※媒体はA4版ノート。表紙に書いてある名は吉富マリカ。御園の妻が結婚前に購入したものと推定できる。後半頁に水濡れの痕跡有り。そこから海水プランクトンの死骸が採取された。
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あの人のことを、愛しているか、いないかで言えば、愛していました。きっと。多分。
けれど、私には、いつもほのぐらい罪悪感がありました。
あの人は大学院の教授でした。御父様は資産家で御母様は生け花の先生、生まれ育ちは神戸の一等地。御家族に大切にされて育っていて、とても優秀な方。お仕事は大変で、お忙しくいらっしゃった。
一方、私は九州の田舎から出てきた頭の悪い小娘。高校も中退し、夜の仕事をしていました。そんな私が専業主婦として豊かな生活の中にいたのは、ただあの人のおかげにほかなりません。
玉の輿、と言われます。運が良かったね。狙ってたんでしょ。そう言われると、たしかにそうかも、と思います。心苦しく、申し訳なく感じます。
これは純粋な真実の愛でしょうか。
朝、真っ白く機能的なキッチンでミキトとたわいない話をしながら、新聞を読むあの人を見ているとき、私はよく別の人と結婚した自分を想像しました。
私は、あの人に強く出る事ができませんでした。学歴はないし、自分の口座すらないのです。
結婚してから関係の回復した実家の両親は、私があの人との関係について弱音を吐く事を許しませんでした。弱く、怠慢な私の心根をなじりました。
そして私自身両親の正しさは認めていました。結婚してもらえただけで幸運ですし、私にはミキトがいるのです。あの人がいなければ息子に中学受験させるなんてできません。
あの人はよく教え子を下宿させました。
学生を集めて庭でバーベキューを開きました。
へらへらした男の子達や賢そうなお嬢さんの前であの人は私を指差して、真面目に勉強しなくてはああなるよ、と言いました。
お嬢さんなんかは特に気まずそうな顔をするのですけれど、あの人は気にせず得意げな顔をしています。そんなとき私はニコニコと笑い頷きながら、こう思うのです。
私が故郷から出てきて赤ちゃんができるまでどんな生活をしていたのか、何も知らないのね。
私は夫の寄生虫です。
「そんな言い方はないんじゃないですか」
そう言ってくれたのは柱弥くんだけです。その頃下宿していた彼は、私の遠い親類でした。
後から知った事ですけれども、折り合いの悪さは私同様だったのでしょう。こっちにきて進学する子は非常に少ない土地でした。
狭苦しい漁村の旧家で生まれ育った彼はひどく暗くナイーヴな感じがあり、重たい視線がかち合うたびに私はひどく緊張したものです。
当時……あの人はまだ彼を気に入っていましたから、おとなしい柱弥くんの思わぬ反撃に気まずそうに口ごもっていました。
私は変わらずニコニコしながらそれを見ていましたが、柱弥くんの気づかいに惹きつけられた事は否定できません。
彼を見ているとひどくなつかしい気持ちになりました。けれど親類だもの、決してやましい思いではなかったのです。愛していたのはあの人でした。愛がなくなっていた訳ではないのです。
けれど、あの人は私と柱弥くんの関係を疑い始めました。ある時には、私の昔の仕事を持ち出し、ある時にはミキトも“托卵”ではないかと。──。
そう。
気がついた時にはもう遅かった。
私がののしられるのは、私が見下されているから。私に負い目になる部分があるのがいけないと思っていたけれど、それ以前の問題だったのです。
夫は私を対等の相手とは思っていない。
それは、私の学歴や昔の仕事のせいだけではありません。
結婚生活の中であの人と信頼関係を築けなかった私にも問題はあったでしょう。
私達は歳が離れすぎていて、私はあの人の望むような知性に富んだ会話というのもできませんでした。あの人が見下すような娯楽が好きでした。あの人に打ち明けたより、もっと良くない仕事もしていた事がありました。それを隠して関わってきたのです。嘘をついていたから疑われたのです。
柱弥くんは私の事であの人と諍いになって学校を辞めました。やめる事はないのに、と思ったけれど、あの人は度を越したようなところがありました。もしかしたら自分の身に危険が及ぶと思ったのかも。そうでなければ私への挨拶なしにいなくなるような事はなかったはずです。
