「蒼井せつなね! バッチリ覚えた! でも、もしまた、俺がおまえって言っても、怒らないでくれ。悪気はないんだ。頼む」

 浩志は、手をパンと打ち合わせ、少女に向かって頭を下げる。そんな彼にせつなは、チラリと視線を投げかけただけで、作業の手を止めるでもなく、黙々と手を動かし続けるのだった。

 彼も、少女のそんな素っ気無い態度にも幾分慣れてきたのか、せつなの無反応さに心を折られる事もなく、自由気ままに会話を続ける。

「なぁ、せつな。知ってるか? 花壇の花、咲いたんだぜ」

 彼の言葉に、せつなは、それまで休むことなく動かしていた手を止め、訝しむように眉根を寄せて、浩志の顔を見た。

 彼は、反応があったことに幾分嬉しさを感じ、ニヤリと自信満々の笑みを覗かせる。

 そんな浩志に向かって、少女は、相変わらず、乾いた言葉を投げる。

「咲いてなんかない。せつな、毎日見てるもん」
「本当だって! 俺、昨日、この目でちゃんと見たんだ。せつなにも早く見てもらいたかったのに、昨日、花壇に来なかっただろ?」
「昨日は……新月だったから……」
「新月? 何だそれ? 早く帰って、塾にでも行く日だったのか?」

 浩志の言葉に、少女は、フルフルと頭を振った。その仕草は、何故だか力なく見え、どことなく寂しさが漂っている。

「昨日は……昨日は無理だったけど、咲いてない事は、知ってるもん!」

 俯き気味に言葉を発するせつなは、少し声を震わせ、机の上に載せていた両手を強く握り込んで、まるで悔しさを耐えているようだった。

「ホントだって」

 浩志は、少女が反応をしてくれたことに、初めは喜びを感じたが、その態度に、次第に緊迫感を覚え、せつなの心を宥めようとするかのように、優しく、しかし、何処か所在なげな、少し弱腰な声を出す。

 そんな彼に向かって、少女は、白けたように問う。

「じゃあ、どんな花だった?」
「いや、花は見てない。でも、土が盛り上がってたんだ」
「土?」

 彼の言葉の意味がわからなかったのか、少女は俯き気味だった視線を彼に合わせ、首を傾げた。

 せつなの視線を捉えると、浩志は、しっかりと見つめ返し、力強く肯く。

「そう。こう、土がこんもりと……」

 彼は、手で小さな山を表現した。

 少女は、その手をじっと見つめつつ眉を顰めると、ボソリと口を開く。

「それって、花が咲いたんじゃなくて、もうすぐ芽が出るところじゃ?」
「あ゛っ……」