スターチスを届けて

 園芸部員からスターチスという花の名前を聞いてから一週間ほどがたった。

 あれから浩志は、例の花壇の前にいるせつなの姿を毎日のように目にしていた。どうやらせつなは飽きもせず、毎日、スターチスという花が咲くのを花壇の前で待っているようだった。

 いくら待ったところで、相手は植物。花壇を見つめ続けても、時期が来なければ芽は出ないし、花も咲かない。そもそも、園芸部員の話によれば誰も手入れしていない花壇だと言うし、花が咲くかも怪しい。そんなことは、勉強の苦手な浩志でさえ分かることだった。それなのに、せつなはそんな事も分からないのかと思ってしまうほどに、毎日、食い入るように花壇を見つめていた。

 今日も授業が終わり、ほとんどの生徒が帰宅したり部活に励んだりしている夕刻に、せつなは花壇の前にいた。

 寒空の中、相変わらず中庭にいる。コートも羽織らず、真新しい大きめの制服のスカートが木枯らしにバサリと旗めくのも気にも留めず、ただ一点のみを見続けている。

 そんなせつなの姿を浩志は教室の窓からただ黙って見下ろしていた。切羽詰まったように花壇を見つめるせつなの事が何故だか気になる。しかし、話しかけたところで以前のようになかなか要領の得ない会話になりそうで、彼は、再び少女に声を掛ける事を躊躇(ためら)っていた。

 少女に掛ける言葉を持たずただ黙って中庭を見下ろしていると、その静寂を破るように勢いよく教室の扉が開けられた。

「あっ! いた!」

 浩志が扉の方へ視線を向けると、鞄を肩に掛けた優が、ヒラヒラと手を振りながらやって来た。

「なんだよ?」
「ん〜。帰ろうかなぁと思ったら、成瀬の靴が下駄箱にあったから、まだ教室に居るのかなぁと思って来てみた。そしたらやっぱり居た」

 そう言い、優は二カっと笑いVサインをする。片側だけに出る八重歯と笑窪がその笑顔をさらにチャーミングに見せる。

 優の笑顔にドキリとした浩志は一瞬眉をピクリとさせつつ、それを隠すために慌ててコートを手に取り帰り支度をする。

「帰るって、お前部活じゃねーの?」
「あ〜、なんか今日の練習なしになったみたい」
「ふ〜ん」

 チラリと窓の外へ視線をやってから、優は、ふらりと浩志の隣へやってきた。

「成瀬は何してたの?」
「別に何も」
「……ふ〜ん」

 浩志の答えに優は目を細め、不満そうに相槌を打つ。

「何だよ?」
「べっつに〜」

 隠そうともしない彼女の不満は、もちろん彼に伝わり、浩志は面倒くさそうに口を開く。
「何もしてないのが不満か? 毎度のように補習させられてると思うなよ」
「そんなんじゃないよーだっ!」

 浩志の答えに優は鼻の頭に皺を寄せてイーッと顔を(しか)めて見せた。

「じゃあ、何だよっ?」

 優のはっきりしない態度に浩志は少しずつ苛立ちが募り、ついきつい物言いをしてしまう。彼の苛立ちに気付いた優はハッとした表情を一瞬見せたが、すぐにフイッと顔を背ける。その視線は気まずそうに窓の外を彷徨っている。

「ご、ごめんって。放課後にどこで何をしていようが、成瀬の勝手だよね。私がどうこう言える立場じゃない……のは、分かってるんだけどさ……」
「けど? 何だよ?」

 尻すぼみになる彼女の声を聴きながら、浩志もつい声を荒げてしまった事を気まずく思い、優とは反対に教室の扉の方へと顔を背ける。

 しばらくすると、窓の外へと向けられていたはずの優の声が意を決したように再び浩志に向けて発せられた。

「……だって成瀬、最近外ばっかり見てるじゃん! なんだか私、気になっちゃって……」

 彼女の言葉にピクリと反応した彼だったが、その顔はむしろ決して彼女の方へ向けまいと頑なになっているようだった。

「な、何だよ? 気になるって……」

 窓から差し込む夕陽に赤く染め上げられた彼の横顔を見た優は、彼の反応から言葉のチョイスを誤った事を悟り、慌てふためく。夕陽に背を向けているはずの彼女の頬もまた赤らんでいた。

