老犬達を抱き締めながら震えて朝を迎えたあと、気になっていたXのDMを確認した。届いていることは夜中から気づいていたものの、怖くて確かめる勇気がなかったのだ。

 予想どおり鳥山さんからだったDMには一言だけ、『救われました』とだけ綴られていた。驚いて鳥山さんのアカウントを確かめたが、既に削除されたあとだった。
 鳥山さんからのDMと夜中に訪れた何かが関連しているのかは、分からなかった。でも、何かしらまずいことが起きているのは私にも分かった。

 そのあとすぐ夫に電話をかけたが、やはりまだ繋がらなかった。ひとまずメッセージで電話がつながらなかったことを伝え、もう一件、朝早い電話をかけて午後からの約束を取りつけた。

 ほぼ余談だが、夫からの返信はしばらくしてからあった。スマホの電源が落ちていたせいで目覚ましが鳴らなくて、遅刻したらしい。なぜ電源が落ちていたのかは本人も分からないようで、型落ちスマホのせいにしていた。



 この日は午後から半休をとり、母方の菩提寺の住職に会いに行った。
 公にしていないので知る人は少ないものの、いわゆる神通力を持っていて、私も家族を病から救ってもらったことがある。自分自身の願いにはなんとなく邪なものが混じっているように感じてこれまで頼ったことはなかったが、今回は混じり気なく救いを求めていたので迷わず頼ることにした。

 私がお邪魔した時、住職は大量の卒塔婆に埋もれるようにして卒塔婆を書いている最中だった。九十過ぎても矍鑠として、卒塔婆も裸眼で書ける方だ。
 住職は私に気づくと卒塔婆を傍らに寄せ、座布団の上でくるりと体を回してこちらを向き、どうしたのかと尋ねた。
 私がSNSのポストやDMを見せながら昨日あったことを詳らかに話すと、住職は細かく頷きながら「気に入られてしまいましたねえ」と答えた。

「何にですか」
「教えることはできますが、あなたは音は聞けても理解できないし、覚えてもいられません」

 涼しい顔で答える住職に、昨日の夜や今朝よりも絶望に近い感覚が湧いた。こういうのはよくないと、なんとなくであっても肌で分かる。
「一応、言ってみていただけますか」

 控えめに頼むと、住職はその何かを何度か教えてくれた。でも、言われたとおり音は聞けるのに文字に変換できるほど理解は及ばず、思い出そうとしても、どんな音だったかすら思い出せない(ここでは一旦●×▲◇としておく)。

「衆生の自秘ですか」
「いいえ、あなたには聞き取れる仕組みが元より与えられていないからです」

 住職はあっさりと答えて、微笑んだ。
 「衆生の自秘」というのは、簡単に言えば「全て明かされているのに自分が気付けない、理解が追いつかないために結果的に秘密になってしまっている状態」のこと。それなら、私が住職のようになれるよう修行なり努力なりすれば、いつかは聞き取れるようになる可能性がある。でも●×▲◇は、そういったものではないらしい。要は住職を始めとした、ごく一部の限られた人間にしか認識できない存在なのだろう。

 だたそうなると、なぜそんな存在に気に入られたのかが余計に分からない。

「それに気に入られたのは、私がXに実話怪談をポストしたせいですか? それか、やっぱりホラーを書いてるせいで?」
 (注というほどでもないが、私はホラーを書くのが不安で住職に相談し、「あなたは書いても大丈夫です」と言われたので書き始めた経緯がある。その後も体調を崩すと「ホラーを書いてるせいでは」と不安がり、「運動不足です」と返されている)
「あなたがホラーを書くのは、何ら問題ありません。強いて言えば実話怪談の方ですが、あなたが掲載した内容に問題があって引き寄せたというわけでもない。ふと嗅いだ花の匂いに誘われたようなものです」

 住職の口振りで、必然的なものではないのが分かった。

「単に、『運が悪かった』ということですか」
「良し悪しで語れるものではありませんよ」

 住職は時々、わざと芯を外して答えることがある。でもそれはヒントのようなもので、結果的にそれより大きな答えに私が辿り着くのを手伝ってくれているのだろう。今回で言えば、「●×▲◇は運の善し悪しで語ってはならず、ごく一部の人しか知ることができない存在」。おそらく●×▲◇は、縺九∩縺輔∪だろう。

 ※11/20追記:原稿では打てているのですが、ブラウザ上だとなぜか文字化けします。文字化けを戻すサイトでは直せますが、文字化けそのものは直せないようです。ご了承ください

「ただ、三つ目の話を投稿していたのは良かったですね。二つ目までだったら、打つ手がなかったかもしれません」

 恐ろしいことをさらりと言えるのも、打つ手がある状況だからだろう。あの話は、なんとなくあそこで終わってはいけないような気がして、眠い目をこすりつつ眠る前に追加したものだった。虫の知らせには何度か助けられているが、今回もそうだったらしい。

「鳥山さんとそれは、同じ存在ではないんですよね?」
「ええ、違います。その方については、気になさらない方がよろしいので忘れましょう」

 変わらず淡々とした口調ながらも、住職が鳥山さんを拒絶したのが分かった。

 思うに、鳥山さんは縺九∩縺輔∪に闍ヲ縺励a繧峨l縺ヲいたのではないだろうか。でも縺昴l縺ッ魑・螻ア縺輔s縺ォ縺ィ縺」縺ヲ縺ッ豎コ縺励※螂ス縺セ縺励>縺薙→縺ァ縺ッなかった。縺九∩縺輔∪縺檎ァ√↓闊亥袖繧堤、コ縺励◆縺薙→縺ォ蝟懊s縺ァ縲√≠縺ョ螳溯ゥア諤ェ隲?r遘√↓騾√j縺、縺代◆縲ゅ≠繧後r隱ュ繧薙□縺帙>縺ァ遘√↓遘サ縺」縺のかもしれない。

 ※11/20追記:こちらも原稿では打てているのですが、ブラウザ上だとなぜか文字化けします。おそらく公開してはいけない内容なのだと思います。ご了承ください

 その後、住職は私にこれから一週間ですべきことを伝えた。以下は、その時書いたメモを入力したもの。

◆一週間すること
・これからすぐ◯◯さん(◯◯は神社名が入りますが、伏せ字にしています)へ行き、とりなしをお願いする
・精進食
・なるべく墓参りに行く。できれば毎日
・朝早く水垢離をする
・毎日通勤路を変える。行きと帰りも変える
・日付が変わる前に寝る


 特に難しいものはなかったので安堵していると、住職は見透かしたかのように「だんだん簡単ではなくなっていくと思います」と付け加えた。昨晩のことを思い出すと不安で心細くなったが、いつか小説のネタにすればいい、と思うことにした。
 その後は寺で墓参りをしたあと神社でお参りをし、スーパーへ寄って精進食のための材料を買い求めて帰宅した。

 その晩は、精進料理を食べて二時間ほど執筆をしたあと、いつものように犬達と早めに就寝。住職のおかげか何事もなく、四時半にアラームが鳴るまでぐっすりと眠れた。