そんな浩志の様子を「いつものこと」とでも言うように、サラリと流しながら、浩志の前の席までやって来ると、優は、スルリと椅子に腰を下ろす。
「明日、3年の追い出し試合なの。部内の。土曜日だから、丸一日使ってやるんだ。だから今日は、軽く身体動かして、明日の確認したら終わりだったのよ。まぁ、1年は、その後の打ち上げの準備があるから、まだ帰れないみたいだけどね。2年は、上がりだったの」
「ふ〜ん」
「ねぇ。成瀬。せっかくだしさ、これからアイスでも食べて帰らない?」
「えっ?」
優の楽しげな提案に、浩志は、思わず、優の方へと視線を向けた。困惑が顔に現れてしまった様だ。優は、彼の態度に、どことなくがっかりした表情を見せたが、すぐさま取り繕う様に言葉を発した。
「あ〜ごめん。暇してるのかなぁと思って誘ってみたんだけど、本当は、何か用事があって、残ってたりする?」
「ん〜、まぁ、用事っていうか……」
せつなとの夕方の作業は、お互いに約束をしているわけではなかった。浩志が勝手に押しかけて手伝っているだけなので、このまま優と帰っても問題はないだろう。
だか、勝手に乗り掛かった船とはいえ、なんだか、せつなのことを放り出す様で浩志の心は落ち着かない。
どうしたものかと、彼は沈黙をもって、逡巡する。そんな彼に、優は控えめに、声をかける。
「無理にとは言わないけど、もし、用事がすぐに終わるなら、私待つから、一緒にアイス食べに行かない? 駅前に新しいお店ができたの」
「う〜ん。そうだなぁ……」
優の誘いに、浩志は、中途半端に答えながら、席を立つと、窓辺から、中庭を見下ろした。
ここのところ、一気に春めいた気候になってきて、そろそろ夕刻を迎えるというのに、中庭には、まだ暖かな日差しが差し込んでいる。
1ヶ月ほど前は、茶色く剥き出しのままだった花壇に、所々、緑が見えるようになっていた。
花壇にせつなの姿はない。既に1年2組の教室で、1人作業をしているのかもしれない。
そう考えた浩志は、窓辺を離れると、机の傍にかけてあったリュックを手に取り、優へと声を掛ける。
「行こうぜ! アイス!」
「いいの?」
優は、弾かれたように椅子から立ち上がる。先ほどまでの萎れた顔とは打って変わって、溢れんばかりの笑顔を煌めかせている。
浩志は、チラリと優の顔を見てから、足早に、教室の扉へと向かう。そんな浩志の後を、優は跳ねるようにしてついて来た。
「帰る前に、ちょっと寄りたい所があるんだけど、いいか?」
「うん。いいよ。どこ?」
「1年2組」
「1年2組? なに? 後輩と待ち合わせでもしてたの?」
優は、目的地が意外なのか、不思議そうに首を傾げる。
「う〜ん。まぁ、待ち合わせっていうか……ちょっとな」
浩志が適当に答えたのが良くなかったのか、彼女は、何か勘ぐるように、それでいて、何も気にしていない風を装って、彼を問いただす。
「あ〜、もしかして、後輩女子からの呼び出しだったりする? 私が一緒に行ったらマズくない?」
「ば!……っか。そんなんじゃないわ!!」
彼が思わず、赤くなりながら、大きな声で否定すると、優は、耳を塞ぎながら、少し、嬉しそうに聞き流す。
「はいはい。違うのね。もう、いちいち大きな声出さなくていいから」
「……お前が、変なこと言うからだろう」
浩志は、赤くなってしまったことを、誤魔化すように、唇を尖らせ、鼻に皺を寄せる。
「まぁ、後輩女子ってのは、合ってるけど……」
「え゛っ?」
彼のボソッと付け加えた答えに、今度は、優が大きな声を出してしまう。
「なんだよ? 言っとくけど、別に、お前の思ってるような事じゃないぞ?」
「……そう……なの?」
「ああ。全然そんなんじゃない。けど……」
「けど?」
「そいつもさ、誘ってもいいかな?」
「えっ?」
「アイス」
「……」
2人で出掛けるのだとばかり思っていた優は、驚きのあまり、声が出ない。
そんな優には気が付かず、浩志は、到着した1年2組の教室の扉から、教室内を覗き込む。
窓からの光がきらりと煌めいた。それを受けて、浩志は、一瞬、瞬きをしてから、もう一度室内を覗いてみた。誰もいなかった。