「ち、ちがうの! その……気になるっていうのは、あの、えっと、何をそんなに見ているのかなぁって事で……」

 両手を体の前に突き出し見えない何かを寸止めするかのように、必死の形相でその場を取り繕おうとしている優の態度に、浩志は内心ホッとしながら、さも何でもないかのようなすまし顔で対応する。

「あ、ああ。そんな事か。別に大した事じゃない。このクソ寒い中、コートも着ずに毎日花壇の前に立ってる物好きがいるからさ。いつ根を上げるのか見てただけだ」
「花壇? あれ? 前にもそんな話してたよね?」

 優は眉根を寄せてしばし考え込む。こうして普通に会話を再開したことで二人の間に漂った淡い空気は、あっという間に霧散して消えてしまった。

 浩志はリュックを背負うと、そそくさと教室の扉へ向かう。優は慌ててその後を追った。

「ねぇ、待って」

 優の声を背中に受けながら、浩志はのんびりと廊下を歩く。後から追いかけて来ていた優は彼の隣に並ぶと、ふと思い出したかのように声を(ひそ)めて浩志に耳打ちをした。
「花壇といえば……知ってる?」

 彼女の吐息が彼の耳に(おもむろ)にかかり、瞬間的に浩志の心拍数を跳ね上げる。浩志は優の吐息がかかった耳を押さえて、思わず半歩後退った。薄暗い廊下に陽の光は差していない。それなのに彼の耳は先端まで赤く染まっていた。

「っんだよ。急に。ビビるだろ」

 彼の剣幕に彼女は軽く唇を尖らせる。

「なによ〜。大袈裟ね。そんなに大きな声出してないでしょ」
「そういうことじゃねぇんだよ」

 浩志は彼女の耳にまで届いてしまいそうな程大きな音を立てて激しく脈打つ心音を何とか誤魔化そうと、わざと大きな声を出す。

「なによ、も〜。成瀬の方がよっぽどうるさいじゃん」

 優は自身の両耳を掌で押さえると、プイッと顔を背け先を歩いて行ってしまう。浩志は大きく一つため息を吐いてから、ギュッと両手を握り込む。懸命に気持ちを落ち着かせ、優の後を追いかける。

「ちょ、待てよ〜」
「はぁ? なによ。その、どっかのイケメン俳優が言いそうなセリフは!」

 意図したわけではなかったのに、浩志の呼びかけは思いの外優のツボにハマったらしい。下駄箱に着き、外履き用の靴に履き替えながらも、彼女はまだケタケタと笑っていた。

 しばらくは彼女の機嫌を伺って好きなように笑われていた彼だったが、いい加減痺れを切らして彼女の笑いを制する。

「ったく。いつまで笑ってるんだよ」
「だ、だって……あまりにも似合わないから」

 そう言いながら、優は目尻に溜まった涙を細くて白い人差し指でスッと拭う。しかし、その顔にはまだ含み笑いが残っていた。

「うっせーな。ほっとけ。……で、花壇が何だって?」
「え?」

 無理やり話題を変えた浩志に、優はキョトンとした顔を見せる。

「さっき、耳打ちしてきたじゃねぇか?」
「ああ、あれね」

 彼女は思い出したと言わんばかりに胸の前でパンと掌を打ち合わせる。

 それから、まるで秘密を打ち明けるかのように、やはり少しだけ声を潜めて口を開いた。

「あるクラスの話なんだけどね。最近、朝になると机の上に花が置いてあるんだって」

 優の話に浩志は首を傾げる。

「何だよ。花壇の話じゃないのかよ? ってか、それって、いじめか? テレビとか漫画で見るようなやつ? 結構陰湿だな」

 優の話に浩志が顔を曇らせると、彼女は首を横に振った。それに合わせて頭の高い位置で結ばれたポニーテールがゆらゆらと揺れる。ふわりと甘い香りが漂い浩志の鼻腔を擽った。彼の視線は、思わずそちらへ引き寄せられてしまう。
 浩志の少し熱を含んだ視線には気づかず、優は話を続けた。

