優が浩志の隣に辿り着いた時には、ほとんどの生徒は校庭から移動し昇降口へと吸い込まれていた。

「居た?」

 優の問いかけに、浩志は無言のまま首を傾げながら肩を竦める。そんな折、彼らを急かすように声が掛けられた。

「成瀬〜。河合〜。お前ら、早く教室へ戻れよ」
「こいちゃん!! ちょうど良かった。ちょっと聞きたいことが」
「なんだぁ成瀬。今日も俺を手伝ってくれるのか?」

 マイクスタンドを畳みながら、集会の後片付けをしている小石川が冗談めかしたように笑う。それを浩志は軽くあしらいながら早口に質問した。

「ちげーよ。あのさ、こいちゃんのクラスの蒼井。今日来てた?」

 浩志の問いに小石川は片付けの手を止め、少しだけ眉根を寄せる。それから不思議そうに言った。

「アオイ? うちのクラスにそんな名前の奴いないぞ。他のクラスと間違えてないか?」

 浩志と優は思わず無言で顔を見合わせる。その隙に、機材を纏めた小石川が彼らを急かしつつ自身も校舎へ向かって歩き出した。

「こいちゃん。本当に、こいちゃんのクラスにいない? 蒼井せつなって奴」

 浩志の問いに、小石川は心外だと言わんばかりに声を上げる。

「あのな〜。自分のクラスの生徒の名前くらい……ん、待てよ? 名前なんだって?」
「蒼井せつな」

 その名を耳にした小石川は驚きを隠せない様子で目を見開いた。

「お前、なんでその名前……。あ〜、今は時間がないか! 後で、俺のところへ来い。いいか! 必ず来いよ」

 今年度最後の成績表を手に、生徒たちは楽しそうに成績を見せ合ったり、これからの休みの計画を口にしながら、それぞれ教室を飛び出していく。そんな中、最後まで教室に残った浩志と優は、成績表を見せ合うことも、休みの計画を口にすることもなく、ただ窓辺にもたれ掛かりながら、二人して中庭を見下ろしていた。

 少し前までは茶色一色の殺風景だった中庭には、緑の絨毯が広がり始めている。せつなが執着していたあの花壇にも、柔らかそうな緑がそこかしこに見えた。

(もうあんなに……植物の成長って早いんだな。全然気にしたことがなかった。でも、まだ花は咲いてないか)

 浩志がぼんやりとそんなことを考えていると、隣にいる優が控えめに声を出した。

「ねぇ、小石川先生、なんか変だったよね?」
「ああ」
「せつなさんの名前聞いて、驚いてたよ?」
「ああ」
「生徒の名前聞いて、あんな風に驚くかな?」
「さぁな」
「せつなさんってさ、一体何者なんだろう?」
「さぁな」