しかし、優はそれを振り払うかの様に、努めて明るい声を出す。
「止めてとか、来るなとか言われたの?」
「そう言うことは言われてない」
「じゃあ、大丈夫よ」
「そうなのかなぁ……」
「うん。きっとそう」
優の明るい肯定は、浩志の顔から、少しだけ影を取り払ったようだった。
「月曜日もその子に会いに行くの?」
「あ〜、たぶん」
「そっか。じゃあ、私も誘って」
「いいけど、お前、なんで?」
「成り行きっ!! 何か私も気になるってことにしておいて!!」
そう言うと、優は、目の前に見えてきたアイスクリーム屋へと、スカートを翻しながら駆けて行った。
慌てて後を追ってきた浩志が店先に着くと、優は、思い出したと言う風に口を開いた。
「そういえば、その子の名前、何て言うの?」
「蒼井……せつな……」
浩志は肩で息をしながら、優の問いに答える。
「ふ〜ん。蒼井せつなちゃんか。……お姉さんの結婚、ねぇ……」
優は、独りごちると、息の整った浩志と連れ立って、店のドアを潜った。
翌日。学校が休みの浩志は、自宅でゴロゴロとして過ごしていた。サッカー部に籍を置きながら、自称帰宅部を名乗っている浩志は、週末は、暇を持て余し気味だった。
夕刻、玄関のチャイムが来訪者を告げ、しばらくすると、浩志は、母に呼ばれた。自室からノロノロと出ていくと、玄関には、上下ジャージにスポーツバッグを肩から下げた優の姿があった。
「お、お前……どうして?」
「成瀬に話があって。ちょっといい?」
急いで来たのだろうか。優は肩で大きく息をしていた。
「ちょっと待ってろ」
そう言いおくと、浩志は、玄関横の扉を開けて、室内へと入っていく。
「母さん、ちょっと出かけてくるわ」
そんな声が聞こえたかと思うと、浩志は、お茶の入ったグラスを片手に、優の前へと戻ってきた。
「ほい」
優の前に差し出されたグラスに、目をパチクリとさせていると、なんでもない事のように、浩志は、靴を履きながら、サラリと口を開く。
「急いで来たんだろ。これ飲んで、ひと息つけよ」
「あ……ありがと」
優は、俯きがちに、目の前のグラスを受け取った。彼の何気ない優しさの詰まったお茶は、彼女の喉だけでなく、心の隅々までも潤してくれるようだった。
グラスの中のお茶を一気に飲み干し、小さく息をつくと、優は、浩志に向かって、ペコリと頭を下げた。
「ごちそうさま。コレ、どうしよう?」
空になったグラスを顔の高さまで持ち上げながら、小首を傾げると、浩志は、それを無造作に受け取り、壁際に設置された、腰の高さほどの下駄箱らしき棚の上に置く。
「行こ」
ぶっきらぼうに言い放ち、浩志は、玄関のドアを押し開ける。優は、慌ててその背中を追いかけつつ、室内に向かって声をかけた。
「お茶ごちそうさまでした〜。お邪魔しました〜」
優が浩志の家を出ると、彼は、Tシャツにハーフパンツという、ラフな出で立ちで、ポケットに両手を突っ込み、手持ち無沙汰というように、優を待っていた。
「どこに行くの?」
優が声をかけると、浩志は、優の少し先を歩き出した。
「近くに公園があるんだ。そこでいいか?」
「あぁ、うん。私は、どこでも。なんなら、成瀬の家でも良かったけど?」
優が冗談めかしていうと、浩志は、ほとほと困ったように頭を掻きながら、口籠る。
「……いや、家はちょっと……」
「何なに〜? 部屋汚いとか?」
「ちげーよ!」
相変わらず、浩志は、短気に声を荒げる。
「女子なんか部屋に入れたら、めんどくせぇから」
浩志は、そっぽを向いてボソリと言う。
「めんどくさい?」
優は、彼の言葉の意味するところが分からず、コテリと首を傾げる。そんな彼女の仕草を見て、浩志は、もどかしそうに、口を窄めた。
「……親がうるさい……」
「ああ。確かに。確かにそうだね」
彼女は、自分から彼の家に押し掛けたことなど忘れたかのように、眉間にシワを寄せ、納得と同情の入り混じった相槌を大きく打つ。思春期の彼らにとって、親の干渉は、回避すべき事案でしかないようだった。