「違うの。そう言うのじゃなくて、折り紙で作られた一輪の花なんだって」

 彼女の答えに緊迫感はなく、彼は拍子抜けしてしまった。

「何だよ。それじゃあ、そんなに大騒ぎすることでもないだろ。誰かの置き忘れとかじゃないのか?」
「それが、そんなことがこれまでに何度もあったみたいなの。だから、置き忘れとかではなさそうだって」
「どう言う事だよ?」
「なんかね。いつも朝学校に来ると、誰か一人の机にだけ、それが置かれているらしいの」
「毎日? 特定の誰かとかじゃなくて、色んな奴に? 誰かがその折り紙の花を配ってるって事か?」
「う〜ん。わかんない。でも、そう言うことがここ最近毎日起きているって話だよ」
「ふ〜ん」

 浩志は唇を尖らせ天を仰いだ。

(そいつは何がしたいんだろう。新手の嫌がらせか? それとも、趣味の披露か? どちらにしても、不気味というか、気持ちが悪い。俺がされたらなんかイヤだな)

 そんな事を考えて、念のために優に確認を取る。

「うちのクラスではないよな? そんな話、聞いたことないし」
「あ、うん。うちのクラスじゃなくて……絶対誰にも言わないでよ」

 優は唇の前で人差し指を立てる。そして、少しだけ上目遣いをして浩志を見上げた。その仕草にまたしても彼はドギマギとしてしまう。彼女のこういう何気ない仕草が、最近彼の心をかき乱す。だが、それを浩志は認めたくなかったし、優にも悟られたくない。だから、浩志は必要以上に平静を装いながら、肯いた。

「あ、ああ。言わねぇーよ」
「あのね、それ、小石川先生のクラスで起きてるらしいの」
「こいちゃんのクラス……一年二組か」

 そう聞いて浩志の心の中に真っ先に浮かんだのは、最近夕刻時に目にしている少女の背中だった。
 浩志は中庭の例の花壇の前にいた。

 優から折り紙の花の話を聞いてから数日の間、彼は毎日のように夕刻になると教室の窓から中庭を見下ろしていた。そこには必ず、真新しい大きめの制服を着た小さな後ろ姿があった。その後ろ姿を目にする度に、浩志の中で今回の件とせつなが何か関係しているのではないかと思えてならなかった。確信はどこにもなかった。だが何故だかそう思えて、日が経つにつれその思いは浩志の中から消えなくなっていった。

 そのため彼は、直接少女に確かめてみようと思い、この場所でせつなが来るのを待ち構えているのである。しかし、今日に限ってせつなの姿は花壇の前にない。彼はその場で足踏みをして何とか体を温めようとするけれど、木枯らしの吹く中、そんなことでは体は温まらず、残念なことにどんどんと冷えていく。

(早く来てくれよ……)

 腕を組み、肩を窄めて縮こまりながら足踏みを続けた。何とか気を紛らわせようと、何気なく花壇へ目をやる。すると、花壇の様子が以前と少し違うような気がした。何が違うのだろうか。浩志は寒さ対策の足踏みをやめて、目を(すが)めて花壇をじっくりと見やる。

 そして、以前との違いに彼はハッと目を見張った。花壇の中には、土を押し上げるようにして茶色の中に緑色の小さなものがいくつもあった。

(咲いたっ!?)

 浩志は花壇の淵にしゃがみ込むと、息を殺して土をじっくりと見る。見間違いではなく、確かに土の中から緑色のものが押し出ようとする膨らみが花壇のあちらこちらに見受けられた。状況を正確に表すと発芽であり、決して開花した訳ではない。つまり、彼が瞬時に思ったことは間違いではあるのだが、今の彼にはそんなことはどうでもいいことだった。

 浩志はバッと立ち上がると慌ててキョロキョロと周囲を見回し始めた。

 この花壇の変化をあの少女に早く伝えたい。

 そう思うのに、こんな時に限ってせつなは一向に姿を現さない。ソワソワとしながら浩志はくまなく視線を動かして、中庭にせつなの影を捉えようとしていた。

 そんな彼の背後から不意に声が掛けられる。

「あなた、こんなところに居て寒くない?」

 背後からの声に浩志が素早く振り向くと、木枯らしの中、大きめのウェーブがかかった髪を肩口で揺らす女性がいた。女性は、浩志のようにコートのようなものは羽織っておらず、少し厚手のカーディガンの下からのぞく赤いエプロンが目を引いた。