以来あの人はひどく内向的になりました。学生を集めて遊ぶような事はめっきりなくなり、代わりにオカルトじみたコレクションを始めました。雉矢さんを家に置いた事もその一環。あの娘はいい子だったけれど、何処か気味が悪かった。私は潤土の事など、知りません。捨てた故郷の事だもの。
けれど、あの人はお仕事だと言い張って、あんな悪趣味な真似。
それでも別れなかったのは、愛しているからです。そのはずです。
ミキトを御母様がたに取られるのも、私立の小学校に通わせられなくなるのも、嫌だから──、そういう感情もありましたけれど、それだけではないはずです。
愛していました。
そしてあの人が亡くなったとき、私の愛は消えたのです。あの人は、最後に言いました。
ミキトが私の子でなかったとしても、茉莉花の罪とは思わない、と。
彼の遺品の中には、DNA鑑定の結果がありました。あの紙。あの人とミキトに血縁関係がないというもの。──そんな偽の紙をつくってまで陥れようとしておいて、何を言っていたのでしょう。
私は、あの人を軽蔑しました。自分が信頼されていないという事実には諦めがついてきていたけれど、あの人が私を許したつもりで満足して死んでいくのは、あまりにもひどい。頭の中にしかない物語に基づいた自己陶酔、自己満足。けれど、愛していたからこそ、耐えてきました。
でも、死んでからも愛せるほどには愛していなかった。
ミキトには悪かったと思います。
父を亡くしたあの子の寂しさに充分に寄り添えなかったのは申し訳なく思います。
柱弥くんへの感情は平凡な恋愛感情ではありませんでした。あの人の葬儀で彼と再会したとき、不思議な親和力が私達を結びつけている事を悟ったのです。
あの人はいなくなってから、かつて疑われた関係を現実のものとしてしまいました。
半年も、経たぬうちからのことです。
もしかしてあの人は、こうなる事を予感していたのでしょうか? けれど、私だってあんなに疑われなければここまで意識する事はありませんでした。
女の目に自分を疑う男より、それを咎め自分を慰めてくれる男が魅力的にうつるのは、当然ではありませんか。
柱弥くんは有名な小説家になっていていました。それで、ヒロインのモデルは私だとか、私の事がずっと好きだったとか、そんな事を言われると、──うれしいでしょう。
女の人にやさしくされたのは私が初めてだったと言われて、守ってあげたいと思わないはずがないでしょう。
ミキトには悪いと思っていましたけれど、私はあの人を愛した以上に彼に惹かれていて、ミキトが学校へ行っている間、週に3回逢いました。私と結婚したい、と言ってた。かわいい人です。
親類の子で、あの人の元教え子で、ミキトが彼を嫌いだなんていう事まで全部忘れてしまうくらい。
そして私は男に溺れた。
私はミキトにさえ知られなければいいと思っていました。もうすぐ中学生だし、そのうちわかってもらえるって。あの人の干渉にずっと耐えてきたのだから、息子さえ傷つけなければ、私だって自分の時間を持ってもいいと思いました。
女優になれず、本意でない仕事をして、あの人には軽んじられ罵られてきました。でも、自分が悪い部分もあると思って我慢してきた。その我慢の必要があったのか、あの人の残した言葉のせいでわからなくなりました。もしかしたらその憎しみをミキトに投影していた部分があるのかもしれません。
私、本当はミキトを疎ましく思っていました。
真っ黒い気持ち悪いモノにしか見えなくて。
自分の子に愛情があるような態度はうわべだけで。
申し訳ないとずっと思っていました。
夫を愛しても、疑いの種になったモノは憎たらしい。
柱弥くんは、自分もそう言われて育ったと言いました。親に愛されない子供の不幸──、彼の私への恋情には、おそらくその代償行為としての要素がありました。当の私は、実の子への愛情が彼のせいで薄れていたのに、皮肉な話です。
「ねえ、この間遊園地に行った時一緒だった人の事を覚えてる?」
「チュウヤおじさん?」
「そうよ。柱弥くんの事、ミキトはどう思う?」
「嫌い」
「どうして?」
「オバケだから。あの人、真っ黒だもん」
何言ってるの。そう思いました。
ミキトに手を上げなかったのは奇跡です。
本当は3人で出かけようと約束していた日曜日、私はミキトを置いて柱弥くんとの逢引に出掛け、そしてあの事故が起こりました。
私が心の底で望んでいた通りに。
新しい生活を始めるにはあの人との子なんて邪魔で、愛せない子供なんていらないって、そう思いながら出てきてしまった結果がこれなんです。
「茉莉花さんの責任じゃないよ」