数分歩くと、目指す公園にたどり着いた。そこは、小さなブランコと、鉄棒、それから、木蔭に置かれたベンチ以外は、なにも無いこじんまりとした公園だった。夕刻ということもあり、公園に人影はなく、ひっそりと静まり返っている。
「ここ」
それだけ言って、浩志は、公園の小さな門を通り過ぎ、中へと入っていく。優も後からついていくと、彼は、木蔭のベンチへは向かわず、鉄棒の方へと歩を進めていた。
「ねぇ。ベンチ座らない?」
優が声を掛けたちょうどその時、彼は、鉄棒に手をかけ、素早くクルリと逆上がりをすると、体を鉄棒の上へと持ち上げていた。そして、そのまま、それを跨ぎ、器用に鉄棒の上に腰掛けた。
「ん〜、ベンチはまだちょっと寒いかな」
浩志は、部屋着のまま外へ出てきているので、いくらか春めいてきたとはいえ、夕刻の木蔭は確かに、肌寒いだろう。そのことに思い至った優は、それ以上は何も言わず、浩志が腰かける鉄棒へと歩み寄ると、支柱に背を預けるようにして寄りかかり、空を見上げた。
浩志の自宅や、今いる公園は、小高い場所にあり、頭上を遮る物がないためか、いつもよりも空が広かった。青よりもオレンジ色の面積が増え始めた空は、何だか幻想的で、彼女は、その部分だけを切り取りたくなり、片目を瞑ると、両手でフレームの形を作り、それを空に向けて、覗き込んでみた。
ぼんやりと、空のグラデーションに見入っていると、頭上から浩志の声が降ってきた。
「それで、話ってなんだよ?」
「えっ? ああ。そうだった」
彼女は、本来の目的を思い出すと、視線を正面へと戻し、くるりと体の向きを変えて、鉄棒にもたれかかる。
「今日、部活のときに、先輩に聞いたんだけど……もしかしてと思って……」
「何が?」
話の意図がつかめずに、浩志は、彼女に話の先を促した。
「昨日、成瀬が待ち合わせをしていた子の名前は、蒼井せつなさんよね?」
「ああ。別に、待ち合わせってわけじゃないけど……まぁ、そう」
「その子、お姉さんの結婚式に花を送りたくて、今、準備しているのよね?」
「う〜ん。結婚式に送りたいのかどうかは知らないけど、結婚のお祝いにするつもりみたいだぞ」
優の質問の意図が全く読み取れないまま、浩志は、彼女から投げられる質問に淡々と答える。
「成瀬はさ、蒼井さんのお姉さんを知ってるの?」
「ん? いいや、全く」
「名前も知らない?」
「ああ」
「そう……」
そう言うと優は、思案顔で、浩志の顔をしばらくの間見つめていたが、何かを決めたかのように、口元を一度キュッと結ぶと、口を開いた。
「あのね。確証はないの。でも、もしかしたらと思って……」
「だから、何がだよ?」
「……あの……ね、蒼井さんって、もしかして、蒼井ちゃんの妹さんなんじゃ……?」
「えっ?」
浩志は、彼女の言葉に驚いたように鉄棒の上で目を見開く。それから、彼はポカンと口を開けたまま、中空を見つめていたが、やがて、勢いよく、鉄棒から飛び降りると、手をパンパンと払いながら、いかにも訝しむように、優を見た。
「蒼井ちゃんって、社会科の蒼井のことか?」
「うん。そう。蒼井永香先生」
浩志の問いに、優は真剣な表情で答える。
「それ、誰かに聞いたのか?」
「ううん。私が勝手にそうかなって思っただけ」
「その根拠は?」
「蒼井ちゃん、来週の日曜日が、結婚式なんだって! さっき、先輩に聞いたの。ほら、前に話したことあるでしょ? 蒼井ちゃんが、もうすぐ結婚するって。覚えてない?」
「ああ。そう言えば、そんな事言ってたな。それで、他には?」
浩志は、1ヶ月ほど前に優から聞いたことを思い返しつつ、腕を組みながら、彼女に向けて、先を促すように顎をしゃくる。しかし、優は、首を振り、視線を足下へと落とす。
「……それだけ……」
「は? それだけ?」
「うん。それだけ」
「お前なぁ〜。それだけって、蒼井が、もうすぐ結婚するって事だけが根拠なのか?」
