スターチスを届けて

 浩志の少し熱を含んだ視線には気づかず、優は話を続けた。

「違うの。そう言うのじゃなくて、折り紙で作られた一輪の花なんだって」

 彼女の答えに緊迫感はなく、彼は拍子抜けしてしまった。

「何だよ。それじゃあ、そんなに大騒ぎすることでもないだろ。誰かの置き忘れとかじゃないのか?」
「それが、そんなことがこれまでに何度もあったみたいなの。だから、置き忘れとかではなさそうだって」
「どう言う事だよ?」
「なんかね。いつも朝学校に来ると、誰か一人の机にだけ、それが置かれているらしいの」
「毎日? 特定の誰かとかじゃなくて、色んな奴に? 誰かがその折り紙の花を配ってるって事か?」
「う〜ん。わかんない。でも、そう言うことがここ最近毎日起きているって話だよ」
「ふ〜ん」

 浩志は唇を尖らせ天を仰いだ。

(そいつは何がしたいんだろう。新手の嫌がらせか? それとも、趣味の披露か? どちらにしても、不気味というか、気持ちが悪い。俺がされたらなんかイヤだな)

 そんな事を考えて、念のために優に確認を取る。

「うちのクラスではないよな? そんな話、聞いたことないし」
「あ、うん。うちのクラスじゃなくて……絶対誰にも言わないでよ」

 優は唇の前で人差し指を立てる。そして、少しだけ上目遣いをして浩志を見上げた。その仕草にまたしても彼はドギマギとしてしまう。彼女のこういう何気ない仕草が、最近彼の心をかき乱す。だが、それを浩志は認めたくなかったし、優にも悟られたくない。だから、浩志は必要以上に平静を装いながら、肯いた。

「あ、ああ。言わねぇーよ」
「あのね、それ、小石川先生のクラスで起きてるらしいの」
「こいちゃんのクラス……一年二組か」

 そう聞いて浩志の心の中に真っ先に浮かんだのは、最近夕刻時に目にしている少女の背中だった。
 浩志は中庭の例の花壇の前にいた。

 優から折り紙の花の話を聞いてから数日の間、彼は毎日のように夕刻になると教室の窓から中庭を見下ろしていた。そこには必ず、真新しい大きめの制服を着た小さな後ろ姿があった。その後ろ姿を目にする度に、浩志の中で今回の件とせつなが何か関係しているのではないかと思えてならなかった。確信はどこにもなかった。だが何故だかそう思えて、日が経つにつれその思いは浩志の中から消えなくなっていった。

 そのため彼は、直接少女に確かめてみようと思い、この場所でせつなが来るのを待ち構えているのである。しかし、今日に限ってせつなの姿は花壇の前にない。彼はその場で足踏みをして何とか体を温めようとするけれど、木枯らしの吹く中、そんなことでは体は温まらず、残念なことにどんどんと冷えていく。

(早く来てくれよ……)

 腕を組み、肩を窄めて縮こまりながら足踏みを続けた。何とか気を紛らわせようと、何気なく花壇へ目をやる。すると、花壇の様子が以前と少し違うような気がした。何が違うのだろうか。浩志は寒さ対策の足踏みをやめて、目を(すが)めて花壇をじっくりと見やる。

 そして、以前との違いに彼はハッと目を見張った。花壇の中には、土を押し上げるようにして茶色の中に緑色の小さなものがいくつもあった。

(咲いたっ!?)