「えっと……すみません。もう帰ります」
 その女性は生徒と見間違いそうなほど幼顔だが、格好から教員だろうと判断した彼は、校内をうろついている事を咎められたと思い、足早にその場を立ち去ろうとした。

「待って。帰らなくてもいいのよ。ごめんなさい。突然、声をかけてしまって」

 女性は浩志を呼び止めつつ、頭を下げた。

「ただね。寒くないかなぁと思っただけなの」

 女性の言葉に、彼は思わず身ぶるいで答えてしまう。

「ふふ。もし良かったら、ちょっとあそこで暖まっていかない?」

 中庭の一角を女性が指さす。その先にはカントリーログハウス風の建物があった。浩志はその建物に近づいたことがなかった。生徒たちの間では「開かずの館」と呼ばれていたその場所は、多分、花壇を手入れする物などが保管されているのだろうと漠然と思っていたし、興味もなかったので彼の中では完全に風景の一部となっていた場所だった。

「あそこ……ですか?」
「うん。そう。どうぞ」

 赤いエプロンの女性は建物へ一人先に向かい、扉を開け、浩志を手招きする。教員に逆らうわけにもいかず、浩志は渋々女性の誘いに従った。

 扉を潜ると、彼はポカンとした表情で足を止めた。農具庫だと思っていたその場所は、天窓から夕日が幾筋もの光となって差し込んでいて、とても明るくそして暖かかった。入口を入ってすぐの場所には、雑誌がいくつも置いてありソファもある。ゆっくり雑誌を見るにはもってこいの場所だった。

「ここって、図書館?」

 思わず浩志の口から疑問の言葉が溢れる。それを女性はふんわりとした笑みで受け止めた。

「そうよ」

 教員らしき女性に誘われた場所は、校舎とは別に独立した図書館だった。

 そういえば今年度から専任司書が常駐し、図書館が常に開館されるようになったと年度始めの全校集会で聞いたような気がした。彼は自分には関係ないことだと適当に聞き流し、やがて記憶の端に追いやり忘れ去っていた情報を引っ張り出す。

「初めて来た」

 浩志にとって図書館は、校内にある施設の中で一番縁遠い場所だった。事実、中学二年が間もなく終わろうとしているこの時まで、図書館の場所を知らなくても何も不自由していなかったのだ。

 入り口の雑誌コーナーを通り過ぎると、天井の高い閲覧スペースが広がっていた。広々とした閲覧スペースは、勿体ないことに男子学生が一人使用しているだけだった。閲覧スペースの脇は中二階の造りになっており、一階部分にも二階部分にもいくつもの書架が収まっている。
「すっげ……」

 浩志は小学生の時に数回学校の図書室へ足を運んだことがあったが、全くの規模の違いに口をあんぐりと開けて上を見上げるばかりだった。

「うふふ。ゆっくりしていってね。もし借りたい本や、分からないことがあれば、私に声をかけて」

 司書はそう言うと、入り口横にある小部屋へと入っていった。

 一人取り残された浩志は、これからどうしようかと考えを巡らす。せつなと会って話がしたいが、この暖かな場所から木枯らしが吹き荒ぶあの場所へ再び戻るには、勇気と気合が必要だった。

 ふと、書架とは反対側に設置されている窓に目が留まる。もしかしてと思い窓に歩み寄ると、彼は閉められているカーテンをそっと開けてみた。彼の予想通り、窓からは中庭を見ることができた。彼は小さくガッツポーズをする。すぐにこの場所でせつなを待つことに決めた。

 しばらくそのまま窓の外を見ていた彼だったが、いくら待ってもせつなは現れない。何もせず待機するだけの状況に飽きてしまった浩志は、少し書架の間を歩いてみることにした。しかし、読書など全くしない浩志にとっては、背表紙のたくさん詰まった書架はただの迷路の壁のように感じられる。

(図書館って、どうしてこんなに暇なんだろう)

 そんなことを思いつつブラブラと書架の間を歩いていると、一冊の背表紙が目に留まった。それは、花の百科事典だった。浩志は、何気なくその本を棚から抜き出し、待機場所と決めた窓辺の席へ戻る。

 外の様子を気にしつつパラパラとページを捲ると、探していた花の項目を見つけた。「スターチス」のページには花の写真とともに、花の説明や開花時期、花言葉などが載っていた。スターチスの花言葉は「変わらぬ心」「変わらない誓い」「途絶えぬ記憶」らしい。

