいちゃん……小石川先生に、15年前のせつなと、こいちゃんと、それから、蒼井……先生の写真を見せてもらった。……その……せつなの事も……聞いた」
「そう」
せつなは、浩志の話をサラリと聞き流す。せつなの目は、もう、花壇へと向けられていた。相変わらずの無表情からは、今、少女が何を思っているのかは汲み取れない。少女の気持ちを推し量れない浩志は、言葉を重ねることで、少しでも、少女の事を知りたいと思った。
「俺さ、あんま頭良くないから、何をどう言って良いのか、そう言うの、良く分からないんだ。だから、単刀直入に聞く」
そう宣言をした浩志は、一旦言葉を切ると、大きく深呼吸をしてから、せつなの横顔をしっかりと見つめた。
「せつなは……その……幽霊なのか?」
浩志の問いに、せつなは、少し寂しそうに微笑み、小さく頷いた。
「……一般的にはそういわれる存在だと思う」
「だと思う?」
浩志は、少女が自身を幽体であると肯定したことよりも、曖昧に濁した言葉尻が気になった。
そんな彼に、せつなは、寂しそうな横顔を見せながら、小さく頷く。
「周りの人たちに、せつなのことは、見えないから、幽霊と一緒。でも、正確には、今のせつなは、『ココロノカケラ』って言うんだって」
せつなは、そう言いながら、しゃがむと、まだ生えたばかりの緑の絨毯を、愛おしそうに、そっと撫でる。地上に顔を出したばかりの青葉たちが嬉しそうに、フワリと揺れた。
「ココロノカケラ?」
せつなの言葉を、浩志は、鸚鵡返しのように、口の中で転がした。
そのまま、2人の間には、沈黙の幕が降り始める。
沈黙をもって2人の会話が終わりかけた時、それを遮ったのは、2人から少し離れた場所に立ち尽くしていた優だった。
「私にも、せつなさんの姿、見えてるよ。それに、せつなさんには、足がある! せつなさんは、幽霊とは違うよ!」
突然の優の力説に、せつなの顔は、珍しくポカンとしていて、少しマヌケな顔になっていた。
「えっと……」
少女が返す言葉に詰まり、視線を彷徨わせているうちに、優は、それまで彼女を繋ぎ止めていた足枷が無くなったかのように、軽やかに駆けてくると、勢いよくせつなの隣にしゃがみ、ガシリとせつなの腕を取った。
「ほら! せつなさんに触れるもの。あなたは、幽霊なんかじゃない」
そう言って、優は、ニッとせつなに笑いかける。
「あの……ありがとう」
優に笑いかけられたせつなは、咄嗟に俯きつつ、それでも小さな声で、礼を述べる。その声は、どこか明るく、嬉しそうだった。
そんなせつなの様子をニコニコと見ながら、優は自己紹介をした。
「私、河合優。成瀬の友達。で、これからは、せつなさんも友達」
優の言葉に、恥ずかしそうに顔を伏せていた少女は、バッと音がするほどに、勢いよく顔を上げた。
「とも……だち……?」
「そう。ダメ?」
目をパチクリとさせる少女に、優は、勢い良く言う。
「私、最初は、せつなさんのこと怖かった。全然得体が知れないし、小石川先生の話を聞いて、幽霊だって思って……それに、成瀬のことだって……」
そこまで言って、優は、チラリと浩志へと視線を向ける。彼は、突然の優の行動に、呆然としているようだった。
「変な女に騙されてたら、正気に戻さなきゃって思ったけど、あなたは、多分大丈夫。なんかそんな気がする」
優は、自身に言い聞かせているのか、それとも、せつなに言い聞かせているのか、あるいはその両方なのか、とにかく、やたらとせつなの存在を肯定している。
そんな優の隣で、せつなは、恥ずかしそうに俯きながらも、嬉しいのか、ほんのりとはにかんでいる。
「ともだち……」
「そう! いいよね?」
念押しのように言い寄る優に、少し困惑しながらも、せつなは、小さく肯いた。しかし、すぐに何かに気がついたように、激しく頭を振る。
「やっぱりダメ」
「どうして? 私が友達じゃ、いや? 成瀬だけがいい?」
「……そういうことじゃなくて……」
「じゃ、どうして?」
優は、小さな子を諭すように、やけに猫なで声で、せつなの言葉を引き出す。
「お姉さんは、優しい人なんだと思う。突然現れた、せつなのことを、怖がらずにいてくれる。ともだちになろうって言ってくれる。でも……でも、どうして? どうして、そんな事がサラリと言えるの? だって、せつなは……」
そこで言葉を切って俯いてしまったせつなの言葉を、優は引き継ぐ。
「人間じゃないのに? あなたがココロノカケラってやつだから?」
優の言葉に、せつなは、顔を上げずに小さく肯く。
「どうしてかな? それは自分でも分からない。今でも、幽霊に遭ったら逃げ出しちゃうかもしれないし、最初はせつなさんのこと怖いと思ったし。でも、さっき寂しそうなせつなさんを見たら、声かけなきゃって思ったんだよね」
そんな優の言葉に、せつなは、今にも泣き出しそうな顔で優を見上げた。
「せつなのこと、怖くない?」
「怖くないよ」
優は、せつなの瞳をしっかりと捉えて、ゆっくりと首を振る。
「ほんとに、せつなと、ともだちになってくれるの?」
「もちろん! ね、成瀬!」
力強く肯いてから、優は勢いよく振り返り、浩志を振り仰ぐ。
「お? おお!」
突如として話を振られた彼は、ドギマギとしながらも、右手の親指をしっかりと立てて答える。
「ふふ。ありがとう」
せつなは、瞳に溜まった宝石のような涙の粒をスッと拭うと、まるで、一瞬でそこだけ春の盛りになったのかと思うほどに眩い飛び切りの笑顔を見せた。
3人はそれぞれ顔を見合わせると、楽しげに声を上げて笑い合う。
ひとしきり笑ったあと、思い出したかのように、ふと浩志が声を上げた。