浩志が思案顔で物思いに(ふけ)ったのを見て、優はふふっと微笑み、自身の手を腹にそっと当てる。その様子はどこか慈愛に満ちていた。

「ねぇ? 私も話があるって言ったでしょ?」

 しばらくの間自身の思考の中にいた浩志を、優は、何気ない様子で現実へと引き戻す。

「あ? ああ。そう言えば、そんなこと言ってたな。何? いい話? 悪い話?」
「うふふ。どうかしら?」

 焦らす優に、浩志は面倒くさそうに聞く。

「なんだよ。その反応からは、たぶん良いことなんだろうけど……何?」
「当ててみて!」

 そう言って優はこれ見よがしに自身の腹を摩り、いつもは履かないスニーカーをチラチラと浩志に見せつける。そんな優の行動を訝し気に見つめていた浩志だったが、次第に彼の目が大きく見開かれ口をポカンと開けた。

「もしかして……?」
「そう! 私、妊娠したみたい!」
「本当か?」
「うん。昨日、病院で確認してきた」
「まじか~~」

 ただただ驚愕のことばを口にする浩志に、彼女はふわりとした笑顔を向けた。そして、愛おしそうに自身の腹を撫でる。

「私ね、妊娠を知った時、この子はせつなさんだって思ったの。なぜだかそう思えたの」

 浩志はさらに驚きの色を深め、その視線は婚約者の腹に釘付けになった。

「あの子は『また会える』って言ってくれていたし、このタイミングで私たちがあの子のことを思い出したのは、そういう意味があるんじゃないのかな」
「せつなが、俺たちのもとに戻ってきたってことか?」

 浩志はポツリとつぶやき、視線を優の腹から二枚の栞に移す。ラミネートされた花は、まるであの頃を閉じ込めたように綺麗な形を保っている。不意に浩志の胸にスターチスの花言葉が蘇った。

『変わらぬ心』『変わらない誓い』『途絶えぬ記憶』

「せつなはきっと、俺たちのことを覚えててくれたんだな」
「うん。きっとそうね」

 二人の間に沈黙が訪れる。春の暖かな空気に包まれるようにして、それぞれが遠い記憶に思いを馳せた。

(今朝の夢は、せつなが俺に語り掛けていたのかもな。『もうすぐ会えるよ』って、そう言っていたのかもしれない)

 カップの中身がすっかり無くなったころあることを思い立った浩志は、照れくさそうな顔を優に向ける。

「あのさ。やっぱり、今日はチャイは飲みに行かなくていいや」
「あら、そうなの?」
「うん。代わりに行きたい場所があるんだけど?」
「どこ?」
「学校。あの花壇を見に行ってみないか?」

 浩志の提案に、優の顔が一気に輝く。