 浩志は花壇の淵にしゃがみ込むと、息を殺して土をじっくりと見る。見間違いではなく、確かに土の中から緑色のものが押し出ようとする膨らみが花壇のあちらこちらに見受けられた。状況を正確に表すと発芽であり、決して開花した訳ではない。つまり、彼が瞬時に思ったことは間違いではあるのだが、今の彼にはそんなことはどうでもいいことだった。

 浩志はバッと立ち上がると慌ててキョロキョロと周囲を見回し始めた。

 この花壇の変化をあの少女に早く伝えたい。

 そう思うのに、こんな時に限ってせつなは一向に姿を現さない。ソワソワとしながら浩志はくまなく視線を動かして、中庭にせつなの影を捉えようとしていた。

 そんな彼の背後から不意に声が掛けられる。

「あなた、こんなところに居て寒くない?」

 背後からの声に浩志が素早く振り向くと、木枯らしの中、大きめのウェーブがかかった髪を肩口で揺らす女性がいた。女性は、浩志のようにコートのようなものは羽織っておらず、少し厚手のカーディガンの下からのぞく赤いエプロンが目を引いた。

「えっと……すみません。もう帰ります」
 その女性は生徒と見間違いそうなほど幼顔だが、格好から教員だろうと判断した彼は、校内をうろついている事を咎められたと思い、足早にその場を立ち去ろうとした。

「待って。帰らなくてもいいのよ。ごめんなさい。突然、声をかけてしまって」

 女性は浩志を呼び止めつつ、頭を下げた。

「ただね。寒くないかなぁと思っただけなの」

 女性の言葉に、彼は思わず身ぶるいで答えてしまう。

「ふふ。もし良かったら、ちょっとあそこで暖まっていかない?」

 中庭の一角を女性が指さす。その先にはカントリーログハウス風の建物があった。浩志はその建物に近づいたことがなかった。生徒たちの間では「開かずの館」と呼ばれていたその場所は、多分、花壇を手入れする物などが保管されているのだろうと漠然と思っていたし、興味もなかったので彼の中では完全に風景の一部となっていた場所だった。

「あそこ……ですか?」
「うん。そう。どうぞ」

 赤いエプロンの女性は建物へ一人先に向かい、扉を開け、浩志を手招きする。教員に逆らうわけにもいかず、浩志は渋々女性の誘いに従った。

 扉を潜ると、彼はポカンとした表情で足を止めた。農具庫だと思っていたその場所は、天窓から夕日が幾筋もの光となって差し込んでいて、とても明るくそして暖かかった。入口を入ってすぐの場所には、雑誌がいくつも置いてありソファもある。ゆっくり雑誌を見るにはもってこいの場所だった。

「ここって、図書館?」

 思わず浩志の口から疑問の言葉が溢れる。それを女性はふんわりとした笑みで受け止めた。

「そうよ」

 教員らしき女性に誘われた場所は、校舎とは別に独立した図書館だった。

 そういえば今年度から専任司書が常駐し、図書館が常に開館されるようになったと年度始めの全校集会で聞いたような気がした。彼は自分には関係ないことだと適当に聞き流し、やがて記憶の端に追いやり忘れ去っていた情報を引っ張り出す。

「初めて来た」

 浩志にとって図書館は、校内にある施設の中で一番縁遠い場所だった。事実、中学二年が間もなく終わろうとしているこの時まで、図書館の場所を知らなくても何も不自由していなかったのだ。

 入り口の雑誌コーナーを通り過ぎると、天井の高い閲覧スペースが広がっていた。広々とした閲覧スペースは、勿体ないことに男子学生が一人使用しているだけだった。閲覧スペースの脇は中二階の造りになっており、一階部分にも二階部分にもいくつもの書架が収まっている。
「すっげ……」

 浩志は小学生の時に数回学校の図書室へ足を運んだことがあったが、全くの規模の違いに口をあんぐりと開けて上を見上げるばかりだった。

「うふふ。ゆっくりしていってね。もし借りたい本や、分からないことがあれば、私に声をかけて」

 司書はそう言うと、入り口横にある小部屋へと入っていった。

 一人取り残された浩志は、これからどうしようかと考えを巡らす。せつなと会って話がしたいが、この暖かな場所から木枯らしが吹き荒ぶあの場所へ再び戻るには、勇気と気合が必要だった。

 ふと、書架とは反対側に設置されている窓に目が留まる。もしかしてと思い窓に歩み寄ると、彼は閉められているカーテンをそっと開けてみた。彼の予想通り、窓からは中庭を見ることができた。彼は小さくガッツポーズをする。すぐにこの場所でせつなを待つことに決めた。

