職員室の扉を軽くノックし、優は入室の挨拶をする。

「失礼しまーす!」

 優に続き、浩志は無言で室内へと入る。職員室は彼にとっては苦手意識のある場所で、できれば足を踏み入れたくないと常々避けて通る程だ。彼は居心地が悪そうに肩を窄めて優の後に続く。

 コーヒーの香りが微かに香る大人たちの領域も、一年間の最後の予定である修了式を終え、どこかいつもよりものんびりとした空気が漂っていた。

 わっと談笑の声が上がり浩志が思わずそちらの方へ目を向けると、社会科の蒼井教諭が向かいの席の教諭らと楽しそうに話をしていた。

(蒼井が、せつなの姉ちゃん?)

 優の立てた仮説が浩志の頭を()ぎる。せつなが、時折見せるはにかんだ様な控えめな笑顔が蒼井教諭の顔に重なった。浩志は彼女が何歳なのかは知らなかったが、大人の女性であるはずの蒼井教諭が少し幼く見えた。

(まさかな)

 浩志は蒼井教諭から視線を外すと、先を行く優の背中を黙って追いかける。

 小石川教諭は蒼井教諭のいる場所よりも奥の席で、一人マグカップを傾けながら何かを読んでいた。スクラップされた新聞記事のようだ。

「小石川先生」

 優が声をかけると、小石川はハッとしたように記事から目を上げた。

「河合か」
「あの、さっきの話の続きを……」

 優の言葉を聞き、小石川は彼女の後ろに隠れるようにして立つ浩志へと視線を向ける。それから、職員室の中を見廻すとガタリと席を立った。

「場所を変えようか」

 小石川は机の上に広げたままになっていたスクラップブックを手にすると、職員室の扉へと向かう。浩志と優は静かにその後に続いた。職員室を出た三人は、すぐ隣の生徒指導室へと入る。小石川の対面に浩志と優が座ると、小石川は静かに話し出した。

「成瀬。確認するが、蒼井せつなという名前の生徒を探していると言う事で間違いないか?」

 小石川は浩志の顔をしっかりと見て問いかける。

「うん。そう」

 浩志は職員室よりも幾分慣れ親しんでいる生徒指導室の雰囲気に、先ほどまでの萎縮した態度から一変リラックスした様子で答えた。

「そうか。だがな、校庭で聞かれた時にも言ったが、俺のクラスにはそういう名前の生徒はいないんだよ。お前の探している生徒は、本当に俺のクラスの奴か?」

 小石川の問いに、浩志は肩を竦めた。

「そうだと思ってたんだ。いつも一年二組の教室に居たから。でも、思い返してみると、本人がそうだと言ったことはなかった。だから、今は自信がないんだ」