その日の放課後。

「しょーちゃんさ。一緒にさ、帰ら……ない?」

 渡辺茜だ。茜は……昔から翔のライバルだった。かけっこは、女の子のくせして翔と同じくらい速いし、身長も同じくらい。テストの点も──最下位という意味で──同じくらい。女の子のくせに胸もないし短髪だから男にしか見えない。そんな彼女が一緒に帰ろうと言う。
 確かに茜も上町だ。翔の家を過ぎて沙羅の家じゃない方の道を登っていくと、茜の家がある。とうちゃんと同じ、林業をやってるじいちゃんと一緒に住んでいるはずだ。だけど先述のライバル感情があって、今まで一緒に帰ったことはほとんど無い。

「あ、ああ。いいけどよ? べつに……」

 ほんのり色付いた田んぼの道を歩く。二人の間は一メートル離れている。下を向いて歩いた。別に翔はそれで構わなかった。こいつと仲良くしたって、いいことなんてない。すぐ喧嘩になるからだ。
 でも、今日はとなりの女の子もずっとうつむいてる。なんだろう……ちょっと、気になった。ちらり……向こうも、ちらり。目が合った。
 ぼんっ。

(あれ、なんで俺、赤くなってるんだろ)

 でも、赤くなってるのはその子もだった。下を向いてなんだかむずむずしている。
 あのさ。呼びかけが被った翔は、また下を向いた。でも彼女は翔を見ていた。そして、顔を赤くしながら言った。

「ベルベッチカって子。覚えてる?」

 予想すらしていなかった名前に、声がひっくり返る。完全に忘れていた。

「普通忘れないでしょ、あんな目立つ子」

 また小言が始まると思って耳をふさごうと思っていると……茜は、怒ってはいないようだ。むしろ顔色は悪くて、そしてこう言った。

「アタシさ……見たんだよね。一昨日。美玲の家から出ていく、ベルベッチカのこと」