「……うん」
浩志は、呆れたようにため息を吐く。そんな彼に、優は唇を尖らせながら、言い募る。
「でも、だって。そんな気がしたんだもん」
「共通してるのなんて、蒼井って名前と、もうすぐ結婚ってことだけだろ。そんなの根拠として弱すぎるだろ……」
「でも……そんな気がして………私、成瀬に、早く知らせなきゃって思って……」
「そもそも、蒼井に妹いるのかよ?」
「……えっ? あ〜、どうだろう?」
浩志は、はてと首を傾げる彼女の姿に、がっくりと肩を落とす。
しかし、そんな事は、本人に確認してみればわかる事なのだからと、彼は気持ちを切り替えた。
「まぁさ、蒼井の妹かどうかは、せつな本人に聞けばわかる事だしな。月曜にでも聞いてみるか」
「私も一緒に行く!」
彼の言葉に、優は、勢いよくビシッと手を挙げながら、浩志に詰め寄る。
「お、おう」
浩志は、彼女の勢いに押されて、半歩、体を退け反らせながらも、なんとか反応した。
「それは、別に良いけど、お前、昨日は、あんなにビビってたのに、なんでそんなに、前のめりなんだよ?」
優の少々強引にも思える姿勢に、彼は、呆れたように疑問を口にする。
夕陽に照らされ、頬を赤く染めた優は、彼の言葉に、少し鼻息を荒くしつつ、小さく口をパクパクとする。声にならない声を数瞬吐き出していたが、やがて、声を絞り出した。
「……だって、嫌なんだもん」
優は、鉄棒を握りしめ、項垂れる。そんな優に、彼は、無機質に問いかける。
「何が?」
「……」
自分の胸の内を言葉に出来ず、押し黙ってしまった彼女を見ながら、彼は、面倒臭そうに大きく息を吐き出した。
「ったく、なんで女は、そうやってすぐに黙るんだよ」
彼のこの不用意な言葉に、優は、ピクリと肩を震わせて反応すると、酷く傷ついたように顔を歪め、彼を睨む。
「……一緒にしないでっ!!」
優は、瞬時に湧き上がった怒りを抑えることが出来ずに、剥き出しのまま、彼にぶつけると、怒りの勢いそのままに、公園の出口へと駆けて行ってしまった。
浩志は、1人公園に残され、しばらく呆然としたのちに、今日何度目かになるため息を吐いた。
「ったく。なんだよあれ。誰と一緒にするなって……」
浩志は、ぶつぶつと不平を溢しつつ、1人自宅へと戻って行った。
月曜日。修了式が行われる中学2年の最後の登校は、常日頃、遅刻魔と化している彼でも、時間を守るようだった。
浩志は、タラタラと学校へと続く坂道を上っている。
1ヶ月前に比べると、随分と柔らかくなった朝の空気が、眠くて蕩けそうになっている彼を包み込む。
暖かくなった空気を、ふわりとかき混ぜるように風が通り過ぎると、街路樹たちが一斉にささやき始めた。
サワサワと小さく響く音に、あくびを噛み殺しながら、顔を上げると、正門に見慣れた人影がある事に、浩志は気がついた。
坂を上りきり、正門前で佇む優の姿を、正面から視界に入れる。
先日の公園での別れが脳裏に蘇り、彼女になんと声をかければ良いのだろうかと、しばし思案する。
彼は、気まずさから、かける言葉が見つからず、意味もなく「あ〜」と軽く声を出す。視線を彷徨わせていると、校舎にかけられた、校内スローガンの幕が、風に揺られてバタバタと音をたてていた。
『おはようは 距離を縮める 合言葉』
正門から見えるように掲げられているそのスローガンは、まるで、彼に主張しているかのように、大きな文字をくねらせている。
「……あの」
とりあえずは、挨拶をしなくてはと思い立ち、彼が口を開きかけた。しかし、一瞬早く、優が、殊更大きな声で挨拶をする。
「成瀬! おはよう!」
おそらくは、彼女も先日の事を気にしていたのだろう。挨拶をしたその顔は、笑顔で満たされているが、それはどこか強張っているように見えた。
なんとか、浩志との間に出来てしまった溝を埋めようとした、彼女なりの行動だったのだろう。