「おかしいなぁ」
「いないの?」
浩志の呟きに、何処か安堵の色を滲ませながら、優も、浩志の隣に立ち、室内を見回す。
「約束してたんじゃないの?」
「約束って言うか……」
浩志は、扉から顔を離すと、クルリと背を向けて、扉に背中を預けた。
そんな彼を視界に捉えつつ、まだ室内を眺めていた優だったが、突然、短い声を上げた。
「あっ!」
「なんだ? 居たか?」
浩志ののんびりとした声を、優は被せ気味に否定する。
「違う! ねぇ、あれ見て。机に何か置いてあるよ! あれって、前に言ってた折り紙の花じゃない?」
「ああ、アレは……」
浩志には、優の言っている物が何か分かっていたので、説明をしようと口を開く。
しかし、優は、浩志の言葉をかき消すように、興奮気味に、早口で捲し立てる。
「ねぇ! ヤバイよ! 呪いの花! 呪いの花、見つけちゃったよ!」
「はぁ? 違うって」
(せつなのやつ、また、不用意に誰かの机に花を置いたまま、何処かへ行ったんだな。そんなことするから、変な噂が経つのに……)
浩志は、人知れずため息をついた。
その隣で、優は、焦りを滲ませている。
「ね、ねぇ。成瀬? もう帰ろうよ?」
「ん? いや〜、でも、もう少し。もう少ししたら、あいつ戻ってくるかも知れないし……って、オイ」
優の放つ緊迫感に気が付かず、のんびりと答える浩志の手首を、優はガッチリと掴むと、ものすごい力で引っ張りながら、昇降口へと向かって歩き出した。
「荷物無かったし、きっと、その子も帰ったんだよ。約束してたわけじゃないんでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
「じゃ、もういいでしょ! 早く……早く帰ろ!」
「オイ、ちょっと待てって」
浩志は、優の手を振りほどこうと、拳を握り、腕に力を入れた。すると、腕先に優が震えていることを感じて、思わず慌てる。
「オ、オイ、どうした?……なんで震えて……?」
「いいから、早く帰ろ……」
「お、おう」
下駄箱に着いても、優は浩志の腕を離さず、浩志は、急かされる様に靴を履き替えると、優に引きずられるようにして、校舎を後にした。
正門を潜る時、浩志が、後ろ髪を引かれるかのように、チラリと校舎へと視線を向けると、校舎の壁面に掲げられた、校内スローガンの大きな幕が、風を受けて、はたはたと心地良さそうにはためいていた。
(だいぶ暖かくなったなぁ。今日は、せつなと花壇の確認もするつもりだったのになぁ)
そんな事を考えていると、浩志を力任せに引っ張っていた優の手が不意に離れた。優は立ち止まると、肩を上下に揺らしながら、大きな呼吸を繰り返している。
浩志は、優の呼吸が整うのを待って、声をかけた。
「なぁ、どうしたんだよ。突然」
優は、怯えたように瞳を揺らしながら、自身を抱きしめるようにして、身体をギュッと縮めながら、口を開く。
「だって。呪いの花が本当にあったんだもん。もしかしたら、私たちも呪われちゃうかも……」
そう言って、小さく震える優に、浩志は、不思議そうな顔をする。
「なぁ? その呪いの花ってなんだよ? 前は、そんなこと言ってなかっただろ? 毎朝、机に、心当たりのない折り紙の花が置いてあるって言ってただけじゃないか」
浩志の問いに、優は、口をへの字に曲げて、涙を堪えるように眉を顰めながら、背後に聳える校舎をチラリと見やると、少しでも学校から遠ざかろうとするかのように、早足で歩き出した。
浩志は、慌てて彼女の後を追う。
「なぁ? どう言う事だよ?」
「……初めは、私だって、信じてなかったよ」
まだ蕾をつけ始めたばかりの桜並木の坂道を下り、校舎が見えなくなった頃、優は、ポツリポツリと話し始めた。
彼女も人づてに噂話を耳にしただけなので、所々曖昧な部分があり、要領を得ない箇所もあったが、浩志は、黙って耳を傾けていた。
折り紙の花が置かれるようになったのは、ここ1か月か、もう少し前くらいからで、初めは、誰かの置き忘れだろうと、誰も気にしていなかったらしい。