(変わらないことを望んでいるようだな)

 浩志は花言葉の並びをぼんやりと眺めつつ、この花言葉に不快感を感じてしまった。その後もしばらくパラパラとページを捲ってみたが、これといって目ぼしいページはなかった。

 浩志が顔を上げると、いつの間にやら天窓からの夕日はなくなり、夕闇が天窓を黒く染めていた。閉館の時間が近いのか、一人勉強に没頭していた男子学生が帰る支度をして席を立つ。そして、カウンター周りで忙しそうに動いていた司書に二言三言声をかけて出ていった。

 その様子をぼんやりと眺めていた彼に、やがて司書が閉館を告げる。彼は本を閉じると、元の場所へ本を戻すため席を立った。
 最後にもう一度確認と思いつつ、いそいそと待機場所としていた窓から中庭を覗いてみたが、せつなの姿どころか、そこには暗闇が広がるばかりだった。がっかりとしつつ彼が出口へ向かうと、司書がふんわりとした笑顔で話しかけてきた。

「待ち人現れず、だったわね?」
「えっ、何で?」
「うふふ。なんとなくね」
「まぁ、約束してたわけじゃないんで……」

 そう言いながら、浩志は頭を掻き、気まずそうに視線を逸らす。

「そうなのね。また、外で待ちぼうけするくらいなら、いつでも図書館を利用してね」
「はぁ。……そうします。それじゃ」
「暗くなったから、気をつけてね」

 外まで出てきた司書に見送られながら、彼は図書館を後にした。

 そしてもう一度だけ花壇へ視線をやると、両手をコートのポケットに突っ込み、寒そうに背を丸めて帰宅の途についたのだった。
 翌日、浩志は一日中花壇を見ていたが、その場所でせつなの姿を捉えることはなかった。彼は授業が終了し校舎に人気がなくなるまで、いつものように窓際の席から花壇を見下ろしていたが、やがてガタリと席を立つと教室を後にした。そして、一年二組の教室へとやって来ると、教室の前扉からそっと室内を覗き見る。

 教室内には小さな影が一つポツンと座っていた。それは、浩志が今日一日探し求めていた少女の姿だった。机の上には、初めて言葉を交わしたあの日のように色とりどりの折り紙が広がっている。 机の端にはその折り紙で造られたと思われる何かと、小さく輝くものが相変わらず置いてあった。

 以前感じたように、その小さな輝きがまるで自分に向かって放たれているように感じられた浩志は、此度もその輝きに誘われるように教室の扉をガラリと開けて少女の席へと近づいていった。無心でおもちゃの指輪に手を伸ばし、不思議な面持ちで指輪を見つめる浩志の鼓膜を乾いた声が震わす。

「何?」
「えっ?」

 彼はその声でふと我に返ると、目をパチパチとさせ少女の姿を視界に捉えた。

「それ、また持って行かないでよ」

 せつなは、浩志のことなどどうでもいいという風に突き放すような言葉を発する。そして、少しの間休めていた手作業を再開した。

「ああ。ごめん。何故だか、コイツに呼ばれてるような気になっちまうんだよな……」

 浩志はそう言いながら、手の中の小さな指輪をそっと机に置いた。そして、せつなの前の席の椅子を引くと、せつなのほうへ体を向けてストンと腰を下ろす。

「お前さ、コレ何のために作ってるんだ?」
「……」

 浩志が手にしたのは、折り紙で作られた一輪の花だった。茎の部分は折り紙をストローのように細く棒状に丸められており、花弁の部分は立体的に織り込まれたパーツが五つ集まって花弁を成しているようだった。下手ではないが上手くもなく、子供の手遊びの域を出ていないように彼には見えた。

「なぁ。お前、コレどうするんだ?」
「……せつなは、お前って名前じゃないっ!」

 せつなの冷たい視線にハッとした浩志は頭に手をやり、やってしまったという顔になる。

「あ〜悪い悪い。俺、口が悪くてさ……つい……。せつなだよな。……アレ? 何せつなだっけ?」
「……蒼井」

 少女は浩志には視線を向けずにポツリと答える。

「蒼井せつなね! バッチリ覚えたっ! でも、もしまた俺がお前って言っても怒らないでくれ。悪気はないんだ。頼むよ」