「成瀬は、蒼井さんのお姉さんを知ってるの？」
「いいや、全く」
「名前も知らない？」
「ああ」
「そう」

　優は思案顔で浩志の顔をしばらくの間見つめていたが、何かを決めたかのように口元を一度キュッと結んでから口を開いた。

「あのね。確証はないの。でも、もしかしたらと思って」
「だから、何がだよ？」
「蒼井さんってもしかして……、蒼井ちゃんの妹なんじゃない？」
「えっ？」

　浩志は彼女の言葉に驚いたように鉄棒の上で目を見開く。それから、彼はポカンと口を開けたまま中空へ視線を向ける。しばらくの間ぼんやりと空を見つめていたが、やがて勢いよく鉄棒から飛び降りた。手をパンパンと払いながら、訝しむように優を見る。

「蒼井ちゃんって、社会科の蒼井のことか？」
「うん。そう。蒼井(あおい)永香(えいか)先生」

　浩志の問いに優は真剣な表情で答える。

「それ、誰かに聞いたのか？」
「ううん。私が勝手にそうかなって思っただけ」
「その根拠は？」
「蒼井ちゃん、来週の日曜日が結婚式なんだって！　さっき、先輩に聞いたの。ほら、前に話したことあるでしょ？　蒼井ちゃんが、もうすぐ結婚するって。覚えてない？」
「ああ。そう言えば、そんな事言ってたな。それで、他には？」

　浩志は一ヶ月ほど前に優から聞いたことを思い返しつつ、腕を組みながら先を促すように顎をしゃくる。しかし、優は首を振り視線を足下へと落とした。

「……それだけ」
「は？　それだけ？」
「うん。それだけ」
「お前なぁ。それだけって、蒼井がもうすぐ結婚するって事だけが根拠なのか？」
「……うん」

　浩志は呆れたようにため息を吐く。そんな彼に、優は唇を尖らせながら言い募る。

「でも、だって。そんな気がしたんだもん」
「共通してるのなんて、蒼井って名前と、もうすぐ結婚ってことだけだろ。そんなの根拠として弱すぎるだろ」
「でも……そんな気がして………私、成瀬に早く知らせなきゃって思って……」
「そもそも、蒼井に妹はいるのかよ？」
「えっ？　あ〜、どうだろう？」

　はてと首を傾げる彼女の姿に、浩志はがっくりと肩を落とす。しかし、そんな事は本人に確認してみればわかる事なのだからと、彼は気持ちを切り替えた。

「まぁさ、蒼井の妹かどうかは、せつな本人に聞けばわかる事だしな。月曜にでも聞いてみるか」

　優が勢いよくビシッと手を挙げながら、浩志に詰め寄る。

「私も一緒に行く！」
「お、おう」

　浩志は、彼女の勢いに押されて半歩体を退け反らせながらも、なんとか反応した。