そう言う柱弥くんの事でさえ、黒く、黒く、黒く、そうとしか見えなくなったので私は、もう誰とも生きていけません。
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あの人のことを、愛しているか、いないかで言えば、愛していました。きっと。多分。
けれど、私には、いつもほのぐらい罪悪感がありました。
あの人は大学院の教授でした。御父様は資産家で御母様は生け花の先生、生まれ育ちは神戸の一等地。御家族に大切にされて育っていて、とても優秀な方。お仕事は大変で、お忙しくいらっしゃった。
一方、私は九州の田舎から出てきた頭の悪い小娘。高校も中退し、夜の仕事をしていました。そんな私が専業主婦として豊かな生活の中にいたのは、ただあの人のおかげにほかなりません。
玉の輿、と言われます。運が良かったね。狙ってたんでしょ。そう言われると、たしかにそうかも、と思います。心苦しく、申し訳なく感じます。
これは純粋な真実の愛でしょうか。
朝、真っ白く機能的なキッチンでミキトとたわいない話をしながら、新聞を読むあの人を見ているとき、私はよく別の人と結婚した自分を想像しました。
私は、あの人に強く出る事ができませんでした。学歴はないし、自分の口座すらないのです。
結婚してから関係の回復した実家の両親は、私があの人との関係について弱音を吐く事を許しませんでした。弱く、怠慢な私の心根をなじりました。
そして私自身両親の正しさは認めていました。結婚してもらえただけで幸運ですし、私にはミキトがいるのです。あの人がいなければ息子に中学受験させるなんてできません。
あの人はよく教え子を下宿させました。
学生を集めて庭でバーベキューを開きました。
へらへらした男の子達や賢そうなお嬢さんの前であの人は私を指差して、真面目に勉強しなくてはああなるよ、と言いました。
お嬢さんなんかは特に気まずそうな顔をするのですけれど、あの人は気にせず得意げな顔をしています。そんなとき私はニコニコと笑い頷きながら、こう思うのです。
私が故郷から出てきて赤ちゃんができるまでどんな生活をしていたのか、何も知らないのね。
私は夫の寄生虫です。
「そんな言い方はないんじゃないですか」
そう言ってくれたのは柱弥くんだけです。その頃下宿していた彼は、私の遠い親類でした。
後から知った事ですけれども、折り合いの悪さは私同様だったのでしょう。こっちにきて進学する子は非常に少ない土地でした。
狭苦しい漁村の旧家で生まれ育った彼はひどく暗くナイーヴな感じがあり、重たい視線がかち合うたびに私はひどく緊張したものです。
当時……あの人はまだ彼を気に入っていましたから、おとなしい柱弥くんの思わぬ反撃に気まずそうに口ごもっていました。
私は変わらずニコニコしながらそれを見ていましたが、柱弥くんの気づかいに惹きつけられた事は否定できません。
彼を見ているとひどくなつかしい気持ちになりました。けれど親類だもの、決してやましい思いではなかったのです。愛していたのはあの人でした。愛がなくなっていた訳ではないのです。
けれど、あの人は私と柱弥くんの関係を疑い始めました。ある時には、私の昔の仕事を持ち出し、ある時にはミキトも“托卵”ではないかと。──。
そう。
気がついた時にはもう遅かった。
私がののしられるのは、私が見下されているから。私に負い目になる部分があるのがいけないと思っていたけれど、それ以前の問題だったのです。
夫は私を対等の相手とは思っていない。
それは、私の学歴や昔の仕事のせいだけではありません。
結婚生活の中であの人と信頼関係を築けなかった私にも問題はあったでしょう。
私達は歳が離れすぎていて、私はあの人の望むような知性に富んだ会話というのもできませんでした。あの人が見下すような娯楽が好きでした。あの人に打ち明けたより、もっと良くない仕事もしていた事がありました。それを隠して関わってきたのです。嘘をついていたから疑われたのです。
柱弥くんは私の事であの人と諍いになって学校を辞めました。やめる事はないのに、と思ったけれど、あの人は度を越したようなところがありました。もしかしたら自分の身に危険が及ぶと思ったのかも。そうでなければ私への挨拶なしにいなくなるような事はなかったはずです。
以来あの人はひどく内向的になりました。学生を集めて遊ぶような事はめっきりなくなり、代わりにオカルトじみたコレクションを始めました。雉矢さんを家に置いた事もその一環。あの娘はいい子だったけれど、何処か気味が悪かった。私は潤土の事など、知りません。捨てた故郷の事だもの。