そうは言っても、自分には必要のない、持ち主も分からない折り紙の作品など、大切に自宅まで持ち帰る人などおらず、ほとんどは、ゴミとして処分されたのだった。
しかし、それ以降、腹痛や発熱、嘔吐、怪我、貴重品の紛失など、厄災とも言うべき事が、1年2組の生徒の間で頻発した。奇しくも、例の花が置かれた席の子たちの症状が重かったことから、最近では、生徒たちの間で、呪いの花と呼ばれているらしかった。
そこまで聞いて、浩志は、堪らず声を上げる。
「でもよぉ、それって、単なる偶然じゃないのか? 腹痛、発熱、嘔吐って、そりゃ、ただの風邪だろ」
「え?」
浩志の反論に、それまでビクビクとしながら話をしていた優は、ポカンとした顔で、浩志の事を見つめる。
「だって、時期的に、風邪とかインフルエンザとか流行った頃だっただろ」
「確かに……」
「それに、怪我とか、貴重品の紛失? そんなもん、ただの個人の不注意だろ」
「まぁ、そうかも……」
「仮に、百歩、いや、千歩譲って、それが呪いの花だったとして、厄災は1年2組で起きてるんだろ? 2年のお前がどうしてビビってんだよ?」
「あっ……!!」
「それに、見ただけで呪われるなんて話は、さっき出てこなかったけど?」
淡々と、話の穴を突いていく浩志を見つめる優の目からは、いつの間にか、薄い水の膜はなくなり、代わりに、安堵と羞恥の色が、変わるがわる見え隠れしていた。
「も、もう。実物を見て、ちょっとテンパっちゃっただけよ。そんな、めちゃくちゃ信じてたとかじゃないんだから!」
優が、むきになって否定する姿を、浩志は、横目で見て、ニヤリとする。
「怖かったよなぁ〜。でも、大丈夫だぞ〜。アレは、呪いの花なんかじゃないから。俺が100パー保証する!」
まるで小さな子供にでも言い聞かせるように、揶揄いを含んだ彼の口調と、意味の分からない強気な言葉に、つい、優は語調を強めてしまう。
「ハァ? 成瀬なんかに保証されても、全然意味ないんですけど〜?」
そんな彼女の言い方に、浩志は、自分から揶揄っておきながら、彼女の可愛げない態度に、幾分腹立たしさを滲ませて反論する。
「なんで俺の保証じゃ意味ないんだよ! アレは、俺が作ってるんだぞ!! 作ってる本人が、呪いじゃないって言ってんだから、十分だろ!!」
「ちょっと? どう言うこと? 成瀬があの花を作ってるって?」
「えっ?……あ〜? い、いや。作ってるって言うか……、作るのを手伝っているって言うか……」
浩志の勢い余った言葉をしっかりと耳にした優は、思わず、眉を顰める。優の素早い追及に、浩志は告げるつもりのなかった事を口にしてしまった事に今更のように気が付き、言葉を濁したが、時すでに遅し。彼女が追及の手を緩めることはない。
「どう言うこと? だって、成瀬、私があの花のこと教えるまで、何も知らなかったよね? あの頃から、よく遅くまで学校に残るようになったんじゃない? もしかして、何か関係があるの? ねぇ?」
「あ〜……」
浩志は、優の勢いに押され、なんと説明したものかと、しばらく口篭っていた。
しかし、もともと、今日の寄り道にはせつなも誘うつもりをしていたのだ。そうすれば、きっと、浩志とせつながどのような仲なのかと、優に問われることになっていただろうし、話の流れで、折り紙の花の事についても話していただろう。
そう思い直し、浩志は優に向き直った。
「さっきも言ったけど、あの花は呪いの花とか、そんなんじゃないんだ。俺が作ってるって言ったけど、本当は、俺はほんの少し手伝ってるだけで、実際に作ってる奴は別にいる」
「……な、なんで成瀬がそんなことしてるの?」
「俺さ、少し前に、あの花を作ってる奴と知り合いになったんだ。そいつは、姉ちゃんが結婚する時に、花を贈りたいんだって」
「花?」
「うん。でも、花屋で買うのはダメらしい。それで、自分で作った花束を送ろうと、毎日、折り紙の花を折ってるんだ」
「それって……」
「そう。お前に、呪いの花って言われてるやつ」
「でも、じゃあ、なんでその子は、人の机に折り紙の花なんて置いて、クラスの人を脅かしてるの?」
