「まぁ、よくわかんないけどさぁ、呪いの花じゃないってことよね?」
「おう! それだけは絶対に違う!!」

 思考の中に浸かっていた浩志は、優の声で意識を浮上させると力強く肯いた。

 そんな浩志に、優は安堵と不満が入り混じった声を向ける。

「その子がお姉さんの結婚のためにお花を贈りたいとして、でも、どうしてそれを成瀬が手伝ってるのよ? 何か手伝わなきゃいけない理由でもあるの?」
「どうしてって……どうしてだろうな。あるだろう。そういう時。なんて言うの? 成り行きってやつ? でも、なんか気になるんだよなぁ。あいつ」

 浩志のどこか心ここに在らずな雰囲気が優の胸を(ざわ)つかせる。しかし、そんな乙女の心の内など中学男子に分かるはずもなく、浩志は無関心に「どうしてだろうか」と己との対話に没頭していた。

「ねぇ? 手伝ってるのって成瀬だけ? 他にも誰かいるの?」
「ん? あぁ、俺だけ」
「そう……」

 優は一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐに意を決したように一歩浩志の前に出る。そして彼の顔を覗き込んだ。

「ねぇ! 私もその子のこと手伝う!」
「はぁ?」
「何よ? 私が一緒だと何か不都合でもあるの?」
「い、いや、ないけど……俺だって勝手に手伝ってるだけだから、本当は迷惑だと思われてるかも知れないんだ」

 浩志は寂しさを滲ませるかのように、その顔に影を落とす。その影は優の心にもすぐに浸食した。しかし、優はそれを振り払うかの様に努めて明るい声を出す。

「止めてとか、来るなとか言われたの?」
「そう言うことは言われてない」
「じゃあ、大丈夫よ」
「そうなのかなぁ……」
「うん。きっとそう」

 優の明るい肯定は浩志の顔から少しだけ影を取り払ったようだった。

「月曜日もその子に会いに行く?」
「あ〜、たぶん」
「そっか。じゃあ、私も誘って」
「いいけど、お前、なんで?」
「成り行きっ!! 何か私も気になるってことにしておいて!!」

 そう言うと、優は目の前に見えてきたアイスクリーム屋へとスカートを翻しながら駆けて行った。浩志は慌てて後を追う。

 店先に着くと、優は思い出したと言う風に口を開いた。

「そういえば、その子の名前、何て言うの?」
「蒼井……せつな……」

 浩志は肩で息をしながら問いに答える。

「ふ〜ん。蒼井せつなちゃんか。……お姉さんの結婚、ねぇ……」

 優は独りごちる。不思議そうに視線を投げてきた浩志になんでもないと言うように頭を振ってみせ、彼女は店のドアを潜った。