そんな彼女の心持ちが嬉しくもあり、また、周りの目がある中での待ち伏せに恥ずかしくもあり、浩志は、素直に挨拶をすることがなんだか照れくさくて、顔を伏せた。
「……おう……」
挨拶とも相槌とも取れない声を出しながら、優へ小さく頷くと、彼はそのまま彼女の横をすり抜けた。
そんな彼の素っ気無い態度であっても、彼との接触が嬉しかったのか、彼女の笑顔は、幾分和らぎ、少し先に正門を潜った彼の背中を飛び跳ねるようにして追いかける。
「ねぇ、成瀬? 私、あれから考えたんだけどね……」
優は、浩志の隣に並びながら、声をかける。
「何を?」
「蒼井せつなさんのこと」
「せつなのこと?」
浩志は下駄箱につくと、靴を履き替えながら、不思議そうに優の顔を見た。
「うん。もしね、もし本当に、私の考えた通り、せつなさんが、蒼井ちゃんの妹だったとして、どうして、今まで、全く誰からも、そう言った話が聞こえてこなかったんだろうって思ったの。だって、先生の妹だよ。絶対どこかしらから、噂が立つだろうに……」
優の言葉に、浩志は、呆れたようにため息を吐くと、教室へと向かって歩を進めた。
「だから、それは、お前の勘違いだからだろ? たまたま同じ苗字ってだけのことだって」
浩志は自身の説が正しいと言わんばかりに、優の仮説を一蹴するが、彼女は、何故だか不満顔のままだった。
「成瀬の考えも、なくは無いとは思うんだよ。だけど、どうしても、引っかかるの。苗字が同じってだけならまだしも、結婚の時期まで同じってなると、私の意見も、ただの妄想では無いような気がするのよね」
優は、どうやら、先日から、その事が頭から離れなかったようだ。
「私ね、なんだか、私の考えが間違っているような気がしなくて、私なりに、せつなさんのこと調べてみたの」
「調べてって……お前何したんだよ?」
優の言葉に、浩志は訝しそうに眉根を寄せて、彼女の顔を見た。幾分険しい彼の顔色に、彼女は慌てて、言葉を言い直す。
「ああ、えっと……調べてって言っても、部活の後輩に、せつなさんの事を知っているかって聞いてみただけよ」
優は自身の顔の前で、手をヒラヒラと振って、大した事はしていないと、彼の視線を散らす。
「それで?」
彼女の動きに少しばかりの苛立ちを覚えつつも、浩志も、せつなの事については、殆ど何も知らないため、彼女の話に興味を引かれた。
彼が、自分の話を聞く姿勢を見せた事に優は安堵するとともに、先を話す事に、小さな不安を覚える。
「それがね……」
「何だよ?」
口籠る優に、浩志は話の先を促した。
優は、たっぷりと間を置いたのちに、不思議そうに口を開いた。
「誰も、せつなさんの事を知らないって言うのよ」
彼女の言葉の意味がよく分からないのか、浩志は小さく首を傾げる。
「どういう事だよ?」
「私にもよく分からないの。せつなさんは、1年2組なのよね?」
「そうだと思うぞ」
「間違いない? 他の学年の子とか?」
「いや、いつも、1年2組の教室にいるんだし、多分間違いないと思うけど……そう言われると、きちんと本人からクラスを聞いた事はないな」
浩志は、記憶を辿るように、「う〜ん」と唸りながら、腕を組み考え込んだ。
そんな浩志の様子に、優は、更に不思議そうにしつつ、言葉を繋げる。
「せつなさんのことを聞いた後輩の中に、1年2組の子はいなかったから、もしかしたら、本当にせつなさんのことを知らないだけなのかも知れないけど……」
「けど?」
「確認した子の誰もが知らないって言うの」
「う〜ん。まぁ、あいつ、大人しそうだからな。スポーツやってる様な、お前みたいなチャキチャキしたタイプとは関わってないんじゃないか?」
優の言葉に、浩志は、思ったままを口にする。そんな彼の言葉に、彼女は思わず眉を上げる。
「チャキチャキって何よ?」
「ん? チャキチャキはチャキチャキだよ。よく喋るっつーか、よく動くっつーか」
「はぁ? 何? あんた、私のこと、貶してるわけ?」
突然、優から立ち上った怒りのオーラに気が付いた浩志は、慌てて彼女から半歩距離を取る。