「さあ? ってか、たぶん、あいつはそんなつもりないと思うけどなぁ……ただの置き忘れ? もしくは、そいつに渡したかったけど、直接渡せなくて机に置いたとか……」
優の疑問に、浩志も首を傾げつつ、しかし、否定の言葉を口にする。まだ知り合ったばかりとはいえ、彼には、せつなという少女が、いたずらや、まして、陰湿なイジメをするようには思えなかった。
どちらかといえば、人と関わるのが下手で、いつも、浩志とも距離を取っているように感じるのだ。
だからこそ、今日は、もう少し近しくなろうと、優の寄り道計画にせつなも誘おうとしたのだが、せつなは教室に花を残したまま、姿はなかった。
相変わらず、掴み所のない不思議な少女だと浩志が思考の海に浸かり、黙ってしまうと、しばらく、同じように考え事をしていた優が、またも、疑問を吐き出した。
「まぁ、よくわかんないけどさぁ、呪いの花じゃないってことよね?」
「おう! それだけは、絶対に違う!!」
思考の中に浸かっていた浩志は、優の声で、意識を浮上させると、力強く肯いた。
そんな浩志に、彼女は、安堵と不満が入り混じった声を向ける。
「その子がお姉さんの結婚のために、お花を贈りたいとして、でも、どうしてそれを成瀬が手伝ってるのよ? 何か手伝わなきゃいけない理由でもあるの?」
「どうしてって……どうしてだろうな。なんか、成り行き……でも、なんか気になるんだよなぁ。あいつ」
浩志の、どこか心ここに在らずな雰囲気が優の胸を騒つかせる。しかし、そんな乙女の心の内など、中学男子に分かるはずもなく、浩志は、無関心に、「どうしてだろうか」と己との対話に没頭していた。
「ねぇ? 手伝ってるのって、成瀬だけ? 他にも誰かいるの?」
「ん? あぁ、俺だけ」
「そう……」
優は、一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐに意を決したように、一歩浩志の前に出て、彼の顔を覗き込む。
「ねぇ! 私もその子のこと手伝う!」
「はぁ?」
「何よ? 私が一緒だと何か不都合でもあるの?」
「い、いや、ないけど……俺だって勝手に手伝ってるだけだから、本当は迷惑だと思われてるかも知れないんだ」
浩志は寂しさを滲ませるかのように、その顔に影を落とす。その影は、優の心にもすぐに浸食してきた。
しかし、優はそれを振り払うかの様に、努めて明るい声を出す。
「止めてとか、来るなとか言われたの?」
「そう言うことは言われてない」
「じゃあ、大丈夫よ」
「そうなのかなぁ……」
「うん。きっとそう」
優の明るい肯定は、浩志の顔から、少しだけ影を取り払ったようだった。
「月曜日もその子に会いに行くの?」
「あ〜、たぶん」
「そっか。じゃあ、私も誘って」
「いいけど、お前、なんで?」
「成り行きっ!! 何か私も気になるってことにしておいて!!」
そう言うと、優は、目の前に見えてきたアイスクリーム屋へと、スカートを翻しながら駆けて行った。
慌てて後を追ってきた浩志が店先に着くと、優は、思い出したと言う風に口を開いた。
「そういえば、その子の名前、何て言うの?」
「蒼井……せつな……」
浩志は肩で息をしながら、優の問いに答える。
「ふ〜ん。蒼井せつなちゃんか。……お姉さんの結婚、ねぇ……」
優は、独りごちると、息の整った浩志と連れ立って、店のドアを潜った。
翌日。学校が休みの浩志は、自宅でゴロゴロとして過ごしていた。サッカー部に籍を置きながら、自称帰宅部を名乗っている浩志は、週末は、暇を持て余し気味だった。
夕刻、玄関のチャイムが来訪者を告げ、しばらくすると、浩志は、母に呼ばれた。自室からノロノロと出ていくと、玄関には、上下ジャージにスポーツバッグを肩から下げた優の姿があった。
「お、お前……どうして?」
「成瀬に話があって。ちょっといい?」
急いで来たのだろうか。優は肩で大きく息をしていた。
「ちょっと待ってろ」
そう言いおくと、浩志は、玄関横の扉を開けて、室内へと入っていく。
「母さん、ちょっと出かけてくるわ」