 しばらくそのまま窓の外を見ていた彼だったが、いくら待ってもせつなは現れない。何もせず待機するだけの状況に飽きてしまった浩志は、少し書架の間を歩いてみることにした。しかし、読書など全くしない浩志にとっては、背表紙のたくさん詰まった書架はただの迷路の壁のように感じられる。

(図書館って、どうしてこんなに暇なんだろう)

 そんなことを思いつつブラブラと書架の間を歩いていると、一冊の背表紙が目に留まった。それは、花の百科事典だった。浩志は、何気なくその本を棚から抜き出し、待機場所と決めた窓辺の席へ戻る。

 外の様子を気にしつつパラパラとページを捲ると、探していた花の項目を見つけた。「スターチス」のページには花の写真とともに、花の説明や開花時期、花言葉などが載っていた。スターチスの花言葉は「変わらぬ心」「変わらない誓い」「途絶えぬ記憶」らしい。

(変わらないことを望んでいるようだな)

 浩志は花言葉の並びをぼんやりと眺めつつ、この花言葉に不快感を感じてしまった。その後もしばらくパラパラとページを捲ってみたが、これといって目ぼしいページはなかった。

 浩志が顔を上げると、いつの間にやら天窓からの夕日はなくなり、夕闇が天窓を黒く染めていた。閉館の時間が近いのか、一人勉強に没頭していた男子学生が帰る支度をして席を立つ。そして、カウンター周りで忙しそうに動いていた司書に二言三言声をかけて出ていった。

 その様子をぼんやりと眺めていた彼に、やがて司書が閉館を告げる。彼は本を閉じると、元の場所へ本を戻すため席を立った。
 最後にもう一度確認と思いつつ、いそいそと待機場所としていた窓から中庭を覗いてみたが、せつなの姿どころか、そこには暗闇が広がるばかりだった。がっかりとしつつ彼が出口へ向かうと、司書がふんわりとした笑顔で話しかけてきた。

「待ち人現れず、だったわね?」
「えっ、何で?」
「うふふ。なんとなくね」
「まぁ、約束してたわけじゃないんで……」

 そう言いながら、浩志は頭を掻き、気まずそうに視線を逸らす。

「そうなのね。また、外で待ちぼうけするくらいなら、いつでも図書館を利用してね」
「はぁ。……そうします。それじゃ」
「暗くなったから、気をつけてね」

 外まで出てきた司書に見送られながら、彼は図書館を後にした。

 そしてもう一度だけ花壇へ視線をやると、両手をコートのポケットに突っ込み、寒そうに背を丸めて帰宅の途についたのだった。
 翌日、浩志は一日中花壇を見ていたが、その場所でせつなの姿を捉えることはなかった。彼は授業が終了し校舎に人気がなくなるまで、いつものように窓際の席から花壇を見下ろしていたが、やがてガタリと席を立つと教室を後にした。そして、一年二組の教室へとやって来ると、教室の前扉からそっと室内を覗き見る。

 教室内には小さな影が一つポツンと座っていた。それは、浩志が今日一日探し求めていた少女の姿だった。机の上には、初めて言葉を交わしたあの日のように色とりどりの折り紙が広がっている。 机の端にはその折り紙で造られたと思われる何かと、小さく輝くものが相変わらず置いてあった。

 以前感じたように、その小さな輝きがまるで自分に向かって放たれているように感じられた浩志は、此度もその輝きに誘われるように教室の扉をガラリと開けて少女の席へと近づいていった。無心でおもちゃの指輪に手を伸ばし、不思議な面持ちで指輪を見つめる浩志の鼓膜を乾いた声が震わす。