「ちげーよ! 俺は、お前らと、せつなじゃタイプが違うって……」
浩志の瞬時の訂正に、優は、フンと鼻を鳴らし、ツンと顔を背ける。
そんな優の態度に、浩志は、彼女には聞かれない様に、小さくため息を吐く。
思春期女子の瞬間湯沸かし器の様な変化に、先日のことも思い出され、ついついめんどくさいと思ってしまう。
しかし、このままでは、また話が中途半端に終わってしまうので、何とか話を先へ進めようと、浩志は優に声をかける。
「俺は、ただ、タイプが違うから、仲良くしてないんじゃないかって事が言いたかっただけ。お前を貶してるとかじゃないから、機嫌直せって」
優は、浩志をジロリとひと睨みしてから、まるで怒りを吐き出すかの様に、フゥと大きく、浩志に聞こえるように息を吐き出した。
「まぁ、いいわ。せつなさんがどんな子なのか私は知らないから、タイプ云々はこの際、置いておいておくとして……」
まだ怒りを内に秘めているのか、優の声のトーンは幾分低かったが、それでも、彼女が口を開いた事で、浩志はほっと胸を撫で下ろした。
「私が言いたいのは、仲良くないから、知らないって事はないんじゃないかなって事」
「ん? どう言う事だ?」
優の言わんとしている事が、すぐには分からず浩志は聞き返した。
「確かに、仲良くなかったらその人のことはよく分からないけれど、それでも同じ学年なら、例えば、廊下で見かけるとか、体育とかの合同授業とか、友達の友達とか、誰かしら、何かしらの接点はあるもんじゃない?」
「まぁ、そうかもな……」
浩志は優の言葉に相槌を打った。
「それなのに、みんながみんな、せつなさんのことを知らないって言うなんて、ちょっと変じゃない? 名前くらい知っていても良さそうなものなのに」
「う〜ん。……もしかして……」
浩志の濁した物言いに、優は、視線で先を促した。
「……あいつ、いじめられてたりとか? ……だから、誰も知らないとか言うのか?」
「何? せつなさんって、そんな感じの子なの?」
浩志の言葉に、優は怒っていたことも忘れて、彼に近づくと、声を潜めた。
「まぁ、でも、呪いの花って言われちゃうくらいだしねぇ……あ、違うか。呪いの花は、誰が作ってるのか、みんなは知らないのよね……」
「まぁな〜。でも、せつなは、物静かだけど、結構ガツンと言う感じだしなぁ。影が薄いとかじゃないと思うし。いじめの対象になるかなぁ……やっぱ違うか」
1人でいじめ説を一蹴する浩志に、優は、解決しない疑問を投げかける。
「でも、じゃあ、なんで誰もせつなさんのこと知らないんだろう? やっぱりなんか変じゃない?」
2人は顔を見合わせ、互いに眉を寄せる。しばらくの間、小さく唸り声を上げながら、尤もらしい答えを導き出そうとしていたが、結局何も出てこなかった。
そして、浩志が先に根を上げた。
「あ〜! もう、無理。考えたって、わかるわけない。もう、今からせつなのところに行こうぜ」
「え? 今から?」
せつなについての考えをアレコレと巡らせている間に、2人は、教室へと辿り着いていた。自分の机に鞄を掛けようとしていた優は、浩志の突然の提案に驚き、鞄を取り落とす。
慌てて鞄を拾い上げ、机の上に置くと、優は、ツカツカと浩志の席へと歩み寄った。
「もうすぐ先生が来るのに、どうするのよ?」
「朝の連絡なんて聞かなくたって別に大したことねぇーよ」
どうってことないという顔をする浩志に、優は、目に見えて呆れた。
「あんたは、いいかもしれないけど、呼び出されたせつなさんは、いい迷惑よ。あんたって、どうしてそうも短絡的なの!?」
「なっ……!! 元はと言えば、お前がせつなの事が気になるって言い出したんだろ。だから、俺は……」
優と浩志が言い合いを始めても、周りのクラスメイトは、どこ吹く風。また、今日も痴話喧嘩を始めたよくらいの、生暖かい視線を向けられるだけだった。
そうこうするうちに、朝の予鈴が2人の声をかき消すように鳴り響いた。