少女の小さな指摘に、浩志は、口をあんぐりと開ける。ようやく彼は、自分の間違いに気がついたようだった。

「そうだ。……花は……咲いてない」

 彼は、一瞬、肩を落としたが、それでもすぐに力強い視線をせつなに向けた。

「でも、あの、ほら、そう、芽! 芽は出てるんだよ。ってことは、せつなの待ってた花が、もうすぐあの花壇に、咲くってことだろ。やったじゃないか!」

 浩志は、花壇の花には全く興味などなかったが、今、彼の目の前にいる小さな少女の背中を、毎日のように探し求めているうちに、浩志は、いつしか、少女の危惧を共有しているかのような気持ちになっていたのである。

 しかし、せつなは、浩志の喜色を孕んだ声に難色を示すかのように眉を顰めるばかりだった。

「今、芽が出たんじゃ、きっと間に合わないの」

 小さな声が、少女の口から、ポロリとこぼれ落ちる。それは、とても小さく、昼間の喧騒の中なら、誰にも聞かれない言葉だったかもしれない。しかし、今は、そんな小さな声もハッキリと彼の耳に届いてしまう。

「間に合わないって、何にだよ?」

 浩志は、不思議そうにせつなを見やる。

 そんな彼の視線を避けるように、せつなは顔を逸らし、押し黙った。少女からの反応がなく、手持ち無沙汰な彼は、手近にあった折り紙を棒状に丸めた物を何気なく手に取ると、指先でクルクルと弄び始めた。

 1年2組の教室は、まるで誰もいないかのような静寂に包まれる。

 しかし、しばらくすると、せつなは、浩志の手から折り紙の棒を取り上げると、手作業を再開させつつ、静かに口を開いた。

「お姉ちゃんが、もうすぐ結婚するの」
「ふ〜ん。結婚? 随分と歳の離れた姉ちゃんがいるんだな」

 暇つぶしに弄んでいたオモチャを取り上げられた彼は、頬杖を突きつつ、少女の手元をぼんやりと視界に収める。せつなの小さな声が彼の耳元近くで聞こえた。

「だから、お花を送りたかったの」
「あそこの花か?」
「そう。でも、間に合いそうにないから、こうやって作ることにしたの」
「花屋で買うんじゃダメなのか?」

 浩志は、至極当然と言うように、特に何も考えずに少女に問いかけたが、その問いには、少女は、フルフルと頭を振るだけだった。

 彼には、まだ、結婚を祝うような相手もいないし、ましてや、誰かに花を送ろうと思ったこともないので、何故、花屋がダメなのかは、さっぱりわからなかったが、何かこだわりがあるのだろうと深く考えることはしなかった。