「何?」
「えっ?」

 彼はその声でふと我に返ると、目をパチパチとさせ少女の姿を視界に捉えた。

「それ、また持って行かないでよ」

 せつなは、浩志のことなどどうでもいいという風に突き放すような言葉を発する。そして、少しの間休めていた手作業を再開した。

「ああ。ごめん。何故だか、コイツに呼ばれてるような気になっちまうんだよな……」

 浩志はそう言いながら、手の中の小さな指輪をそっと机に置いた。そして、せつなの前の席の椅子を引くと、せつなのほうへ体を向けてストンと腰を下ろす。

「お前さ、コレ何のために作ってるんだ?」
「……」

 浩志が手にしたのは、折り紙で作られた一輪の花だった。茎の部分は折り紙をストローのように細く棒状に丸められており、花弁の部分は立体的に織り込まれたパーツが五つ集まって花弁を成しているようだった。下手ではないが上手くもなく、子供の手遊びの域を出ていないように彼には見えた。

「なぁ。お前、コレどうするんだ?」
「……せつなは、お前って名前じゃないっ!」

 せつなの冷たい視線にハッとした浩志は頭に手をやり、やってしまったという顔になる。

「あ〜悪い悪い。俺、口が悪くてさ……つい……。せつなだよな。……アレ? 何せつなだっけ?」
「……蒼井」

 少女は浩志には視線を向けずにポツリと答える。

「蒼井せつなね! バッチリ覚えたっ! でも、もしまた俺がお前って言っても怒らないでくれ。悪気はないんだ。頼むよ」
 浩志は手をパンと打ち合わせ、少女に向かって頭を下げる。そんな彼にせつなはチラリと視線を投げかけただけで、作業の手を止めることはなかった。彼もそんな素っ気無い態度にも幾分慣れてきたのか、少女の無反応さに心を折られる事もなく自由気ままに会話を続ける。

「なぁ、せつな。知ってるか? 花壇の花咲いたんだぜ」

 彼の言葉に少女はそれまで休むことなく動かしていた手を止め、訝しむように眉根を寄せて浩志の顔を見た。反応があったことに幾分嬉しさを感じながら、浩志はニヤリと自信満々の笑みを覗かせる。そんな浩志に向かって、少女は相変わらず乾いた言葉を投げた。

「咲いてなんかない。せつな、毎日見てるもん」
「本当だって! 俺、昨日、この目でちゃんと見たんだ。せつなにも早く見てもらいたかったのに、昨日、花壇に来なかっただろ?」
「昨日は……新月だったから……」
「新月? 何だそれ? 早く帰って、塾にでも行く日だったのか?」

 浩志の言葉に少女はフルフルと頭を振った。その仕草は、何故だか力なく見え、どことなく寂しさが漂っている。

「昨日は……昨日は無理だったけど、咲いてない事は知ってるもん!」

 俯き少し声を震わせるせつなは、机の上に載せていた両手を強く握り込んでいて、まるで悔しさを耐えているようだった。浩志は少女が反応をしてくれたことに初めは喜びを感じたが、その態度に次第に緊迫感を覚えた。せつなの心を宥めようと優しく語り掛けようと努める。しかし気持ちに反し、少し弱腰な声が出た。

「ホントだって」

 そんな彼に向かって、少女は白けたように問う。

「じゃあ、どんな花だった?」
「いや、花は見てない。でも、土が盛り上がってたんだ」
「土?」

 彼の言葉の意味がわからなかったのか、少女は俯き気味だった視線を彼に合わせ首を傾げた。せつなの視線を捉えると浩志はしっかりと見つめ返し、力強く肯く。

「そう。土がこんもりと」

 彼は手で小さな山を表現した。少女はその手をじっと見つめつつ眉を顰めると、ボソリと口を開く。

「それって、花が咲いたんじゃなくて、もうすぐ芽が出るところじゃ?」
「あ゛っ」

 少女の指摘に浩志は口をあんぐりと開ける。ようやく彼は自分の間違いに気がついたようだった。

「そうだ。……花は咲いてない」

 彼は一瞬肩を落としたが、それでもすぐに力強い視線をせつなに向けた。

「でも、芽は出てるんだ! つまり、あの花壇にもうすぐ花が咲くってことだろ。やったじゃないか!」
 浩志は花壇の花になど全く興味はなかったが、小さな少女の背中を毎日のように探し求めるうちに、いつしか、少女の危惧を共有しているかのような気持ちになっていたのである。しかし、せつなは浩志の喜色を孕んだ声に難色を示すように眉を顰めるばかりだった。

