「何もしてないのが不満か? 毎度のように補習させられてると思うなよ」
「そんなんじゃないよーだっ!」

 浩志の答えに優は鼻の頭に皺を寄せてイーッと顔を(しか)めて見せた。

「じゃあ、何だよっ?」

 優のはっきりしない態度に浩志は少しずつ苛立ちが募り、ついきつい物言いをしてしまう。彼の苛立ちに気付いた優はハッとした表情を一瞬見せたが、すぐにフイッと顔を背ける。その視線は気まずそうに窓の外を彷徨っている。

「ご、ごめんって。放課後にどこで何をしていようが、成瀬の勝手だよね。私がどうこう言える立場じゃない……のは、分かってるんだけどさ……」
「けど? 何だよ?」

 尻すぼみになる彼女の声を聴きながら、浩志もつい声を荒げてしまった事を気まずく思い、優とは反対に教室の扉の方へと顔を背ける。

 しばらくすると、窓の外へと向けられていたはずの優の声が意を決したように再び浩志に向けて発せられた。

「……だって成瀬、最近外ばっかり見てるじゃん! なんだか私、気になっちゃって……」

 彼女の言葉にピクリと反応した彼だったが、その顔はむしろ決して彼女の方へ向けまいと頑なになっているようだった。

「な、何だよ? 気になるって……」

 窓から差し込む夕陽に赤く染め上げられた彼の横顔を見た優は、彼の反応から言葉のチョイスを誤った事を悟り、慌てふためく。夕陽に背を向けているはずの彼女の頬もまた赤らんでいた。

「ち、ちがうの! その……気になるっていうのは、あの、えっと、何をそんなに見ているのかなぁって事で……」

 両手を体の前に突き出し見えない何かを寸止めするかのように、必死の形相でその場を取り繕おうとしている優の態度に、浩志は内心ホッとしながら、さも何でもないかのようなすまし顔で対応する。

「あ、ああ。そんな事か。別に大した事じゃない。このクソ寒い中、コートも着ずに毎日花壇の前に立ってる物好きがいるからさ。いつ根を上げるのか見てただけだ」
「花壇? あれ? 前にもそんな話してたよね?」

 優は眉根を寄せてしばし考え込む。こうして普通に会話を再開したことで二人の間に漂った淡い空気は、あっという間に霧散して消えてしまった。

 浩志はリュックを背負うと、そそくさと教室の扉へ向かう。優は慌ててその後を追った。

「ねぇ、待って」

 優の声を背中に受けながら、浩志はのんびりと廊下を歩く。後から追いかけて来ていた優は彼の隣に並ぶと、ふと思い出したかのように声を(ひそ)めて浩志に耳打ちをした。