鏡を見る……何も、映ってはいない。でも。胸をさする。あらゆる傷は治る不死身の躰のくせに、オリジンにひきずられ、棺に封印された時に打ち込まれた杭の跡は、未だに残っている。
 ……お前は新月の始祖。お前は決して、ヒト並みに幸せにはなれない。そう、この傷は語るのだ。
 額に神経を集中する。ゆっくり目を開く。新月の目を最大化する。何も映っていない鏡に、自分の姿が浮かび上がる。顔をよく見てみる。
 ……天使じゃん──! あの子が、初めてベルベッチカを見た時に、心の中でそう叫んだのだ。

(ふふ。天使、か……)

 あの時はまだあの子だとはわからなかったけれど。内心では嬉しかった。

(こんな、死人みたいな顔をしているのに)

 金髪碧眼が珍しい日本の、それも山奥の村だ。さぞめずらしく、綺麗に写ったに違いない。でも、ロシアでは、比較的オーソドックスな見た目だ。ベルベッチカだって、おおかみから逃げながら、目をあざむくため、学校に通ったことはある。ベルベッチカより美人な女の子は、沢山見てきた。みな、血色の良くて血の通った、可愛くて美味しそうな見た目をしていた。ベルベッチカは違う。七百年以上生きてきて、その体から生命の温もりは冷えきっていた。白い肌も、美しい白さではない。何も無い、「無」の白さなのだ。