登校日の朝、楓は制服に着替えれば部屋を出る。
「楓様とガッコウ。楽しみだね」
「そうだね」
座敷わらし達は嬉しそうに後ろで跳ねている。
部屋を出れば弥一が待っていた。
「おはよう」
「おはよ。支度できたなら行くぞ」
「え、一緒に?」
「当たり前だろ。俺達は婚約者なんだから」
養子縁組もできたから祖父の家から通えると思っていた。だが酒吞財閥の婚約者という役目状、今後は酒吞家で暮らすよう言いつけられてしまった。酒吞さんは「娘ができた~」と周りにもう自慢してるようだ。
「学校では俺の側から離れんな。万が一、鬼嶋君がお留守の時はソイツらに頼るように」
「鬼嶋君ね~」
確かに今の姿は鬼嶋君だ。
高校生の姿になれば、この男が妖だなんて誰も分からない。
「なら学校では改名しなくちゃね。それと普段は行動パターンが真逆なんだし、変に絡んでこないでね?」
「マジで?」
「だって弥一、クラスではいつも陽キャじゃん。急に仲良くなったら周りから変に思われる」
目立ちたくない。
だが彼の傍にいるとどうにも目立ってしまうのだ。
「婚約者なんてバレたらそれこそヤバいから。ウチは全国から著名人が集まる私立高だよ?勝手なことして関係がバレたりでもしたら面倒だもん」
「けど世間には俺達が婚約者だってもうバレてるぞ?」
「え!ななな、なんで??」
まさかの返答にビックリして大声が出てしまった。
「昨日の夜、親父が公表した。とはいえ今の俺は鬼嶋君だ。周りは俺が酒吞財閥の息子だってまず分からないし、奴らにバレないよう妖力も抑えてるから安心しろ」
「うぅ…なんてことを。そんなことしたら…」
 

絶望して学校に着けば周りから感じる視線。クラスに行けば皆が一斉に見てくるので気分は最悪だ。
「楓!アンタあの酒吞財閥のご子息と婚約したんだって⁈」
先に到着していた美玲が興奮した表情で迫ってくる。スマホには楓達についてが記された記事が載っていた。
「美玲…私、どうしたらいいの」
「楓?しっかりしなさいよ!」
へなりと座り込む楓に上からは焦ったような美玲の声。
「よお楓、生きてるか~?」
遅れて向こうからは清史郎もやってくる。三人は同じクラスメイトなのだ。
「清史郎~私ダメかも…」
「お~お~、何があったのか俺達が聞いてやるよ」
楓は今までのことを二人に話した。
勿論二人とも烏本家の素性は知っている。だから楓が魔物に会ったと聞いても驚きはしなかった。
「つまり婚約と言っても契約ってこと?」
「魔物が見える事と八咫烏の血があるって意味では私の力が必要みたい。…本人は何故か結婚したがってるけど」
美玲は「ビックリだわ…」と向こうにいる鬼嶋を見つめた。
「彼があの、酒吞財閥の若様…」
「今は変幻してるからあの姿だけどね。ここに通うのはあくまで視察らしい」
「まあ確かに雰囲気が他と違うかもね。若様ね、『井崎から楓を奪い取った王子様』って女子達から人気なの知ってた?」
「そんな事言われてるの⁈」


弥一のルックスに惚れる女性は多い。
今回の婚約で多くの女性が泣いて寝込んだと噂されたようだが、同時に井崎グループから婚約者を奪った。略奪愛だなんて世間を騒がしていると美玲は話す。
「いや~ん、やるじゃない楓!」
「笑えないよ…お陰で周囲の視線が痛くて落ち着かない」
全くなんてことをしてくれたんだあの鬼の親子は。まさか弥一が朝からごきげんだったのはその為か。
「お前も厄介事に巻き込まれたな。でも良かったのか?」
「何が?」
「八咫烏グループから解放されたのはいいけどよ。条件は若様との契約だろ?」
清史郎が心配そうに聞いてくる。
「ん~でも意外と嫌に感じないんだ。今までは家族に出来損ない認定されて育ってきた訳だし。あの人は自信を無くかけた私を、始めて必要としてくれた人だから」
婚約者にも姉にも裏切られた。
家族はことあるごとに罵倒する。
そんな地獄な環境から抜け出せたのは、弥一が自分を拾ってくれたお陰。
今度こそ…そう信じてみたくなったのだ。
「へ~楓は若様が好きなんだ?」
「は、何言って!」
「だって今の楓の顔、凄く恋する乙女だよ?」
美玲はニヤニヤと笑って突いてくるので楓は恥ずかしくなってしまう。チラリと向こうを見れば弥一が自分を見ている。意識してしまっては顔が赤くなり急いで視線を逸らした。
「と、とにかく!この学校には桃源郷のスパイがいるの。美玲も魔物が見えないとはいえ、同じ八咫烏の人間なんだから気を付けなさいよ?」
「桃源郷か~清史郎、彼女である私を全力で守るのよ!」
「俺はいつもお前にやられる側だろ~」
「なんですって⁈」
二人の喧騒を楓は笑って見つめた。
良かった、二人がいてくれて。
妖の存在も、魔物が見える楓も、どちらも彼らは否定しない。ホントにいい友人達だ。
「でもよ、よく考えたら姉ちゃんは井崎のぼんぼんと婚約したんだろ?楓だって八咫烏グループ会長の娘だったんだ。酒吞財閥と婚約したとこで周りはそんな驚かねーと思うぞ。でもな~」
清史郎は苦い顔をする。
「ん?どうしたの?」
「いや、これは憶測になるけど」
楓の父・晃大は国でも影響力は十分ある。と、言うのはどうやら作り話に近いと清史郎は語る。
「俺の家は政治家だ。企業家の人間と絡むことだってある。聞いた話じゃ、八咫烏グループが大きくなれてるのは井崎グループの力あってのことらしい」
「どういう事?」
「つまり楓を婚約させることで井崎との繋がりを掴む。井崎は前々から八咫烏に目をつけてたし。代わりに井崎からは援助金を受け取ってるって意味だろう」
祖父である八咫烏磯五郎は名のある権力者。でも縁を切った父にその権力は使えない。だが野心家の父がそこで終わるなんてこともなく、次に目をつけたのは自分よりも大きな組織との繋がり。
「気を付けろ。接触の機会は今後十分ある。今のお前には酒吞財閥がバックにいる」
「!」
「酒吞財閥は井崎を抜く国のトップ。八咫烏が黙ってるとも思えない。若様から離れんなよ?近づく者は十分に警戒するんだ」
それだけ楓の身が危機的状況にある、学校にいるとはいえ誰が敵でも決して可笑しくはない、そう清史郎は語るのだった。