「今、芽が出ても、きっと間に合わない」

 小さな声が少女の口からポロリとこぼれ落ちる。それはとても小さく、昼間の喧騒の中なら誰にも聞かれない言葉だったかもしれない。しかし、今はそんな小さな声もハッキリと彼の耳に届いてしまう。

「間に合わないって、何にだよ?」

 浩志は不思議そうにせつなを見やる。そんな彼の視線を避けるようにせつなは顔を逸らし押し黙った。少女から反応が返ってこなくなり手持ち無沙汰になった彼は、手近にあった折り紙を棒状に丸めた物を何気なく手に取り指先でクルクルと弄び始めた。教室は、まるで誰もいないかのような静寂に包まれる。

 しばらくすると、せつなは浩志の手から折り紙の棒を取り上げた。手作業を再開させつつ、静かに口を開く。

「お姉ちゃんが、もうすぐ結婚するの」
「ふ〜ん。結婚? 随分と歳の離れた姉ちゃんがいるんだな」

 暇つぶしに弄んでいたオモチャを取り上げられた彼は、机に頬杖を突く。せつなの小さな声が彼の耳元近くで聞こえた。

「だから、お花を送りたかったの」
「あそこの花か?」
「そう。でも、間に合いそうにないから作ることにしたの」
「花屋で買うんじゃダメなのか?」

 浩志は至極当然のように少女に問いかけたが、その問いに少女はフルフルと頭を振るだけだった。彼にはまだ結婚を祝うような相手もいないし、ましてや、誰かに花を送ろうと思ったこともないので、何故花屋がダメなのかさっぱりわからなかった。だが、何かこだわりがあるのだろうと思い深く考えることはしなかった。

「花を送れないから花を作るってことは、まぁ良いとして。一体どれくらい作るんだ?」
「たくさん」
「たくさんって……具体的に何本とか決めてないのか?」

 彼の質問に、少女は手作業を止めずにフルフルと頭を振る。

「姉ちゃんにあげるのって、今作ってるやつだろ? 結構面倒臭そうだけど、間に合うのか?」

 少女は再び頭を振る。

 浩志はため息を吐くと、手近にあった棒状の物をもう一度手に取った。じっくりと眺める。やがて、紙の束から緑色の折り紙を取り出すと器用にクルクルと丸め始めた。彼の行動に驚いたせつなは手を止め、彼の手元を注視する。
 浩志の手の中には、あっという間に綺麗に細く丸められた茎が出来上がっていた。

「何してるの?」

 せつなは思わず声を漏らす。浩志は出来上がった物を脇へ避けると、新しい緑色の折り紙を紙の束から取り出しながら、さも当然だと言いたげに簡単に答えた。

「何って、手伝ってんの。これで作り方合ってるだろ?」
「合ってる……けど、何で?」
「何でって、どのくらい作るのか知らないけど、一人じゃ大変そうだし。そっちは難しそうだから、こっちだけでもと思って」

 手の中に新しくできた緑色の棒で浩志はせつなの手元を指す。せつなの手元には花弁となる小さな折り紙が細かく折られていた。

「手伝って……くれるの?」
「おう! まぁ、俺はこれくらいしか作れないけどな」

 浩志は出来たばかりの棒を指先でクルリと回しながら、ニカっと笑みを溢した。

「……ありが……と」

 俯きがちに礼を述べた少女の肩が少しだけ震えていた。しかし、目先のことにのめり込みやすい単純な思考の浩志は、少女の小さな変化に気づくことはなく、緑色の棒を量産する事に没頭していた。