そんな声が聞こえたかと思うと、浩志は、お茶の入ったグラスを片手に、優の前へと戻ってきた。
「ほい」
優の前に差し出されたグラスに、目をパチクリとさせていると、なんでもない事のように、浩志は、靴を履きながら、サラリと口を開く。
「急いで来たんだろ。これ飲んで、ひと息つけよ」
「あ……ありがと」
優は、俯きがちに、目の前のグラスを受け取った。彼の何気ない優しさの詰まったお茶は、彼女の喉だけでなく、心の隅々までも潤してくれるようだった。
グラスの中のお茶を一気に飲み干し、小さく息をつくと、優は、浩志に向かって、ペコリと頭を下げた。
「ごちそうさま。コレ、どうしよう?」
空になったグラスを顔の高さまで持ち上げながら、小首を傾げると、浩志は、それを無造作に受け取り、壁際に設置された、腰の高さほどの下駄箱らしき棚の上に置く。
「行こ」
ぶっきらぼうに言い放ち、浩志は、玄関のドアを押し開ける。優は、慌ててその背中を追いかけつつ、室内に向かって声をかけた。
「お茶ごちそうさまでした〜。お邪魔しました〜」
優が浩志の家を出ると、彼は、Tシャツにハーフパンツという、ラフな出で立ちで、ポケットに両手を突っ込み、手持ち無沙汰というように、優を待っていた。
「どこに行くの?」
優が声をかけると、浩志は、優の少し先を歩き出した。
「近くに公園があるんだ。そこでいいか?」
「あぁ、うん。私は、どこでも。なんなら、成瀬の家でも良かったけど?」
優が冗談めかしていうと、浩志は、ほとほと困ったように頭を掻きながら、口籠る。
「……いや、家はちょっと……」
「何なに〜? 部屋汚いとか?」
「ちげーよ!」
相変わらず、浩志は、短気に声を荒げる。
「女子なんか部屋に入れたら、めんどくせぇから」
浩志は、そっぽを向いてボソリと言う。
「めんどくさい?」
優は、彼の言葉の意味するところが分からず、コテリと首を傾げる。そんな彼女の仕草を見て、浩志は、もどかしそうに、口を窄めた。
「……親がうるさい……」
「ああ。確かに。確かにそうだね」
彼女は、自分から彼の家に押し掛けたことなど忘れたかのように、眉間にシワを寄せ、納得と同情の入り混じった相槌を大きく打つ。思春期の彼らにとって、親の干渉は、回避すべき事案でしかないようだった。
数分歩くと、目指す公園にたどり着いた。そこは、小さなブランコと、鉄棒、それから、木蔭に置かれたベンチ以外は、なにも無いこじんまりとした公園だった。夕刻ということもあり、公園に人影はなく、ひっそりと静まり返っている。
「ここ」
それだけ言って、浩志は、公園の小さな門を通り過ぎ、中へと入っていく。優も後からついていくと、彼は、木蔭のベンチへは向かわず、鉄棒の方へと歩を進めていた。
「ねぇ。ベンチ座らない?」
優が声を掛けたちょうどその時、彼は、鉄棒に手をかけ、素早くクルリと逆上がりをすると、体を鉄棒の上へと持ち上げていた。そして、そのまま、それを跨ぎ、器用に鉄棒の上に腰掛けた。
「ん〜、ベンチはまだちょっと寒いかな」
浩志は、部屋着のまま外へ出てきているので、いくらか春めいてきたとはいえ、夕刻の木蔭は確かに、肌寒いだろう。そのことに思い至った優は、それ以上は何も言わず、浩志が腰かける鉄棒へと歩み寄ると、支柱に背を預けるようにして寄りかかり、空を見上げた。
浩志の自宅や、今いる公園は、小高い場所にあり、頭上を遮る物がないためか、いつもよりも空が広かった。青よりもオレンジ色の面積が増え始めた空は、何だか幻想的で、彼女は、その部分だけを切り取りたくなり、片目を瞑ると、両手でフレームの形を作り、それを空に向けて、覗き込んでみた。
ぼんやりと、空のグラデーションに見入っていると、頭上から浩志の声が降ってきた。
「それで、話ってなんだよ?」
「えっ? ああ。そうだった」
彼女は、本来の目的を思い出すと、視線を正面へと戻し、くるりと体の向きを変えて、鉄棒にもたれかかる。
「今日、部活のときに、先輩に聞いたんだけど……もしかしてと思って……」
「何が?」
話の意図がつかめずに、浩志は、彼女に話の先を促した。