けれど、あの人はお仕事だと言い張って、あんな悪趣味な真似。
それでも別れなかったのは、愛しているからです。そのはずです。
ミキトを御母様がたに取られるのも、私立の小学校に通わせられなくなるのも、嫌だから──、そういう感情もありましたけれど、それだけではないはずです。
愛していました。
そしてあの人が亡くなったとき、私の愛は消えたのです。あの人は、最後に言いました。
ミキトが私の子でなかったとしても、茉莉花の罪とは思わない、と。
彼の遺品の中には、DNA鑑定の結果がありました。あの紙。あの人とミキトに血縁関係がないというもの。──そんな偽の紙をつくってまで陥れようとしておいて、何を言っていたのでしょう。
私は、あの人を軽蔑しました。自分が信頼されていないという事実には諦めがついてきていたけれど、あの人が私を許したつもりで満足して死んでいくのは、あまりにもひどい。頭の中にしかない物語に基づいた自己陶酔、自己満足。けれど、愛していたからこそ、耐えてきました。
でも、死んでからも愛せるほどには愛していなかった。
ミキトには悪かったと思います。
父を亡くしたあの子の寂しさに充分に寄り添えなかったのは申し訳なく思います。
柱弥くんへの感情は平凡な恋愛感情ではありませんでした。あの人の葬儀で彼と再会したとき、不思議な親和力が私達を結びつけている事を悟ったのです。
あの人はいなくなってから、かつて疑われた関係を現実のものとしてしまいました。
半年も、経たぬうちからのことです。
もしかしてあの人は、こうなる事を予感していたのでしょうか? けれど、私だってあんなに疑われなければここまで意識する事はありませんでした。
女の目に自分を疑う男より、それを咎め自分を慰めてくれる男が魅力的にうつるのは、当然ではありませんか。
柱弥くんは有名な小説家になっていていました。それで、ヒロインのモデルは私だとか、私の事がずっと好きだったとか、そんな事を言われると、──うれしいでしょう。
女の人にやさしくされたのは私が初めてだったと言われて、守ってあげたいと思わないはずがないでしょう。
ミキトには悪いと思っていましたけれど、私はあの人を愛した以上に彼に惹かれていて、ミキトが学校へ行っている間、週に3回逢いました。私と結婚したい、と言ってた。かわいい人です。
親類の子で、あの人の元教え子で、ミキトが彼を嫌いだなんていう事まで全部忘れてしまうくらい。
そして私は男に溺れた。
私はミキトにさえ知られなければいいと思っていました。もうすぐ中学生だし、そのうちわかってもらえるって。あの人の干渉にずっと耐えてきたのだから、息子さえ傷つけなければ、私だって自分の時間を持ってもいいと思いました。
女優になれず、本意でない仕事をして、あの人には軽んじられ罵られてきました。でも、自分が悪い部分もあると思って我慢してきた。その我慢の必要があったのか、あの人の残した言葉のせいでわからなくなりました。もしかしたらその憎しみをミキトに投影していた部分があるのかもしれません。
私、本当はミキトを疎ましく思っていました。
真っ黒い気持ち悪いモノにしか見えなくて。
自分の子に愛情があるような態度はうわべだけで。
申し訳ないとずっと思っていました。
夫を愛しても、疑いの種になったモノは憎たらしい。
柱弥くんは、自分もそう言われて育ったと言いました。親に愛されない子供の不幸──、彼の私への恋情には、おそらくその代償行為としての要素がありました。当の私は、実の子への愛情が彼のせいで薄れていたのに、皮肉な話です。
「ねえ、この間遊園地に行った時一緒だった人の事を覚えてる?」
「チュウヤおじさん?」
「そうよ。柱弥くんの事、ミキトはどう思う?」
「嫌い」
「どうして?」
「オバケだから。あの人、真っ黒だもん」
何言ってるの。そう思いました。
ミキトに手を上げなかったのは奇跡です。
本当は3人で出かけようと約束していた日曜日、私はミキトを置いて柱弥くんとの逢引に出掛け、そしてあの事故が起こりました。
私が心の底で望んでいた通りに。
新しい生活を始めるにはあの人との子なんて邪魔で、愛せない子供なんていらないって、そう思いながら出てきてしまった結果がこれなんです。
「茉莉花さんの責任じゃないよ」
そう言う柱弥くんの事でさえ、黒く、黒く、黒く、そうとしか見えなくなったので私は、もう誰とも生きていけません。